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─第2章─15話「Astral Drive」

【由比ヶ浜ケイの受難】


ステージ上。

眩い照明の下で、審判によるコイントスが行われる。

宙を舞ったコインが手の甲に落ち、結果が示された。


「──表」

「……後攻」

静かに、しかし冷徹に口を開いたのは御空ユミだった。

ケイ達のステージの熱量を見届けた上で、それを『完璧な技術』で塗り潰し、確実に上回るつもりだろう。


「………」

「………」


杏樹と御空、ケイと莉杏がそれぞれ無言で握手を交わす。

火花散る一瞬の交差。

二組は背を向け合い、それぞれの舞台袖へと戻っていく。


「……杏樹」

舞台袖の暗がりで、ケイは杏樹の肩に手を置いた。

「私のことは単なる『背景』だと思って。あなたは、自分が輝く事だけに集中して」

「……はい!」

MCのコールとともに、二人は決戦のステージへと歩みを進める。



【先攻・由比ヶ浜ケイ&城ヶ崎杏樹】

美しく、ゆったりとしたピアノの旋律が会場に響き渡る。

──直後。

けたたましいドラムンベースのビートと、ドラマチックなストリングスが複雑に絡み合い、爆発した。


最高難度のアートコア『Astralアストラル Driveドライブ』。

その高速かつ変則的なメロディに合わせ、杏樹は力強く腕を振り、鋭いステップを踏む。

コンマ数秒遅れで、背中合わせのケイが全く同じ動きをトレースし、杏樹のキレを極限まで引き立てる。


激しい動きの中でも、杏樹の歌声は決してブレない。鍛え抜かれた体幹が、力強く美しいセイレーンの歌声を会場の隅々まで響かせていた。

一方、ケイの脳内は常軌を逸した速度で回転していた。


(角度45度……ステップの遅れ、許容範囲……腕の振り、あと0.2秒速く……!)

杏樹の歌声に完璧な調和をもたらすための副旋律。

杏樹を最も美しく見せるための立ち位置。

ケイは杏樹の動きをその場でリアルタイムに「理詰め」し、完璧以上に『サポート』をこなそうとしていた。


そして、曲は終盤のハイライトへ。

ケイと杏樹がターンで一瞬交差し、杏樹が前へと躍り出る最大の魅せ場。


(……ここ!)


タイミングは完璧に思えた。


──しかし。

ケイは「理詰め」に気を取られるあまり、そして何より『絶対に杏樹を輝かせる』という強すぎるプレッシャーのあまり、ほんの数ミリ、踏み込みを早まってしまった。


ガッ……!


あろうことか、交差する瞬間に杏樹の脚に躓く。

バランスが崩れる。

視界が反転し、ステージの冷たい床が迫ってくる。


(……あ)


終わった。

由比ヶ浜ケイの演算が、エラーによって崩壊した瞬間だった。



(………所詮は、こんなもの………)

舞台袖でその光景を見ていた城ヶ崎莉杏は、冷たい瞳で目を伏せた。

輝けない石ころに輝きを与えようと無理を働いた結果、自滅した。

所詮は素人を抱えたユニット。奇跡など起きるはずもない。

莉杏は興味を失い、視線を逸らそうとした。

──だが、次の瞬間だった。


バッ!!!!

凄まじい瞬発力と反射神経で、城ヶ崎杏樹が、落下していくケイの腕を空中でガシッと掴み取った。


「──んッ!!」


杏樹は歯を食いしばり、そのままケイの身体を後方へと力任せに引っ張り上げる。

それは、血反吐を吐くような筋トレで培った『強靭なフィジカル』があったからこそ成せる業だった。


腕を引かれたケイの身体は、宙で大きく弧を描く。

それはまるで、軌道を外れかけた衛星が、強大な恒星の重力によって強引に定位置へと引き戻されるかのような、ダイナミックで美しい軌跡だった。


ターンッ!!

ケイの足が再びステージを捉える。

間髪入れず、即座に思考を切り替えたケイは、その勢いを殺すことなくダンスのステップへと移行した。


「おい、今転んだよな……!?」

「でも、あの子が引っ張ったぞ!」

「なに今の連携、アクロバットみたいですごい!!」


ワァァァァァァァァ!!!!!!

会場の空気が爆発した。

由比ヶ浜ケイの致命的なミス。

それを、城ヶ崎杏樹の規格外のファインプレーが『極上の演出』へと昇華させたのだ。

『───ッ!!』

二人の声が重なる。

最後は、息の合った完璧な背中合わせでフィニッシュ。

観客からの地鳴りのような歓声と、割れんばかりの拍手がドッと沸き上がった。



「…………………」

一部始終を舞台袖で見ていた城ヶ崎莉杏は、その場に縫い付けられたように固まっていた。

見開かれた瞳。微かに震える指先。

『眼中にない』と切り捨てたはずの妹が。

『アイドルには不必要』と断じたはずの妹が。

誰よりも力強く、由比ヶ浜ケイのミスをカバーし、眩しいほどの『輝き』を放った。


──動揺。

計算外の光。理解不能な熱量。

強固だったはずの天才の価値観に、ヒビが入る音。

妹の圧倒的な輝きを目の当たりにした「美霊」のリズムは、この瞬間、決定的な狂いを見せ始めていた。


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