─第2章─14話「輝けない星」
【由比ヶ浜ケイの受難】
「…………すごい……」
城ヶ崎杏樹が、震える声で呟いた。
ケイと杏樹は、控え室のモニターに釘付けになっていた。
そこに映し出されているのは、同じブロックの反対側で行われている『城ヶ崎莉杏&御空ユミ』のステージ。
ギャアアアアアンッ……!!
耳をつんざくような、不協和音ギリギリの歪んだギター音が鳴り響く。
ジャンルは『サイケデリック・ロック』。
アイドルソングの常識を逸脱した、混沌と陶酔のサウンド。
その音の渦の中で、城ヶ崎莉杏が舞う。
かつてケイが見た『幽玄の悪夢』──重力を無視したかのような浮遊感のある動き。
だが、今の莉杏はそれだけではない。
浮遊感に『圧倒的なスピード』と『芯のある力強さ』をプラスしていた。
(……化け物ね)
そして、御空ユミ。
彼女は莉杏の背後霊のように、あるいは影のように、メインの変則的な動きに完璧にシンクロし、キレのあるダンスで『主役』を際立たせる。
複雑怪奇なメロディについていき、莉杏の美しくも不気味な歌声を下支えするように、ミリ単位で声の強弱を調整していく。
『個と影』。
どちらか一方が崩れれば破綻する、綱渡りの神業だった。
ケイは、モニターを見ながら険しい顔を崩せなかった。
(……次元が違う。今の杏樹の成長曲線すら、あっちが上回っている……)
演奏終了。
そして、無慈悲な結果が表示される。
城ヶ崎莉杏:62%
御空ユミ:22%
【合計 84%】
対戦相手のスコアなど見るまでもない。
6割以上の票を莉杏が一人で吸い上げての圧勝。
ケイ達の控え室は、水を打ったように静まり返った。
「…………」
沈黙を破ったのは、ケイだった。
「……少し、1人になるわ。……大丈夫、杏樹は練習通りにやれば、きっと……」
「は、はい…!」
杏樹の声も震えている。
二人の声には、隠しきれない悲壮感が漂っていた。
控え室を出て、人気のない廊下の壁に背中を預ける。
冷たい壁の感触が、少しだけ熱を冷ましてくれる気がした。
(このままじゃ、圧倒的に負ける……)
脳内で計算式を組む。
杏樹の成長率、莉杏のパフォーマンス値、観客の心理バイアス。
どうシミュレーションしても、勝機どころか、良い勝負ができる未来すら見えてこない。
(……完璧以上のサポートをしないと………)
だが、どうやって?
「論理」の限界。
やはり、あの時のような『極限状態』に入らなければ……。
コツ…コツ……。
そんな事を考えていると、廊下の奥から二つの影が現れた。
出番を終えたばかりの、城ヶ崎莉杏と御空ユミだ。
「ユミ……城ヶ崎先輩……」
「……」
ユミは無言でケイを一瞥する。
汗一つかいていない涼しい顔。
代わりに口を開いたのは、莉杏だった。
「…………星が見えなくて、つまらない………」
「……ッ」
その言葉は、ケイの心臓を直接握りつぶすように響いた。
『ケイという星が見えなくて面白くない』。
つまり、『妹が主役では、相手にならない』という宣言。
眼中にない、という言葉通りの侮蔑。
プツン。
ケイの心で、何かが切れた音がした。
「日陰者」としての慎重さも、計算高い「参謀」としての理性も、一瞬で吹き飛んだ。
「……杏樹が輝けない星かどうかは、やってみれば分かりますよ」
論理も計算も打算もない。ただの感情。
由比ヶ浜ケイは、莉杏を睨みつけて言い放った。
「……………」
城ヶ崎莉杏は、ふいっと視線を逸らした。
興味のなさそうな表情のまま、無言で立ち去っていく。
残された御空ユミが、すれ違いざまに口を開く。
「……ケイが主役じゃなくても、どんな事情があろうとも、『あたし達』は容赦しない」
そう言って御空もまた、廊下の奥へと消えていった。
静寂が戻った廊下で、ケイは拳を握りしめた。
震えは止まっていた。
「……やるしかない、か」
計算では勝てない。
なら、計算の外側に行くしかない。
由比ヶ浜ケイは腹を括る。
必ず杏樹を輝かせてみせる。
あの傲慢な天才の目に、妹の光を焼き付けてやるために、ケイは改めて前を向いた。




