─第1章─最終話「由比ヶ浜ケイの受難」
【由比ヶ浜ケイの受難】
3月中旬
寒さが和らぎ、心地よい春風が吹き抜ける学校の屋上。
フェンスに背を預けた由比ヶ浜ケイは、隣に立つ少女に問いかけた。
「ねぇ。……後悔してない? 私をアイドルにしたこと」
その少女――神野愛理は、以前のような張り付いた営業スマイルではなく、年相応の悪戯っぽい顔で即答した。
「そりゃ勿論してるよ! お陰さまで大変なんだから!」
『No.2への転落』。
それは、彼女を攻撃する格好の材料だった。
SNSでは『王者の失墜』『やはり全盛期は過ぎた』『メッキが剥がれた』など、心ない言葉が飛び交っている。かつての愛理なら、その一つ一つに心を殺されていただろう。
「ふふ、ざまぁないわね」
せいせいしたと言わんばかりに微笑むケイ。
だが、その胸の奥には「自分のせいで愛理を傷付けたのではないか」という、小さな棘のような罪悪感があった。
しかし、愛理はそんなケイの心を見透かしたように、負けじと応戦してくる。
「何言ってんの! ケイちゃんだって『ポッと出のくせに調子乗るな』って、いーっぱいアンチ湧いてるじゃん! お互い様だよ、お互い様!」
ニヤニヤと笑いながら、炎上しかけのケイのSNS画面を突きつけてくる。
「……まぁ、否定はしないわ」
二人の間に、不思議と心地よい沈黙が流れる。
頭上には、どこまでも抜けるような青空。
「……正直、今はケイちゃんが隣にいるから、前よりずっと楽だよ」
風に髪をなびかせながら、愛理はフッと呟いた。
「それに……もう『1番』にこだわる必要もなくなったしね〜」
その横顔には、かつての焦燥感も、嘘で塗り固めた仮面もない。
憑き物が落ちたかのような、晴れやかな姿。
そんな愛理を見て、ケイはようやく安堵の息を漏らす。
「……そう」
これでもう大丈夫だ。
そう思った、次の瞬間。
愛理はニヤリと笑って、ケイの肩にポンッと手を置いた。
「だけど! ケイちゃんはチャンピオンなんだから、次は全力で防衛してもらわないとねー!! 期待してるよ?」
「…………重い」
ズシリとのしかかる手と、言葉の重圧。
朝陽ノNo.1アイドル。その称号は、目立ちたくない日陰者の少女にはあまりにもド派手で、重量過多な装飾品だ。
「…………はぁ」
上機嫌に笑う『元・絶対王者』の横で。
日陰者の少女は、これからも続く終わらない『受難』の未来を想像し、春の空に深いため息を溶かすのだった。
【由比ヶ浜ケイの受難─第1章─ 完】
由比ヶ浜ケイの受難─第1章─完結です!
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