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神様に口にして貰う為に生まれてきたその子どもは雑に切り揃えられていた髪が母と思っていた女と同じ長さまで伸び、栄養を考えた食事を与えられた事で多少は身体に肉が付いて見栄えも良くなった。
神様が手ずから選んで着させた白い衣装も良く似合っているけれど、「まだ足りない」と神様は言う。
最期には食べるのだから適当でも良いでは無いか、と言う無粋者もいるのだけれど。
神様が御神饌に拘るのにはちゃんとした理由がある。
それは、「神とは人の祈りに依って力を得て、人に忘れられる事で力を喪う」と言う天地創造の頃からの成り立ちに依って存在しているからである。
シラカミさまの御神饌は遙かむかしから神奈木の一族から60年周期で奉納されている。
御神饌は、「人の世の業」をその身に背負ってシラカミさまが食する事で日ノ本を魔国にしないようにする為のものであり、神奈木の悪習は必要悪であると語られている。
ただ、今回の「寿々歌」は、御神饌とするには純真無垢を通り過ぎて人形が過ぎる。無表情、無反応、無感動。いくら御神饌として生まれてきたからと言ってこの様に仕上がるのかと思う程の娘だった。
―――とある場所で鎖に繋がれ、腱を斬られて歩く事も出来ず、酸を流し込まれて焼けて潰されたその喉の痛みを押して呪詛を吐き続ける産みの母の願い、―――「全て終わってしまえ」を体現するかの様な娘だった。
虚ろな瞳は何も写さず、言われた事、与えられた幸福に対して、こう返答すべきだと言う模範解答を抑揚の無い声で機械の如く返す少女の姿は1部の者達の不安と焦燥を煽った。
神奈木の一族に与えられていた繁栄の1部は、国家にも流れている。このまま少女が御神饌として必要な、シラカミさまが求める条件を満たさなければ、―――国が滅びるのではないか、とまことしやかに囁く者も現れた。
「どうにかしたまえ」と警視庁に秘密裏に存在する陰陽課に持ち掛けるものも少なくない。
「俺は、あの子はこのままで良いと思うんだがな」
日に日に、シラカミさまは衰えていく。
シラカミさまを信奉する神奈木一族の大半は神奈木八重子の呪詛により死に絶え、残っているのはシラカミさまに匹敵する神通力を持つ八重子と、御神饌に選ばれながらシラカミさまが望む条件を満たしていない寿々歌だけ。
周囲の説得に応じて、妥協して寿々歌を御神饌として口にしたならば、その瞬間シラカミさまは力を失い消滅する可能性がある。
最早人の時代である「今」に、シラカミさまは本当に必要なのか、と考えながら俺は吸い終わったタバコを灰皿に入れて考えるのだった。