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『追放令嬢はソロキャン中! ~森で極上ステーキを焼いていたら、匂いに釣られた皇帝陛下(遭難中)に求婚されました~』  作者: 月雅


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第7話 宮廷料理人を黙らせろ! ふわとろオムライスの革命

ヴァルドリア帝国の帝都、バルムンク。

黒曜石で作られた堅牢な城壁と、剣のように鋭い塔が聳え立つ軍事国家の中心地だ。


王室専用馬車から降り立った私たちは、整列した文官や家臣たちの出迎えを受けた。


「皇帝陛下の御帰還、心よりお慶び申し上げます!」


深々と頭を下げる彼らの視線が、アレクの隣に立つ私にチラリと向けられる。

「誰だ、あの女は?」という好奇と警戒の色。

まあ、無理もない。行方不明だった皇帝が、見知らぬ銀髪の女を連れて帰ってきたのだから。


「陛下、長旅でお疲れでしょう。すぐに休息の準備を……」


初老の執事長が声をかけるが、アレクはそれを手で制した。


「いや、まずは食事だ。腹が減って死にそうだ」


アレクのその言葉に、執事長は心得たように頷いた。


「畏まりました。料理長ヴァルゴが、最高級の食材を用いた『伝統の正餐』をご用意して待ち構えております」


「……ヴァルゴか」


アレクの眉がピクリと跳ねた。

その名前を聞いた瞬間、隣に控えていたハンスさんも露骨に顔をしかめる。


「伝統、ね」


私は小さく呟いた。

道中の騎士たちの食事事情を見る限り、この国の「伝統」にはあまり期待できそうにない。


「セシリア、すまないが付き合ってくれ。あいつの料理は……その、喉を通らないんだ」


アレクが小声で助けを求めてくる。

私はため息交じりに頷いた。


「わかったわ。専属シェフとして、厨房の視察もしておかないとね」



案内されたのは、広大だが冷え冷えとした王宮の大食堂だった。

長テーブルの上には、すでに料理が並べられている。


そこに立っていたのは、白い高い帽子を被り、ヒゲを蓄えた恰幅の良い男だった。

宮廷料理長、ヴァルゴだ。


「おお、陛下! ご無事で何よりです! このヴァルゴ、陛下のために腕によりをかけて『冷製フルコース』をご用意いたしました!」


彼が自信満々に指差した先には、美しく飾られた皿が並んでいる。

……見た目は、確かに綺麗だ。

ゼリーで固められた魚、冷やされた肉のパテ、氷細工のようなスープ。

だが、どれもこれも冷たく、湯気一つ立っていない。


「……ヴァルゴよ。私は温かいものが食べたいと言ったはずだが」


「陛下、何を仰いますか! 熱を通しすぎると食材の『高貴な魔力』が逃げてしまいます。それに、この『氷河サーモン』のゼリー寄せこそ、我が帝国の美学! さあ、どうぞ!」


ヴァルゴは聞く耳を持たない。

アレクがげんなりした顔で、ゼリー寄せを一口食べる。


「……硬い。それに味がしない」


「なんと! それは陛下の舌が、下賤な旅の食事に毒されてしまったのでは!? この繊細な薄味がわからぬとは!」


ヴァルゴが憤慨して声を荒らげる。

皇帝に対してこの態度。どうやらこの国では、職人の地位が妙に高い――というか、食文化が未熟すぎて「料理人」というだけで特権階級化しているようだ。


「……ねえ、そこのヒゲのおじさん」


私は見かねて口を挟んだ。


「何だ貴様は! 部外者が神聖な厨房に口を出すな!」


「部外者じゃないわ。私はセシリア。陛下の新しい専属シェフよ」


「はぁ? シェフだと? 女子供に何ができる!」


ヴァルゴは私を頭からつま先まで見て、鼻で笑った。


「どうせ旅先で、焼いただけの肉を出して陛下の機嫌を取ったのだろう? 料理とは芸術だ。貴様のような田舎娘には理解できんよ」


カチン。


私の頭の中で、何かのスイッチが入った音がした。

料理を芸術と呼ぶのはいい。だが、食べる人のことを考えず、独りよがりな美学を押し付けるのは料理人失格だ。


「……へえ。言うわね」


私は腕を組み、挑発的に微笑んだ。


「じゃあ、勝負しましょうか。私が作る料理と、あなたのその冷たい芸術品。どちらが陛下の舌を満足させられるか」


「面白い! 恥をかかせてやる。厨房を使わせてやるから、好きにするがいい!」



厨房に入ると、弟子たちが心配そうに私を見ていた。

ヴァルゴは腕組みをして、高みの見物を決め込んでいる。


「ふん、どうせ大した食材も持っていないのだろう」


「食材ならあるわ。最高級のやつがね」


私は【時空収納】を開いた。

取り出したのは、真っ白な陶器に入った『米』だ。

王国の領地で試験栽培していた『ジャポニカ米』。ふっくらとした粘り気が特徴だ。

そして、鮮やかなオレンジ色の黄身を持つ『ゴールデン・コカトリス』の卵を五つ。


「米だと? あんな家畜の餌を……」


外野の声は無視する。

まずはチキンライス作りだ。

鶏肉(これもコカトリスの腿肉)と玉ねぎを細かく刻み、バターを熱したフライパンへ投入。


ジュワァァァ……!


