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─第2章─12話「由比ヶ浜ケイの覚悟」

【由比ヶ浜ケイの受難】


『城ヶ崎杏樹を主役メインとした、個のユニット』。

その無謀とも思える戦略を掲げ、ケイと杏樹は猛特訓とライブによる実戦を重ねてきた。

泥を啜るような基礎練習、41種の劇物プロテイン、そして魂を削るような歌唱指導。


そして7月──『朝陽ノツインスターカップ』前日の放課後。

レッスン室には、かつてのひ弱な少女の面影はもうなかった。

「いよいよ明日が本番……。杏樹、体調は?」

由比ヶ浜ケイが尋ねると、目の前の少女は力強く即答した。

「バッチリです!」


この3カ月。

睡眠・食事・運動の24時間全てをアイドルに捧げてきた城ヶ崎杏樹は、別人のように進化していた。

かつては数分走るだけで倒れていた身体には、『芯のブレない強靭なフィジカル』が宿っている。

蚊の鳴くようだった声は、『美しく力強い、会場を震わせる歌声』へと変わっている。

そして何より、その瞳には『みなぎる活力』と自信が溢れていた。


「……目的は確認するまでもないわね。『お姉さんの眼中に、城ヶ崎杏樹を焼き付ける事』」

「はい。……つまりは、勝ちに行きます」


杏樹の口から「勝つ」という言葉が自然に出たことに、ケイは密かに驚き、そして頼もしさを感じた。

「今の杏樹なら必ずできる。胸を張ってステージに立ちなさい。私が背中を支えるから」

「はい!」

再び、レッスン室の空気が震えるほどの良い返事。

そして今度は、杏樹が真っ直ぐな瞳でケイを見据えた。


「わたし、ケイさんとユニットを組んでもらえて本当に良かったです……。この3カ月、たくさん成長する事ができました…!」

「杏樹……」

ケイは少し照れくさくなり、視線を逸らそうとした。

だが、杏樹は俯きながら、ケイにとっては予想外なことを口にした。


「それに……今はもう、『お姉ちゃんの眼中に入るため』だけじゃないんです…」

「え?」

「『アイドルが楽しいから』……観客の皆さんが盛り上がってくれるあの感覚……照明を浴びて、歌を届けるあの瞬間……」

杏樹は顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。


「わたし、アイドルでいられるのがとっても幸せなんです!」

「……っ」


ケイは目を見開いた。

姉への執着から始まった不純な動機。

けれど、過酷な特訓の果てに、彼女は『本物』になっていた。

誰かのためではなく、自分が輝くことの悦びを知ってしまったのだ。

そのキラキラとした瞳を見て、ケイはあることに気付いた。


(……私も、愛理さんと同じ……か)

かつて、自分を無理やりアイドルへと引きずり上げた神野愛理。

そして今、自分もまた、城ヶ崎杏樹という普通の少女を、この煌びやかで残酷なアイドルの世界へと『引きずり込んで』しまった。


「……………フッ」

ケイは思わず笑ってしまった。

杏樹の成長への純粋な喜び。

そして、「平穏」の道から完全に外れさせてしまったことへの、ほんのちょっぴりの罪悪感。

(………なら、責任はキッチリ取らなくちゃね)

もう後戻りはできない。

彼女がこの世界で、誰よりも高く飛べるように。

それが「引きずり込んだ者」としての義務だ。


由比ヶ浜ケイは、静かに、しかし熱く決意を固めた。


「……そう。なら、見せてやりましょう。あなたが一番輝く瞬間を」

ケイは手を差し伸べた。

「絶対勝つわよ。」

「はいっ!!」



ほどなくして、マネージャー・瓦幸慈がレッスン室に入ってきた。

手にはタブレット端末と、印刷されたばかりのセットリスト案が握られている。

「ケイちゃん、杏樹ちゃん! 明日の楽曲についてだけど……」


どうやら楽曲の順番、そして「どのタイミングで勝負をかけるか」についての最終相談のようだ。

ケイは冷静に指示を出した。

「……基本方針は変えない。『2組』以外のユニットには通常の3曲を使用する」

「うんうん。で、問題は……」

ケイは鋭い光を宿した瞳で、タブレット端末に映る2組を見据えた。


「城ヶ崎先輩とユミ、それから愛理さんとナツメ先輩に当たった時は……最高難度のアートコア、『Astralアストラル Driveドライブ』を解禁するわ」

「おぉ……!」


それはケイが以前、決勝で使用した『Piercingピアシング Starsスターズ』ほどの殺人的な難易度ではないものの、BPM190近い高速ビートと、複雑怪奇な転調を含んだ楽曲。

いわば、アイドル歴3カ月の素人が乗りこなすには無謀とも言える、諸刃の剣。

このユニットの、唯一にして最大の『切り札』だ。


「了解! ……杏樹ちゃん、かなりキツい賭けになるけど、頑張って!」

「はい! 頑張ります!」


杏樹は瓦のエールに、少しも怯むことなく元気良く返事をした。

その表情には、悲壮感ではなく、挑戦を楽しむような明るさが宿っている。


その傍ら、ケイは腕を組みながら一抹の不安を覚えていた。

(……確かに、杏樹のレベルは劇的に向上してる。あの腹筋と背筋が生み出す体幹は、エリート顔負けの安定感があるわ)


だが、相手はアイドル科の精鋭たち、そして怪物。

経験の浅い杏樹が、そのプレッシャーに飲まれて足がすくんだら──そこで終わりだ。

(……だからこそ)


由比ヶ浜ケイは、静かに決心する。


(私が、完璧以上に『サポート』をこなす……)


杏樹がリズムを崩しかけたら、私がコンマ一秒で修正する。

杏樹の声が震えたら、私が倍音で包み込んで打ち消す。

杏樹が輝くための光を、私が全てコントロールする。

(……必ず杏樹を輝かせる。そうすれば、『あの姉の眼中』も十分狙える……!)

それは「チャンピオン」としてのプライドではない。

「パートナー」としての、そして杏樹をアイドルという修羅の道へ引きずり込んだ者としての、重すぎる責任と覚悟だった。

諸事情につき再投稿しました。

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