─第2章─2話「NO SENSE・HAVE GUTS」
【由比ヶ浜ケイの受難】
城ヶ崎杏樹、高校1年生。
あの『美霊』こと城ヶ崎莉杏の妹だ。
透き通るような肌と銀髪こそ共通しているが、あの幽霊のような姉とは違い、制服をきちんと着こなした、まともで可愛らしい少女だった。
(……似てない………)
ケイが思わずまじまじと観察していると、杏樹がビクッと肩を震わせた。
「……ど、どうしたんですか………?」
消え入りそうな声で怯える杏樹。
(……ああ、この蚊の鳴くような声量は姉譲りなのか……)
ケイは内心で納得しつつ、隣で頭を抱えているマネージャー・瓦幸慈に向き直った。
「えー!! 素人さんと組んじゃったの!? これじゃあ『愛理さんや御空さんと組ませてグッズでウハウハ作戦』がパーだよぉ!」
瓦が天を仰いで嘆く。
どうやら彼女は、ケイとトップアイドルを組ませて、その相乗効果でボロ儲けする計画を立てていたらしい。
(……金の亡者め……)
ケイはそんな瓦を無視して、杏樹に向き直った。
「ねぇ、杏樹……ちゃん。お姉さんはその……具体的にどんな感じなの?」
「えっと……以前は一緒にお菓子を食べたり、他愛もない話で盛り上がったりしてたんですけど……」
(……あの幽霊みたいな人が、そんな普通の会話を?)
意外な事実に驚くケイ。
「……でも、今は目も合わせてくれなくて……。家にあるお菓子も全部捨てちゃったみたいで……」
悲しげに語る杏樹。
「あの…! わたし何でもやります…! だから……」
杏樹が涙目で訴える。
その決意表明を聞いた瞬間、死んでいた瓦の目がカッと見開かれた。
「何でもやる……?」
瓦は不敵な笑みを浮かべ、手元のスケジュール帳に高速で何かを書き殴り始めた。
そんな瓦を見かねて、ケイは深いため息をついた。
「瓦さん、仕事はちゃんと説明してからよ(私みたいな被害者をこれ以上増やすわけにはいかない…)」と釘を刺す。
そして、目の前の少女に向き直った。
「とりあえず実力を見せてもらうわ。放課後にレッスン室に行きましょう」
放課後のレッスン室。
ジャージ姿に着替えた杏樹は、緊張した面持ちで立っていた。
「とりあえず、基本のステップを踏んでみて」
「は、はいっ!」
杏樹が意気込んで足を出す。
「こうやって……あぎゃ!」
ドンッ!!
盛大に足がもつれ、受け身も取れずに床にダイブした。
「…………」
「あぅぅ……すみません……」
壊滅的だった。
その後もいくつか基礎運動をやらせてみたが、結果は惨憺たるものだった。
運動神経は皆無。姉の莉杏のような軟体動物めいた柔軟性やしなやかさも無し。
歌わせてみれば声が小さすぎて測定不能。
学校の成績もちょうど真ん中ぐらいで、特筆すべき才能が見当たらない。
(……センスはゼロね。完全に一般人だわ)
ケイはタオルを渡しながら分析する。
普通ならここで「諦めて帰りなさい」と言うべきだろう。
だが。
(……この子、根性だけはあると見たわ)
2年生の教室まで一人で乗り込み、しかも校内のアイドルチャンピオンである自分に直談判しに来た行動力。
そして、何度転んでも「もう一回お願いします!」と立ち上がる姿勢。
姉への想いだけでここまで動けるなら、あるいは。
由比ヶ浜ケイは腹を括った。
「よし、分かったわ!」
ケイはパンと手を叩いた。
「まずは体力作りから! 筋トレとランニングを始めるわよ。基礎体力がなきゃステージには立てないからね」
「……は、はい!」
杏樹の威勢の良い返事が、レッスン室に響いた。
才能ゼロの「妹」と、日陰者の「チャンピオン」。
奇妙なユニットの特訓が幕を開けた。




