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『追放令嬢はソロキャン中! ~森で極上ステーキを焼いていたら、匂いに釣られた皇帝陛下(遭難中)に求婚されました~』  作者: 月雅


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第6話 メシマズ帝国の洗礼と、救済のスープパスタ

国境を越え、私たちはヴァルドリア帝国領へと足を踏み入れた。


緑豊かだった王国の森とは対照的に、帝国の風景はどこか荒涼としている。

赤茶けた大地、ゴツゴツとした岩肌。

作物が育ちにくく、魔獣が多いというこの国の過酷な環境が肌で感じられた。


「……なるほど。これは食材確保に苦労しそうね」


馬車の窓から外を眺め、私は独りごちた。

現在、私たちはハンスが手配した王室専用馬車(外見は地味に偽装済み)で移動中だ。

アレクは公務に戻るため、国境付近で待機していた本隊と合流することになっている。


「すまない、セシリア。殺風景だろう? だが、地下資源は豊富なんだ」


向かいに座るアレクが、申し訳なさそうに眉を下げる。


「別に気にしてないわよ。環境が違えば、育つ食材も違う。料理人としてはむしろ燃えるわ」


「そう言ってくれると助かる。……ああ、見えてきた。あそこが合流地点だ」


アレクが指差す先、荒野の只中に設営された野営地が見えてきた。

黒い鎧に身を包んだ屈強な男たちが整列している。

帝国の精鋭、近衛騎士団だ。


馬車が止まると、総勢五十名ほどの騎士たちが一斉に敬礼した。


「皇帝陛下のお帰りをお待ちしておりました!!」


地鳴りのような野太い声。

アレクは鷹揚に頷き、馬車を降りる。その姿は完全に冷徹な皇帝のそれだ。

私に向けるデレデレした顔とのギャップに、少しだけ背筋が伸びる。


「ご苦労。状況はどうだ?」


「はっ! 異常ありません。ただちに帝都へ向けて出発準備を……」


報告を受けるアレクの横で、私はある光景に釘付けになっていた。


騎士たちが休憩中に食べている『昼食』だ。


彼らの手にあるのは、黒くて四角い塊。

どう見てもレンガか、あるいは投石用の石にしか見えない。

一人の騎士がそれを必死に噛みちぎろうと、鬼のような形相で顎を動かしている。


ガリッ! ゴリッ!


