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由比ヶ浜ケイの受難─第1章─19話「美霊との邂逅」

【由比ヶ浜ケイの受難】


12月中旬・放課後

御空ユミとの、あの地獄のような「無言の友情劇」から数日後。

放課後の廊下。レッスン室に入ろうとした由比ヶ浜ケイは、ぬらりと現れた人影と鉢合わせた。

「……あ」

「……ん……」

そこにいたのは、覇気のない銀髪と、今にも閉じそうな瞳。

先日のライブで神の領域を見せつけた『美霊』こと、城ヶ崎莉杏だった。

彼女は眠そうに目を擦りながら、ボソリと言った。

「……あなたたちの青春……邪魔してごめん………」

「え?」

「……ユミとの勝負……あんな形で終わらせちゃって………」

どうやら、本気を出して二人の勝負を有耶無耶にしてしまったことへの謝罪らしい。

律儀だ。見た目は幽霊みたいだが、中身は常識人なのかもしれない。

「い、いえそんな! 気にしてません!(むしろ、あのまま白黒つけられるより助かったし……)」

ケイは本心から首を横に振った。

あのまま御空と張り合っていたら、どちらかが傷つくか、あるいはもっと面倒なことになっていただろう。

「………」

「………」

会話が途切れる。

まただ。御空の時と同じ、この耐え難い沈黙。

ケイが冷や汗をかきながら視線を泳がせていると、莉杏が不思議そうに首を傾げた。

「……なんで、話さないの……?」

「……へっ? え、えっと……」

(いや、貴女も話してないじゃないですか……!)

と言いたいが、先輩相手にそれは言えない。

ケイが言葉に詰まっていると、再び重苦しい沈黙が廊下を支配する。

「………」

「………(気まずい、帰りたい)」

すると、莉杏が何かを悟ったようにポンと手を打った。

「……あぁ………」

(『あぁ…』って何…!? 何を納得したの!?)

莉杏はケイの手首を、冷たい手でぐっと掴んだ。

「……お菓子、買ってあげる………」

「え? いえ、いいですよそんな……」

「…………早くして………」

有無を言わせぬ圧力。

抵抗する間もなく、ケイはそのまま購買部へと連行された。


放課後の購買部は、部活前の生徒たちで賑わっていた。

莉杏はカゴを手に取ると、スナック菓子の棚の前で立ち止まった。

ガサッ。ガサガサッ。

彼女は迷うことなく、棚の端から端までのお菓子を次々とカゴに放り込んでいく。

ポテチ、チョコ、グミ、煎餅。

まるで冬眠前の熊が食料を蓄えるかのような勢いだ。あっという間にカゴが山盛りになる。

「……食べるの、入れて…………」

「……えっと」

この山盛りの中に自分の分を?

ケイは遠慮がちに、一番小さなチョコを一つだけ、そっとカゴの隙間に差し込んだ。

「……それだけでいいの……? 」

「十分です……」

莉杏は不思議そうな顔をしたが、そのままレジへと向かった。

レジのおばちゃんが、ギョッとした顔で商品の山をスキャンしていく。

『お会計、1万2800円になります』

「…………」

その時。

莉杏の動きがピタリと止まった。

彼女はポケットをまさぐり、スカートをパンパンと叩き、そして虚無の瞳でケイを見つめた。

「………財布、忘れた」

「…………はい?」

「……教室……いや、家かも………」

時が止まった。

レジのおばちゃんからの「早く払え」という無言の圧。

後ろに並ぶ生徒たちからの「なんだあの量」という視線。

そして目の前の、悪びれる様子もなく佇む美しき先輩。

(……詰んだ)


「……私が、払います」

ケイは震える手で財布を取り出し、1万円札と数枚の千円札をトレイに置いた。

私の全財産が、先輩のカロリーへと変わった瞬間だった。


二人は重たいレジ袋を提げて、廊下を歩く。

「………ごめん、今度返す………」

「……はい(絶対に忘れるタイプだ、この人)」

莉杏は相変わらず眠たそうに呟き、校舎の角でふらりと手を振った。

「……じゃあ、また………」

そう言って消えていく背中は、やはりどこか現実感がなかった。

後日。

ケイはこの件をマネージャーの瓦に相談した。

「えっ! 城ヶ崎先輩に会ったの!? すごいよケイちゃん!」

「そこじゃなくて、お金返してほしいんだけど……」

「うーん、難しいかもねぇ」

「なんで?」

瓦は声を潜めて言った。

「城ヶ崎先輩は『幽霊』として有名で、滅多に目撃情報が無いんだよ。レッスン室にも来ないし、教室にもいないし。……次に会えるのがいつになるか、誰にも分からないんだ」

「…………」


財布の中身が空になったケイの受難は、冬の寒さとともに厳しさを増していくのだった。


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