─第2章─11話「リベンジ」
【由比ヶ浜ケイの受難】
某日。
多くの生徒が行き交う一般科とは異なる、張り詰めた空気が漂うアイドル科の廊下。
そこで、二つの影が対峙した。
「神野愛理……」
「……ユミちゃん」
御空ユミは足を止め、目の前の『因縁の相手』を見据える。
彼女にとって神野愛理は、3月の大会で『得意分野の土俵での完全敗北』という、これ以上ない屈辱を味わわされた相手だ。
あの日の記憶は、今も御空の胸に棘として突き刺さっている。
「……えっと、その、こないだは……」
愛理が珍しく言葉に詰まりながら、視線を泳がせた。
彼女はあの日、自身の恐怖を隠すために、相手のプライドを粉々にする『公開処刑』のような勝ち方を選んだ。
ケイとの和解を経て、憑き物が落ちた今の愛理には、その時の行いに対する後悔の念があったのだ。
「……はぁ」
だが、そんな愛理の殊勝な態度を見て、御空ユミは深いため息をついた。
そして、鋭い視線で愛理を射抜く。
「……甘っちょろい言葉はいらない。」
「え?」
「あれはあたしの敗北。実力不足。それ以上も、それ以下もない」
御空ユミは、言い訳をしない。
同情も、憐れみも、彼女のプライドには泥を塗るだけの不純物だ。
彼女は愛理へ一歩近づき、力強く言い放つ。
「次は、勝つ」
その瞳に、怯えは一切ない。
深い谷底に蹴落とされようとも這い上がってくる『挑戦者』の、赤く燃える灯火が宿っていた。
「…………」
その目を見た瞬間。
愛理の中から「罪悪感」という霧が晴れ、代わりにゾクゾクするような高揚感が湧き上がった。
目の前の少女は、傷ついた被害者ではない。
自分の首元に食らいつこうとする、獰猛なライバルだ。
「……っふ」
愛理はニッと笑い、かつての絶対王者の瞳をギラつかせて言い返した。
「……望むところ! 」
二人の視線が火花を散らす。
馴れ合いではない、謝罪会見でもない。
それは、来るべき決戦に向けた、宣戦布告の儀式だった。
──某日・昼休み。
「おっすー! ケイちゃん、宿題見せて!」
まるで自分の家のリビングに入ってくるかのように、神野愛理が堂々とケイのいる2年A組の教室に入っていく。
相変わらずのスター全開オーラに、クラスメイトたちがざわつくが、当の本人は気にする様子もない。
由比ヶ浜ケイは、読んでいた文庫本に栞を挟んで机上に置き、ため息交じりに引き出しに手を入れる。
「……はい」
ケイは素直に数学のノートを手渡した。
もはや条件反射。抵抗するだけ無駄なルーティンだ。
「サンキュー! ……そういえばさ、ケイちゃん」
愛理はノートを受け取りながら、興味津々といった様子でケイの机に身を乗り出した。
「今回のユニット、莉杏先輩の妹ちゃんと組んだんだっけ? ……杏樹ちゃんだっけ。調子はどうなの?」
「……努力はしてるわ。順調に力をつけてる」
ケイは無難な言葉を選んだ。
「ふーん、そっか! 偉いね〜!」
愛理は素っ気なく返事をする。
その『努力』が、常軌を逸した『苦行』であるとは知る由もない。
彼女の中では「放課後に楽しくレッスンしてるのかな」くらいの認識だろう。
「ま、お互い頑張ろう! こないだのリベンジ、楽しみにしてるから!」
愛理はニカッと太陽のような笑顔を見せ、ケイの肩をバンと叩いた。
その瞳には一点の曇りもない。
完全復活した絶対王者の自信。
「……お手柔らかに」
ケイは頬を引きつらせながら、精一杯の愛想笑いを浮かべた。
「じゃあね! ノートは後で返す!」
愛理はひらひらと手を振り、嵐のように教室を出ていった。
「…………ふぅ」
静寂が戻る。
ケイは椅子に深く背中を預け、天井を仰いだ。
(……リベンジ、か)
前回の『朝陽ノチャンピオンシップ』で勝てたのは、ケイが『極限状態』に入っていた事。
そして何より、愛理が精神的に追い詰められ、焦っていた事による、奇跡に近い薄氷の勝利だった。
(……憑き物が落ちて、精神的に安定した今の愛理さんとまともにやりあえば……)
勝率は、限りなく低い。
「……はぁ」
由比ヶ浜ケイは、本日何度目か分からない大きな溜め息をついた。
(……『チャンピオン』の称号……重すぎるわ………)
防衛戦のプレッシャーと、迫りくる怪物たちの足音。
日陰者の少女の胃が休まる日は、まだまだ来そうになかった。
先日、初めて作品の評価をして頂きました!
しかも10pt、サッカーのリーグ戦なら4戦3勝1分の超好成績です…!
本当にありがとうございます!!
そして改めて、いつも読んで下さっている全ての読者様に深く感謝申し上げます……!