嫌な音がした。

そして、別の騎士が啜っているスープらしきもの。

灰色に濁っており、得体の知れない草が浮いているだけで、湯気すら立っていない。


「……アレク」


私は小声で呼びかけた。


「あれは、何かの罰ゲーム中なの?」


「……いや。あれが帝国の標準的な携帯食料『黒パン』と『塩スープ』だ」


アレクが遠い目をする。


「保存性を高めるために水分を極限まで抜き、栄養価だけを重視した結果、あのような物質になった。味? そんな概念はこの国にはない」


「……」


私は絶句した。

ハンスさんを見ると、彼もまた懐から同じ『レンガ』を取り出し、諦めきった顔で齧ろうとしている。

この国を守る精鋭たちが、こんな悲しい食事をしているなんて。


「我慢の限界ね」


私は腕まくりをして、騎士たちの元へ歩み寄った。


「ちょっと、そこの皆さん! 食事は一旦ストップよ!」


突然の女性の声に、騎士たちがギョッとして顔を上げる。


「き、貴様は何者だ!? 陛下のお連れの方か?」


「自己紹介は後。そんな石ころを食べてたら、戦う前に歯が折れるわよ。鍋と水を用意して! 私がまともな食事を作ってあげるから!」


騎士たちは困惑し、アレクを見る。

アレクはニヤリと笑って頷いた。


「彼女の言う通りにしろ。これは皇帝命令だ。……喜べ、お前たち。女神の料理が食えるぞ」



三十分後。

殺伐としていた野営地は、かつてないほどの芳香に包まれていた。


大鍋の中では、真っ赤なスープがグツグツと煮えたぎっている。

私が作ったのは、『干し肉とトマトのスープパスタ』だ。


本来なら噛み切れないほど硬い帝国の干し肉を、私は【時空収納】から取り出した特製の『おろし玉ねぎダレ』に漬け込み、繊維を分解させてから細かく刻んだ。

それをオリーブオイルで炒め、たっぷりのトマト缶、コンソメ、そして乾燥バジルと共に煮込む。


具材の旨味が溶け出したスープに投入したのは、保存の効くショートパスタ『ペンネ』だ。

これがスープを吸って、もちもちの食感になる。


「さあ、できたわよ! 列に並んで!」


私が声をかけると、騎士たちは半信半疑のまま、けれどその匂いに惹かれて列を作った。

ハンスさんが先頭で器を差し出す。


「セシリア殿、これは……あの干し肉ですか? 信じられないほど柔らかそうですが」


「ふふ、食べてみて」


おたまでたっぷりとよそい、ハーブを散らして渡す。

ハンスさんは一口啜り――そして、天を仰いだ。


「…………ッ!!」


「どうした、団長!?」


「……トマトの酸味が、干し肉の塩気と混ざり合って……奇跡だ。硬かった肉が、口の中でほぐれる。パスタには味が染み込んでいて、噛むたびに小麦とスープの旨味が溢れる……!」


ハンスさんの食レポに、後ろの騎士たちがどよめく。

次々と配給を受け取った彼らから、悲鳴にも似た歓声が上がり始めた。


「う、うめぇぇぇぇぇ!!」

「なんだこれは! いつものゴミみたいなスープとは別物だ!」

「体が温まる……! 生きる活力が湧いてくるぞ!」


屈強な男たちが、涙を流しながらパスタを啜る異様な光景。

中には、大事そうにスープの一滴までパンで拭って食べる者もいる。

……あ、そのパン、さっきまで食べてたレンガね。スープに浸して柔らかくしたのね。賢い。


「セシリア」


アレクが私の隣に立ち、自分用の大盛りを受け取りながら囁いた。


「見てみろ。お前のおかげで、騎士たちの目が変わった」


確かに、先ほどまでの死んだ魚のような目は消え、全員がギラギラとした生命力に満ちている。

食は士気に直結するとは言うが、これほど顕著だとは。


「美味しいものを食べれば、誰だって元気になるわよ。この国の食材も、調理法次第で化けるはずだわ」


私は鍋の底をかき混ぜながら答える。

アレクは愛おしそうに私を見つめ、パスタを頬張った。


「……美味い。やはり君は、我が帝国の救世主だ」


「大袈裟ね」


食事が終わり、撤収作業が始まると、騎士たちの動きは見違えるほど機敏になっていた。

そして、馬車に戻ろうとする私に、騎士たちが一斉に敬礼を送ってきた。


「ご馳走様でした!!!」

「セシリア様! 一生ついていきます!!」

「俺の胃袋を捧げます!!」


……あれ?

なんだか、アレクに向けるよりも熱烈な視線を感じるのだけれど。


「ふん。……気に入らんな」


アレクが不機嫌そうに呟く。


「俺のセシリアだぞ。あいつら、あとで訓練メニューを倍にしてやる」


「嫉妬しないの。国民に愛される皇后になるには、まず胃袋からって言うじゃない?」


「む……。君、今『皇后になる』って言ったか?」


「言ってない。一般論よ」


私はしれっと逸らして馬車に乗り込んだ。

アレクは嬉しそうに尻尾を振り(幻覚)、私の隣に座り直して肩を寄せてくる。


こうして、私たちは騎士団の熱烈な護衛を受けながら、帝都への帰路を急いだ。

だが、本当の試練はこれからだ。

帝都の城には、プライドだけは高いあの男――『宮廷料理長』が待ち構えているのだから。


馬車は赤茶けた大地を駆け抜ける。

次の戦場は、キッチンだ。


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