─第3章─1話「サバイバー」
【由比ヶ浜ケイの受難】
激闘の『朝陽ノツインスターカップ』から半月ほど経った、7月某日。
城ヶ崎杏樹は、そのツインスターカップでの活躍と姉との関係修復を経て、普通科から華やかな「アイドル科」へと転入を果たし、本格的なアイドルの道を歩み始めていた。
一方、由比ヶ浜ケイのマネージャーである瓦幸慈の活動方針は、相変わらず「とにかく来た仕事はなんでも引き受ける」というブラック極まりないものだった。
「もう、ケイちゃんも杏樹ちゃんを見習ってよ! ケイちゃんは『土日しか働かない』方針だけど、杏樹ちゃんはアイドル科に移ってから予定びっしりなんだから!」
放課後の空き教室。机に突っ伏したケイに対して、瓦幸慈がタブレットを片手に吠え立てる。
「……見習うって、杏樹を……?」
「そう! これ見てよ、杏樹ちゃんの今週のスケジュール!」
得意げに提示された画面を見て、ケイの目は点になった。
(月)岩壁ロッククライミングレポート
(火)昆虫食体験ロケ
(水)オフ
(木)バク宙挑戦レポ
(金)真夏の無人島サバイバル! イカダを作って脱出せよ!
(土)無人島サバイバル中
(日)無人島サバイバル終了・帰還
「…………」
ケイは言葉を失った。
これはアイドルのスケジュールではない。特殊部隊の訓練メニューか、体を張るベテラン芸人のそれだ。
(……いくらなんでも、新人アイドルが耐えられる内容じゃないわ。まさか、杏樹にも瓦さんみたいなマネージャーがついて、無理難題を押し付けられているんじゃ……!?)
あの純粋で健気な後輩が、悪徳マネージャーの犠牲になっている。
そう直感したケイは、タブレットの「(水)オフ」という文字を睨みつけた。
今日だ。今日は水曜日。
普通科の教室を飛び出し、ケイは駆け足で杏樹のいるアイドル科棟へと向かった。
「待ってて杏樹、今助けに……!」
アイドル科1年の教室に近づいた、その時だった。
「──きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
教室の中から、女子生徒の鼓膜を劈くような悲鳴が響き渡った。
「杏樹!?」
最悪の事態(過労による倒れ)を想像し、ケイは勢いよく教室のドアをスパーン! と開け放つ。
「どうしたの!?」
しかし、目に飛び込んできた光景は、ケイの予想とは全く異なるものだった。
教室は騒然としており、遠巻きにひとつの机を囲んでいる。
なんと、隣の席の生徒に至っては、白目を剥いて気を失い、床に倒れ伏しているではないか。
そして、その騒ぎの中心である自分の席で、城ヶ崎杏樹は申し訳なさそうに頭を掻いていた。
「あ、ケイさん……!」
苦笑いを浮かべてケイの方を向く杏樹。
その後ろの机に置かれていた『お弁当箱』の中身を見て──由比ヶ浜ケイは絶句した。
「む、虫っ……!?」
タッパーの中に敷き詰められていたのは、見事に素揚げされたコオロギや、何かの幼虫たち。
彩り豊かな「昆虫食弁当」だった。
「いやぁ……」
杏樹は、そのグロテスクな弁当箱を隠すわけでもなく、えへへと無邪気に笑った。
「昨日のロケで食べたんですけど、これ、すごく高タンパク・低脂質で『身体にいい』って言うから……どうしても日常的に試したくなって、お取り寄せしちゃったんです」
「…………」
その曇りなき眼を見た瞬間。
由比ヶ浜ケイは全てを悟った。
(……誰かに無理難題を押し付けられてるわけじゃない。これ全部、『杏樹の意思』だ……!)
あのツインスターカップを勝ち抜くために培われた、「勝利のためなら劇物プロテインでも飲む」という狂気のストイックさ。
それは大会が終わっても消えることはなく、むしろ「アイドルとして成長するため」という大義名分を得て、手のつけられない方向へと進化してしまっていたのだ。
「……ケイさんも、一口いかがですか? 意外と香ばしくて……」
「……結構です」
数日後の、日曜日。
『──と、いうわけで! イカダの木材、集め終わりましたーっ!!』
由比ヶ浜ケイは、番組収録の楽屋でスマホの配信画面を眺めながら、深いため息をついていた。
画面の中では、真夏の無人島を舞台にしたサバイバル配信が行われている。
そこには、泥だらけになりながらも、持ち前の『割れた腹筋』と『無尽蔵の体力』でカメラマンを置いてけぼりにし、笑顔で無人島を駆け回る城ヶ崎杏樹の姿があった。
『まだまだ体力余ってます! 次は魚、獲ってきますね!!』
キラキラと輝く汗。
全くブレない体幹。
過酷なロケすらも「良質なトレーニング」として楽しんでしまう、生粋のサバイバー。
(……どんどん変な方向に成長してる………)
「日陰者」の少女は、スマホの画面をそっと閉じ、この夏一番の重い溜め息をつくのだった。
3章はまったり掲載していくのでヨロシクお願いします。
あと、また評価貰えました!!これで評価pt22です!
いつもありがとうございます!!




