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私を見ると、シラカミさまは何処か寂しそうな顔をします。
折角、綺麗な白い衣装も、様々な宝飾品も、家族といた時には見た事の無い食事を戴いても、私の表情が変わらないからでしょうか。有難い事なのだ、と認識はしてはいるのですが、私には、それをどう表現して良いのか分からないのです。
弟妹が両親から贈り物を貰った時に、どんな反応をしていたかを思い返し、貼り付けた様に笑ってみたりしていますが、私の笑っているつもりの顔を見るとシラカミさまはとても悲しそうにするのです。
シラカミさまの屋敷には、女の人がいました。
硝子玉の様な目で、嗄れた声で、ブツブツと何かを呟いているその人には近付いてはいけないと言われました。
私は、幼い頃から両親や弟妹の意見に従うだけの人生でしたので、シラカミさまがそう仰るなら、とその人に近付く事は決してしないで過ごしました。
時折屋敷に来る人に、私の一族に伝わる話を語り聞かせて貰って、私がシラカミさまの御神饌だとは理解しました。私は、シラカミさまに食べられる為に生きているのです。
「役立たず」と、謗りを受けていた私にもちゃんと「シラカミさまに食べられる」と言う役目があったのかと思うと、それだけが家族を喪ってからの私が生きる意味なので、どうやったらシラカミさまは私を食べてくれるのだろう、とぼんやりと考えました。
シラカミさまは、「特別扱いを受けていた者が、実はタダの食材として管理されていただけだと知った時の絶望に満ちた供物を食べるのが好き」だと言っていました。だから、今の私は食べるに値しない、と言っていました。
60年に1度、「人の世の業」を背負った供物が、シラカミさまに食べられる事で日本は魔国にならずに済んでいるのだと私に会いに来る人は教えてくれました。
旧い時代に信じられていた鬼や妖が人の世界に跋扈して瘴気を撒き散らし、人間同士が起こす争いよりも恐ろしい世界にならずに済んでいるのは、シラカミさまが供物を食べる事で瘴気を受ければ弱ってしまう神の特性を打ち消し、鬼や妖を斬り封じる力を持つからだと。
だから、シラカミさまが望む良質な供物が必要なのだと、彼等はそう言っていました。
だけれども、私はいつまで経ってもシラカミさまの望む供物になる事はありませんでした。
痺れを切らした人達に、普通の人なら「酷い」と言う言葉を浴びせられたり、暴力を振るわれても。あの家族と過ごした日々とさして変わらないので私は気にする事はありませんでした。
―――ある日、シラカミさまが倒れました。
あの日、何故か家にいなかった私の代わりに、私の家族を供物として口にしたシラカミさまは「本物の供物」を口にしていない事で存在を保つ事に限界が生じてしまったのです。
昏睡状態に陥ったシラカミさまを見る私の横にあの日「2時間後に家に変える様に」と言った方が立っていました。
「キミは、これからどうしたい?」
「…私は、シラカミさまに食べられる為に生まれた人間です…。この身を、シラカミさまに捧げるべきではないか、と思います…」
「例え、それをアイツが望んでいなくてもキミはアイツに食べられたい、と思うのかな?」
「はい」
眠るシラカミさまの口元に、そっと私の右手を置いた。反応が薄いから、近くにあったナイフで傷口を付けてみると、滴る血液をゆっくり啜りながら。
―――やがて、貪る様に私の身体をシラカミさまは食んでいく。
不思議と、痛くは無い。だって、私はこの人に食べて貰う為に生まれたただの御神饌なのだから。
恐怖は無い。
寧ろ、嬉しい。
やっと、私は、生まれてきた意味を果たせるのだから。
「嗚呼、キミは、―――この世界のキミは、終わらせる為の存在なんだね…」