─第1章─22話「絶対零度との共闘」
【由比ヶ浜ケイの受難】
1月上旬の放課後。
自主練習のためにレッスン室を訪れた由比ヶ浜ケイの前に、突如として御空ユミが現れた。
「由比ヶ浜ケイ、共同レッスンをしよう」
「……え」
唐突すぎる提案。
嫌だ。一人で地味に基礎練をしたい。
だが、目の前の絶対零度は、拒否権など最初から持たせてくれないオーラを放っている。
ケイが返答に窮して無言になっていると、御空は一人で喋り続けた。
「……情けない。一瞬でも、神野愛理に怯んだ自分がいたなんて」
彼女は拳を握りしめる。
「必ず倒す。城ヶ崎先輩も、神野愛理も……! そのためには、今のあたしじゃ足りない」
ここでケイは、恐る恐る疑問を投げかけた。
「あの……打倒愛理さんになんで私との共同レッスンを……?」
「分析したんだよ」
御空はケイを指差した。
「あたしはセンスとパッションだけで何とかしようとする節がある。勢いで押すタイプだね。……でも、あなたは違う。物事を正確に把握して、理屈で組み立てて実践する能力に優れている。ゆえに、応用力が異常に高い」
「……」
「そんなあなたとの共同レッスンは、必ず打倒への突破口になる。……あたしのレッスンの様子、ずっと見てたんでしょ? あなたはあたしから『パッション』を、あたしはあなたから『ロジック』を吸収できる。Win-Winだよ」
この人、けっこう理論派なのか……。
ただの感情で動くタイプだと思っていたケイは、その冷静な分析に感心した。
断る理由もない。
「……分かりました。一緒にやりましょう」
レッスンは順調だった。
いや、順調以上だった。
腐ってもエリート。御空ユミの一つ一つの動きのキレ、正確性、そしてスタミナは、ケイのそれとは比べ物にならない。
さらに、レッスンの内容は御空の経験に裏打ちされたトレーニングメニューに加え、あの伝説のアイドル・坂本雅から伝授された「効率的な基礎」が組み込まれていた。
「――ッ! ハァ……ハァ……」
「まだ動ける? 休憩入れる?」
「いえ……続行で……!」
汗が床に滴る。
言葉は少ない。だが、互いの呼吸とステップの音が、心地よいリズムを刻んでいた。
「……そろそろ終わろうか。あたしのレッスンについてこれるなんて、流石だね」
タオルで汗を拭いながら、御空がニヤリと笑った。
「あ、ありがとうございます」
ケイもまた、充実感に満ちていた。
この調子なら、かなりイイ線いけるかもしれない。少なくとも、無様に惨敗することは回避できそうだ。
着替えを終え、校門を出たところで御空が言った。
「途中まで一緒に帰ろう。……それと」
「はい?」
「タメ口でいいよ、ケイ。これからパートナーになるんだし、敬語はなし」
「……!」
名前呼びに、タメ口許可。
なんだか、距離が一気に縮まった気がした。
これが「仲間」というやつだろうか。
「……分かったわ、御空さん」
「ユミでいいってば」
「あ……努力するわ」
夕暮れの帰り道。
二人は良い雰囲気のまま、並んで歩き出した。
クール系アイドル同士の友情。美しい光景だ。
……しかし。
ここで、致命的な問題が発生してしまう。
「…………」
「…………」
カツ、カツ、カツ……。
足音だけが響く。
「…………」
「…………」
距離が縮まったとはいえ、二人は根本的に「会話で盛り上がる」という機能が欠落した生き物だったのだ。
御空ユミは孤高のエリートゆえに友人が少なく、由比ヶ浜ケイは自ら孤独を選んだ日陰者。
レッスンの話題が尽きた今、二人の間に横たわるのは「無限の虚無」のみ。
「…………」
「…………」
御空とケイの間には、分かれ道に差し掛かるまでの約15分間、呼吸すら憚られるような気まずい沈黙が続き、二人の「良い雰囲気」は物理的な「重苦しい空気」へと変貌を遂げたのだった。




