─第1章─20話「朝陽ノアイドルチャンピオンシップ」
【由比ヶ浜ケイの受難】
1月上旬・教室
朝陽ノ高校では毎年3月、年間の成績上位者16人のアイドルによってパフォーマンスの良さを競うトーナメント「朝陽ノアイドルチャンピオンシップ」が行われる。
それは、プロへの登竜門であり、学内最強を決める聖戦。
「というわけで、ケイちゃんも参加が決まったから! よろしくっ!」
「……は?」
放課後の教室。
マネージャー・瓦幸慈の突然の宣告に、由比ヶ浜ケイの思考回路はショートした。
「ちょ、ちょっと待って。あれってアイドル科の成績優秀者しか出られないエリートの大会でしょ? なんで普通科の私が……」
「ケイちゃんは私の強引……もとい的確なプロデュースによる実績と、あの冬季大会での『伝説の微笑み』が高く評価されて、特別枠として参加資格を満たしたんだよね!」
瓦がニッと笑い、親指を立てる。
「断って! 絶対に嫌よ!」
ケイは即答した。
「それに、私が特別枠で入ったら、本来出られたはずのアイドル科の子が1人落選しちゃうんでしょ? 申し訳ないわよ」
それは、3割の「平和に生きたい」という我が身可愛さと、7割の「他人の夢を奪いたくない」というお人好しな性格からくる拒絶だった。
だが、その退路は鋭利な刃物によって断たれる。
「……普通科に押し出されてあぶれるような人は、はなから優勝なんて無理だし、問題ないよ」
「……御空さん」
声の主は、教室の入り口で腕を組んでいた御空ユミだった。
彼女はカツカツと歩み寄ると、ケイを見下ろした。
「実力の世界だよ。奪われるのが嫌なら、奪い返せばいいだけ」
「だからって、私がわざわざ波風立てる必要は……」
「出るの」
御空の瞳が、絶対零度の光を帯びる。
「あなたの事は、叩き潰さないと気が済まないから。もし棄権なんかしたら……物理的に叩き潰す」
「…………」
出ても潰される。出なくても潰される。
御空ユミの理不尽な圧力と、瓦の輝くような笑顔に挟まれ、ケイは深くうなだれた。
「……分かったわよ。出ればいいんでしょ、出れば」
渋々承諾するケイ。
(……まぁ、いいわ。出るだけ出て、1回戦で無様に負ければいい。そうすれば「やっぱり素人は通用しない」となって、平穏な日常に戻れるはず)
ケイは腹を括り、早々の敗退を決心した。
「そういえば瓦さん」
ケイはふと思い出したように切り出した。
「なんか最近、私の労働時間に反してギャラが少ない気がするんだけど」
テレビ出演、イベント営業、雑誌の取材。
馬車馬のように働いている割に、通帳の数字が寂しい。
ギャラ管理を勝手に行っているこのマネージャー、まさか中抜きしているのでは?
「あー、それ?」
瓦は悪びれもせず、むしろ誇らしげにピースサインをした。
「以前一緒に仕事をした大御所・しらぬいホンマさん経由で、今回のチャンピオンシップに向けて『レッスンの特別講師』を招へいする費用に使ったんだ!」
「……は?」
「いくら?」と聞くと、瓦は珍しくバツが悪そうに視線を逸らした。
その反応で、ケイは悟った。かなりの金額が溶けている。
ケイは眩暈を堪えながら、ため息をついた。
「……で? 大金叩いて呼んだの、誰なの?」
「聞いて驚かないでね! なんと! 元トップアイドルの坂本 雅……通称『みゃーちゃん』!!」
「…………」
時が止まった。
坂本雅。
かつて「クール系アイドルの金字塔」として一世を風靡し、惜しまれつつ引退した伝説の元国民的アイドルである。
「ガチのレジェンドじゃない……」
「ホンマさんが『ケイちゃんのためなら』って口利きしてくれたんだよ! すごくない!?」
ケイは膝から崩れ落ちそうになった。
一体全体、いくら使ったんだ。
いや、それ以上に問題なのは――。
(……詰んだ)
大金をはたいて、元国民的アイドルを家庭教師につける。
そんな外堀を埋められた状態で、「わざと手を抜いて1回戦負け」などできるわけがない。
もしそんなことをすれば、坂本雅の顔に泥を塗り、なんやかんやで業界から抹殺されるだろう。
こうして、由比ヶ浜ケイは。
「無様に散って解放される」という希望さえも奪われ、最強のトーナメントへ「本気を出す」こと以外の選択肢を完全に消去されたのだった。




