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─第1章─32話「冴ゆる星の偶像」

【由比ヶ浜ケイの受難】


【後攻・由比ヶ浜ケイ】

静寂の中、ケイはゆっくりと目を開ける。

その瞳は、観客を見ているようで、その実、空間に浮かぶ無数の数式を見ているようだった。


ダダダダダダッッ!!!!!


轟音が鳴り響く。

BPM200を超える高速のドラムンベース。そこに、悲鳴のような美しいピアノとストリングスが絡み合う『シンフォニック・アートコア』。

人間が歌って踊る速度ではない。


だが。

「────ッ!」

ケイは、暴風雨のように目まぐるしく転調していくその奔流に、一歩も引かずに飛び込んだ。


(腕の角度35度、ターンの遠心力修正、ステップの踏み込み深度、表情筋の緩和、喉の共鳴位置……!)


脳内CPUが焼き切れる寸前のフル回転。

ケイは踊り、歌いながら、そのコンマ一秒ごとの「最適解」をリアルタイムで組み上げていく。


目まぐるしく変化するメロディと共に、御空ユミから学んだ「剛」と、自らの武器である「柔」を完璧に使い分ける。


刹那、空間を鋭利な刃物で切り裂いたかと思えば、次の瞬間には重力を無視したかのような、吸い込まれるような鮮やかなターンを決める。


怒涛の言葉数とロングトーン。

酸欠寸前の肺を理屈で制御し、力強く、そして繊細に歌い上げていく。

その人間離れした処理速度から繰り広げられるパフォーマンスに、観客はペンライトを振ることさえ忘れ、息を呑んで魅入っていた。


そしてサビ。

美しいピアノの旋律と共に嵐が止み、分厚い暗雲が一気に開けたような、壮大で落ち着いたメロディへと切り変わる。

「アアアアアアア――――――――ッ……」

美しく、どこまでも高く響き渡るロングトーンが、静寂のコンサートホールを包み込む。

鬼気迫る表情だった由比ヶ浜ケイの顔がふわりと和らぎ、すべてを許す女神の微笑みへと変わっていく。


その姿はまるで、凍てつく冬の寒空に、凛として輝く一等星――『冴ゆる星』。


神野愛理が残した灼熱の『ビッグバン』の余韻が、由比ヶ浜ケイの透明な青い輝きによって、完全に塗り替えられていく。


ジャンッ……


フィニッシュ。

肩で息をしながらも、ケイは微笑みを崩さない。

練習では一度も成功しなかった『Piercingピアシング starsスターズ』を、本番という極限状態で完璧以上のクオリティで成功させたのだ。


数秒の静寂。

そして次の瞬間。

ドッッッ!!!! ワアアアアアアアアッッッ!!!!!

ホール全体が、物理的に震えるほどの割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。

それは由比ヶ浜ケイという「日陰者」が、世界に見つかった音だった。


ほどなくして、神野愛理がステージに上がってくる。

その表情から、先ほどまでの「絶対王者」としての余裕は消え失せていた。

顔色は青白く、指先が微かに震えている。

ケイと愛理はステージの中央に並び立つ。

言葉はない。

二人は固唾を飲んで、背後の巨大モニターを見上げた。

ドラムロールが鳴り響く。

運命の数字が表示される。


神野愛理:49%

由比ヶ浜ケイ:51%


その瞬間、

会場のボルテージは最高潮に達する。


ドッッッ!!!! と、ホール全体が割れんばかりの大歓声と拍手に包み込まれる。

『由比ヶ浜ケイ』を称える祝福の音が鳴り響く。




「…………」

神野愛理は、呆然としていた。

No.1じゃない。負けた。

それはつまり、彼女の世界の終わり。

アンチの罵倒、失望の声、居場所の喪失。

恐怖で、目から涙が溢れそうになる。足元の床が崩れ落ちるような感覚。


そんな愛理に、ケイがゆっくりと近づいた。

「ねぇ、愛理さん」

マイクを通さない、二人だけの声。


「……準決勝のあと、愛理さんは私に『何考えて笑ってたの?』って聞いたけど……」

「……え?」

「あれね、『愛理さんが私に負けて悔しがる姿』を想像してたの。その『野望』があったから、私はあんな最高の笑顔になれた」

「……は?」


愛理は涙目のままキョトンとする。

そしてケイは、できる限りの意地悪な、それでいてどこか楽しげな笑みを浮かべて言い放った。


「自分が無理やりアイドルに引きずり上げた日陰者に、引きずり降ろされる気分はどう?」


「………ッ!!」

時が止まった。

そして、愛理の顔が真っ赤に染まる。

恐怖の涙ではない。安堵と、悔しさと、どうしようもない感情が混ざった涙が溢れ出した。


「………あはっ……あははっ……!」

愛理は泣き笑いのような声を上げ、

「………文化祭の復讐かよ……! 最低の気分だよ……っ!!」

「……バカ!!」

そう言って、愛理は思わずケイに抱きついた。

強がりも、プライドも、恐怖の鎧も脱ぎ捨てて。

ただの負けず嫌いな少女として、友人の胸に顔を埋めて泣いた。


ケイは何も言わず、苦笑しながらそっと愛理の背中に手を回す。

こうして、長い長い戦いは終わった。

朝陽ノアイドルチャンピオンシップは、最強の敗者と最高の勝者が抱き合うという、劇的なフィナーレを迎えたのだった。


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