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─第1章─24話「絶対王者」

【由比ヶ浜ケイの受難】


1月中旬

「ケイちゃんケイちゃん! 曲できたよ!」

放課後のレッスン室。

ドアを突き破らんばかりの勢いで、満面の笑みを浮かべた瓦幸慈が突っ込んできた。

手にはUSBメモリが握られている。

瓦の実家は業界でも有名な衣装デザイナー。そのツテをフル活用し、有名ソングライターに「出世払いの特別価格」で作詞作曲をお願いしているらしい。

(……一体、どんな鬼気迫る土下座を披露したのかしら)

ケイは呆れつつも、マネージャーの執念に少しだけ戦慄した。

ただでさえ坂本雅のレッスン料で大金が消し飛んでいるのに、これ以上背負うものが増えるとは。

「それで、どんな曲なの?」

「トーナメントは勝ち進めば全4回戦だから、決勝まで合わせて新曲4曲! 特に決勝用のやつは物凄いよ! 先生も『降りてきた』って言ってた!」

キラキラと目を輝かせる瓦。

「ありがとう、早速聴いてみるわ(……決勝なんて行く気ないんだけど)」

ケイは心の中で毒づきながら、プレイヤーにUSBを差し込んだ。

予定では、1回戦で「惜しくも敗退」し、この過酷なレースから降りるつもりだ。後半の曲など、日の目を見ることはないだろう。


ヘッドホンを装着し、再生ボタンを押す。

1曲目、2曲目、3曲目。

どれも「クール系アイドル」のイメージに合った、疾走感のあるデジタルロックや、ダンサブルなEDMだ。

悪くない。これなら、今の実力でもなんとか形にできる。

「そしてこれが……決勝用の4曲目だよ」

瓦がゴクリと唾を飲み込む。

ケイは最後のファイルを選択した。

――再生。

「…………ッ!?」

イントロが流れた瞬間、ケイの背筋に電流が走った。

ジャンルは『シンフォニック・アートコア』。

BPM200を超える高速のドラムンベースに乗せて、美しいピアノとストリングスが絡み合う。

メロディは「力強さ」と、触れれば壊れそうなガラス細工のような「儚さ」が同居しており、聴く者の情緒を掻き乱す。

何より恐ろしいのは、その構成だ。

サビに向かってキーが目まぐるしく上下する激しい転調。

息継ぎの暇さえ与えない、怒涛の言葉数とロングトーンの連続。

それはまるで、嵐の中を泣きながら全速力で疾走するような、命を削る旋律。

(……これを? 激しいダンスを踊りながら? 生歌で?)

ヘッドホンを外したケイの手が、微かに震えていた。

これは人間の歌ではない。

「……瓦さん」

「どう!? 最高でしょ!?」

「……これは、私に乗りこなせるのかしら……」

ケイは青ざめた顔で訴えた。

「大丈夫大丈夫! ケイちゃんならいける! 信じてるよ!」

瓦は満面の笑みで、無責任極まりないサムズアップをかました。


「はぁ……」

由比ヶ浜ケイは天を仰いだ。

1回戦で負けるつもりだが、万が一、億が一、決勝まで行ってしまった場合。

私はステージの上で酸欠で倒れ、ある意味伝説になるかもしれない。

「……とりあえず、1曲目の練習から始めるわよ」

「了解! レッスンスタート!」




1月中旬・全国アイドルチャンピオンシップ決勝会場


「優勝は……神野愛理ーーーッ!!!!」

ドッッッ!!!! ワアアアアアアアアアッ!!!!!

司会者の絶叫と共に、巨大なアリーナが物理的に揺れた。

数万人の観衆による歓喜と熱狂、そして地鳴りのような称賛の拍手。

たった今、全国の頂点に立ち、名実ともに「日本一のアイドル」となった少女――神野愛理へと降り注ぐ。

ステージの中央で、愛理は完璧な笑顔で手を振っていた。

その姿は、まさしく太陽だった。


「……フフ。今回はアタシの負けね」

愛理の横で、惜しくも準優勝となった少女が口を開いた。

命雲めいうん学園の絶対エース、『不知火しらぬいアザミ』。

180センチというモデル顔負けの長身。黒と赤が混ざり合った独特な髪色に、右が赤、左が黒という妖艶なオッドアイ。

深紅のルージュを引いた口元には、悔しさよりも潔さを湛えた笑みが浮かんでいる。その出で立ちは「女王」そのものだった。

「見事なパフォーマンスだったわ、神野愛理」

アザミがその長い腕を伸ばし、握手を求める。

「そっちこそ! ギリギリの勝負だったよ、アザミ!」

愛理は無邪気な笑顔で、その手を強く握り返した。

会場のボルテージが最高潮に達する。頂上決戦を終えた二人の英雄の姿に、誰もが歓喜した。


喧騒のステージを降り、薄暗い舞台袖へと戻る。

スタッフや関係者からの「おめでとう!」「最高だったぞ!」という賛辞の嵐を笑顔でかわし、ようやく一人になれる控室への通路に入った瞬間。

「……ふぅ」

神野愛理の口から、重く、長い息が吐き出された。

No.1以外あり得ない。勝って当たり前。

そんなプレッシャーから、一時的に解放された瞬間だった。

だが、その安堵は一瞬で消え失せた。

「……負けられない」

壁にもたれかかった愛理の顔から、あの太陽のような笑顔は跡形もなく消え失せていた。

あるのは、冷たく、険しく、そして底知れぬ闇を宿した瞳。

(………もし負ければ、手のひらを返したように世間はあたしを叩く……)

『誰かの下位互換』『全盛期は過ぎた』『期待外れ』。

そんな雑音が、鼓膜の奥で常に響いている。

「全部勝って……全員、黙らせる……」

愛理は爪が食い込むほどに拳を握りしめた。


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