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─第2章─17話「平穏」

【由比ヶ浜ケイの受難】


朝陽ノツインスターカップ、決勝戦。

準決勝で完全に復調し、2回戦のミスなど微塵も感じさせない完璧なパフォーマンスを披露して勝ち上がってきた『城ヶ崎莉杏&御空ユミ』。

対するは、ここまで神野愛理を『主役メイン』に据え、圧倒的なカリスマ性と輝きで他を薙ぎ倒してきた絶対王者『神野愛理&川那部ナツメ』。


「………」

「………」

御空ユミと神野愛理は無言で、しかし互いの熱と覚悟を確かめ合うように、力強く固い握手を交わした。

かつての雪辱に燃える挑戦者と、それを受けて立つ絶対王者。言葉は不要だった。

「莉杏とユミちゃんなら、相手にとって不足無しや! お互い良いステージにしような!」

「…………」


底抜けに明るい笑顔で右手を差し出すナツメに対し、莉杏は無言のまま、その手をしっかりと握り返す。

天才同士の、火花散る静かなる宣戦布告。

両組は手を離し、それぞれの舞台袖へと降りていった。


【先攻・城ヶ崎莉杏&御空ユミ】

ステージが暗転し、会場を切り裂くような、不協和音ギリギリの歪んだギター音が鳴り響く。

ジャンルは『サイケデリック・ロック』。


スモークの中から現れた二人は、圧倒的だった。

妹・杏樹の光を浴び、一度は崩れかけた莉杏のリズム。しかし、迷いが晴れた今の彼女の舞は、かつての「ただ漂うだけの幽玄」ではなかった。

重力を完全に無視したかのような軟体動物の動きの中に、獲物を仕留めるような研ぎ澄まされた『鋭さ』が宿っている。


瞬間、黒い袖を翻し、力強くステップを踏む莉杏。

御空ユミはそれにコンマ1秒の遅れもなくシンクロし、青い袖を躍動させる。

複雑怪奇で狂気的とも言えるメロディを、莉杏の美しくも不気味なセイレーンの主旋律と、ユミの正確無比な副旋律が完璧に絡み合いながら歌い上げていく。


もはやアイドルのステージというより、ひとつの「芸術作品アート」。

一切のミスなく、観客を深淵へと引きずり込むような凄まじい引力を持ったまま、二人は背中合わせでフィニッシュを決めた。

会場は、熱狂よりも先に「感嘆」のどよめきに包まれた。


【後攻・神野愛理 & 川那部ナツメ】

静寂を破るように、底抜けに明るく、爆発的なブラスのイントロが鳴り響く。


ステージに飛び出してきた二人の衣装は、アシンメトリーなパンツスタイルのへそ出しルック。ナツメが『燃え盛る太陽のオレンジ』、愛理が『星々の瞬きを思わせる純白とゴールド』を基調としている。


観客は皆、ここまで勝ち進んできたセオリー通り、ナツメが愛理を引き立てる『メイン』の構成で来ると思っていた。

だが、二人の動きを見た瞬間、会場にどよめきが走る。


二人とも、一歩も引いていない。

圧倒的なフィジカルとダイナミックなアクロバットでステージを縦横無尽に跳ね回るナツメ。彼女はまさに、周囲を焦がす『太陽』。

そして、その太陽の熱に一切負けることなく、可憐でありながら無限の広がりを感じさせる天性のステップを踏む愛理。彼女は宇宙を創り出す『ビッグバン』。


二人はまさかの、互いを対等にぶつけ合う『共』のユニットとして勝負に出たのだ。

荒削りで野性的なナツメの動きと、洗練された愛理の動き。

全く違う個性が、流れるような連携で見事に調和していく。


底抜けの笑顔。華麗で爆発的なパフォーマンスは、会場のボルテージを天井知らずに引き上げていく。

ダダンッ!!

キレのある交差するターンを決め、二人が手を天高く突き上げた瞬間、大音量の歓声がホールの屋根を揺らした。



ほどなくして、息を切らした2組のユニットがステージ中央に並び立つ。

約5000人の観客が固唾を飲んで見守る中、巨大モニターに結果が映し出された。


城ヶ崎莉杏:29%

御空ユミ:15%

【合計 44%】


神野愛理:31%

川那部ナツメ:25%

【合計 56%】


「よっしゃぁぁぁぁ!!!」

「やったぁぁぁぁぁっ!!!」

モニターの数字が確定した瞬間、愛理がナツメの首に抱きつき、ナツメが愛理を抱え上げてぐるぐると回り出した。

芸術の極致に達した「幽玄」を、爆発的な「熱量」と「笑顔」が上回った。


御空ユミは悔しそうに唇を噛みしめ、城ヶ崎莉杏は静かに、しかしどこかすっきりとした目でその数字を見上げていた。


朝陽ノツインスターカップ優勝──

『神野愛理&川那部ナツメ』。

絶対王者の帰還と、新たな伝説が生まれた瞬間だった。


モニター越しに決勝戦を見届けていた控え室。

勝者である神野愛理たちの歓喜の姿と、敗者である城ヶ崎莉杏たちの清々しい表情が映し出されていた。

「ケイさん…! お姉ちゃんたち、凄かったですね!」

城ヶ崎杏樹は、興奮冷めやらぬ様子で画面に釘付けになっていた。

その瞳はキラキラと輝いている。一人の純粋なアイドルとして、そして好敵手として、トップレベルのステージに純粋な感銘を受けていた。


「えぇ……あれはもう、次元が……」

目を輝かせる後輩に対して、由比ヶ浜ケイはソファに深々と沈み込みながら、魂が抜けたように掠れた声で返事をした。

彼女の疲労はピークに達していた。

杏樹を輝かせるための極限の演算、ステージ上での落下トラブルからの生還。

もう、指一本動かしたくない。


「さて……」

ケイは重い腰を上げる。

そして、部屋の隅で壁に向かい、血走った目で猛烈な勢いでスマホに何かを打ち込み始めているマネージャー・瓦幸慈の方へ向き直った。


(大会も終わった。目的も果たした。……私には、平穏な日常を享受する権利があるはずだわ)

「瓦さん。私、今回はこんなに頑張ったんだし、せめてしばらくはオフを……」

「え? もう1ヶ月後までビッシリ仕事入れちゃったよ?」

「…………」


瓦はスマホから目を離さず、恐ろしく爽やかな声で即答した。

逃げ道はない。

休息など、最初から許されてはいなかったのだ。

「………はぁ」

由比ヶ浜ケイは、本日一番の、そして心の底からの大きな溜め息をついた。

かくして、夏の『朝陽ノツインスターカップ』は幕を閉じた。

だが、由比ヶ浜ケイの平穏はまだまだやって来そうになかった。

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