バターの芳醇な香りが厨房に広がり、弟子たちが「おっ?」と鼻を動かす。

火が通ったらご飯を入れ、ここで私の秘密兵器――『完熟ルビートマト』を煮詰めて作った自家製ケチャップをたっぷりと回し入れる。


ジャァァッ!!


トマトの酸味が飛び、甘く濃厚な香りが爆発的に広がる。

塩胡椒で味を整えれば、艶やかなオレンジ色のチキンライスの完成だ。

これをラグビーボール型に整えて、皿に乗せる。


「いい匂いだ……だが、あんな赤い飯、見たことがないぞ」


ヴァルゴが少し動揺している。

だが、本番はここからだ。


私は新しいフライパンを熱し、バターを溶かす。

ボウルに卵三個分の溶き卵を用意し、一気に流し込んだ。


ジュッ、ジュワワワ……。


菜箸で手早くかき混ぜる。

火加減が命だ。外側は固まりつつ、内側はトロトロの半熟状態をキープする。

フライパンの柄をトントンと叩き、卵を回転させながら楕円形のオムレツを作る。


ここだ。この一瞬。


私は表面がツヤツヤに輝くオムレツを、チキンライスの上にそっと乗せた。


「なんだそれは? 卵焼きを乗せただけではないか」


ヴァルゴが嘲笑う。

確かに、見た目はただの黄色い塊が乗っているだけに見えるだろう。


「完成よ。アレク、ハンスさん、お待たせ」


私は皿を二人の前に置いた。


「セシリア、これは……?」


「『ふわとろオムライス』よ。さあ、ナイフを入れてみて」


アレクは不思議そうにナイフを手に取り、オムレツの真ん中に刃を当てた。

そして、すっと切れ目を入れる。


その瞬間。


プルンッ。

トロォォォォォォリ……。


弾力のあるオムレツが左右に開き、中から黄金色の半熟卵が雪崩のように溢れ出した。

半熟卵はチキンライスを優しく包み込み、まるで花が咲いたかのような美しい姿へと変貌する。


「なっ……!?」


ヴァルゴが目を剥いた。

厨房の全員が息を飲む。


「……凄い。生きているみたいだ」


アレクは震える声で呟き、仕上げに私がかけた『デミグラスソース』と絡めて、スプーンですくい上げた。


卵の黄色、ケチャップライスの赤、ソースの茶色。

完璧なコントラストだ。

彼はそれを口へと運ぶ。


「――んんッ!!」


アレクの金色の瞳が、カッと見開かれた。


「卵が……飲めるほど柔らかい! バターの風味と卵の甘みが、濃厚なケチャップライスと混ざり合って……なんだこの幸福感は!」


「団長、私も!」


ハンスさんも一口食べ、机をバンと叩いた。


「美味い!! 酸味のあるライスとまろやかな卵の相性が抜群だ! 何より温かい! 胃の中に温もりが染み渡るようだ!」


二人は無我夢中でスプーンを動かした。

冷たいゼリー寄せなど目もくれない。

カチャカチャと皿の音だけが響き、あっという間に完食してしまった。


「……そんな、馬鹿な」


ヴァルゴが崩れ落ちる。


「私の芸術が、あんな大雑把な混ぜご飯に負けるなど……」


「大雑把じゃないわ」


私は冷ややかになったチキンライスの残りを、ヴァルゴの前に突き出した。


「火加減、米の水分量、卵の撹拌速度。全て計算し尽くしているの。食べてみなさい」


ヴァルゴは震える手でスプーンを取り、口に入れた。


「……っ!?」


彼の目から涙が溢れた。


「温かい……。懐かしい味がする……。ああ、私は何を間違っていたのだ。料理とは、見た目ではなく、食べる人を温めるものだったのか……」


ヴァルゴは床に手をつき、私に向かって頭を下げた。


「参りました……! セシリア様、いや、師匠! どうか私に、この『オムライス』の作り方を教えてください!」


厨房の弟子たちも一斉に頭を下げる。

「師匠! お願いします!」


「……はぁ」


私はため息をついた。

面倒なことになったが、まあ、敵対されるよりはマシか。


「いいわよ。その代わり、私の指示には絶対服従。いいわね?」


「はいぃぃっ!!」


こうして、私は帝城到着初日にして、宮廷料理長を軍門に降し、厨房の実権を掌握したのである。


「セシリア」


満足げに口元を拭ったアレクが、私の腰を抱き寄せた。


「最高だった。これを毎日食べられる俺は、世界一の幸せ者だ。……やはり、即位パーティーの料理も君に任せたい」


「即位パーティー?」


「ああ。近々、各国から来賓を招いての大々的な披露目がある。そこで君の料理を出せば、我が帝国の食文化が未開だなどと、誰にも言わせないはずだ」


アレクの瞳には、強い信頼と野望が宿っていた。

なるほど、外交という名の『飯テロ』を仕掛けるつもりね。


「わかったわ。その代わり、手伝いはハンスさんだけじゃ足りないから、ヴァルゴたちも扱き使うわよ」


「好きにしてくれ。君こそが、この城の真の支配者だ」


アレクは皆が見ている前で、私の手の甲に恭しくキスを落とした。

厨房から黄色い歓声(とハンスさんの胃もたれしそうな顔)が上がる。


こうして、帝国の食卓改革は順調な滑り出しを見せた。

だが、その即位パーティーに、因縁の相手――私を追放した王国の元婚約者たちが招待されていることを、私はまだ知らなかった。


キッチンには、甘い卵の香りと、勝利の余韻が漂っていた。


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