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由比ヶ浜ケイの受難─第1章─15話「怪獣バトル」

【由比ヶ浜ケイの受難】


放課後、レッスン室。

由比ヶ浜ケイは、鏡の前でひたすら指先の動きを確認していた。

派手なステップは踏まない。ただ、振り向く。手を伸ばす。

その一瞬の所作に、愛理直伝の「物語」を込める。徹底した「静」の追求。

「やっほー、順調?」

ドアが開き、華やかなオーラと共に少女が入ってきた。

年末特番の収録から帰還したばかりの神野愛理だ。多忙を極めるトップアイドルだが、その表情に疲れは見えない。

「お陰さまで。……だいぶ、形にはなってきたと思うわ」

「うんうん、いい感じ! その調子なら――」

愛理が笑顔で近づこうとした、その時だった。

「……神野、愛理……!」

レッスン室の入り口に、氷点下の冷気を纏った影が現れた。

敵意を剥き出しにした御空ユミだ。

彼女は愛理の姿を認めると、その美しい瞳を剣呑に細めた。

「あら、ユミちゃん! やっほー、元気?」

愛理はまるで散歩中の犬に出会ったかのような気軽さで手を振る。

対して、ユミの表情は硬い。彼女の視線は、愛理と、その背後にいるケイを交互に見やった。

「……なるほど。そっちには、あなたがついてるんだね」

ユミは口元を歪め、好戦的な笑みを浮かべる。

「……面白い。普通科の素人が相手じゃ張り合いがないと思ってた。……けど、バックに『最強』がいるなら話は別…」

「買いかぶりすぎだよー」

「謙遜はいらないよ。……言っておく。神野愛理、あたしはあんたにもいずれ勝つ。こんな場所で、足踏みしていられない…!」

ユミの声には、悲壮なまでの決意が滲んでいた。

彼女にとって、神野愛理は越えなければならない絶対的な壁。その壁が、いま目の前で敵のセコンドについている。燃えないわけがない。

「そう」

愛理の声のトーンが、わずかに落ちた。

「楽しみにしてるよ」

口元はいつもの完璧なアイドルスマイルを浮かべている。

だが、その目は一切笑っていなかった。

トップに君臨する者だけが持つ、絶対王者の威圧感。空気がビリビリと震える。

(……ひぃっ)

バチバチと火花を散らす両者の間に挟まれ、ケイは戦慄した。

これは、部活の延長や学校行事のレベルではない。

プロの世界で生きる「怪獣」同士の縄張り争いだ。

私はとんでもない事に巻き込まれてしまったのかもしれない。


「じゃあね、神野愛理。……それから」

ユミの視線が、鋭い刃物のようにケイに向けられた。

「由比ヶ浜ケイ」

「は、はい……」

蛇に睨まれた蛙のように、ケイは直立不動になる。

「覚悟しておくこと」

ユミは、とてもアイドルの対決とは思えない、地獄の底から響くような声で告げた。

「必ず潰す。……完膚なきまでにね」

「…………ッ」

ケイの顔から血の気が引く。

それは勝利宣言ではなく、明確な「殺害予告」だった。

ユミは長い髪を翻し、嵐のように去っていった。

「……あ、あはは……潰すって……完膚なきまでにって……」

ガタガタと震え出すケイの肩を、愛理がポンと叩いた。

「大丈夫大丈夫! ユミちゃん、ああ見えて優しいんだから!」

「……どこが!?」

今の会話のどこに優しさの要素があった? 幻聴でも聞こえているのか?

「だって、わざわざ宣戦布告に来るなんて律儀じゃん? 本当に潰す気なら、黙って闇討ちするでしょ?」

「……アイドルの基準、狂ってるわよ」

ケイは深く絶望した。

だが、もう後戻りはできない。

「潰される」前に、生き残るための刃を研ぐしかないのだ。

「さ、レッスン再開しよっか! 殺気にも慣れておかないとね!」

「慣れたくないわよ……!」

スパルタコーチの号令の下、由比ヶ浜ケイは涙目で再び鏡に向き合うのだった。

そして冬季ライブ本番は刻一刻と迫っていた…。

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