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「藤田先輩、禁后って知ってます?」
ギリシャ神話に出てくる「開けるなの禁忌を破った女じゃないですよ」、とかなりの現場を目撃したにも関わらず顔色ひとつ変えずに平然と焼き鳥を口にしている後輩が言った。
「掻い摘んで説明すると、長子にだけ一族に伝わる特殊な方法で育てる一族がいてある代の長子の隠し名が禁后で、空き家になっている玄関の無い家が子ども達の間でパンドラと呼ばれてる話なんですが。詳しく話すと長くなるんで、気になったら洒落怖で調べて呼んでください」
「その話、今取り扱ってる件に何か関係あるの?」
「さあ?でもある意味あの子、...寿々歌ちゃんですっけ。彼女の境遇に似たモノを感じるんですよね」
あの家にあった古文書を解読して必要そうな場所だけ抜き取ったものですけど、と、コピー用紙に書いた文章を見せてきた。
「第1の前提として、長子は敢えて弟妹と差を付けて育てる。
第2に、長子には思考を許してはならない。
第3に、15歳の誕生日には必ず屋内にいさせる事。
そうすればシラカミさまが一族に繁栄を齎してくださる、だそうですよ」
シラカミさま。
あの家族が信仰している宗教の神様だろうか。
「江戸時代くらいまでは「弟妹と差を付ける」は見て分かるものだったみたいです」
「『食卓に並ぶ料理は全て長子のもの。長子が欲しがるなら、弟妹は喜んで自分の身を差し出すべし』...。...ごはん、の事、だよね。うん」
「いえ?弟妹は長子の食事として用意されるものだったみたいですよ」
現代と文化が異なるとは言ってもそこは違うと言って欲しかった。説明文の横には後輩が描いたらしいぶよぶよの人間と、その人間にあらゆる食材を自分の身を含めて渡すガリガリにやせ細った人間が描いてあった。
「60年周期でこの家系は禍神であるシラカミさまに捧げる生贄として長子は育てる文化みたいです。ただし、飽くまで人間として育てるので、情が湧けば別のモノで代用する、と」
15年もあれば多少の情くらい湧くよね、それは。
「その時に用意される代用品の名称が、「寿々歌」、なんですよ」
ぇ。
「ちょっと調べたんですけど。寿々歌ちゃん、戸籍が無いんですよ。本人曰く学校には通っていたみたいですが、同年代の誰も寿々歌ちゃんを知らない。流石にご近所さんは寿々歌ちゃんを知っていましたが、神奈木夫妻は自分達の子どもは今回の変死事件で亡くなったヨースケ君とミカちゃんだけだと言っていたので、寿々歌ちゃんは養子なんじゃないかって話だったんですが、養子でも無いみたいです」
この辺りの私立中学の制服を着た、人形の様に無表情だった寿々歌ちゃんを思い出す。言葉に抑揚は無く、聞かれた事に淡々と答えていたあの子はいったいどこの誰だと言うのか。
「今回の事件はかなり複雑な事情を孕んでそうだ、って事か。
...それはそれとして、良くまぁあの現場見た後で焼き鳥やらパスタやら食えるな」
「だって、食べたくなったんですもん」
「わあ!見てくださいよ先輩、お皿に髪の毛と目玉がパスタみたいに盛り付けてありますよ!」とか言われたこっちはすっかり食欲失せたってのに。
藤田和之 事件現場を料理に例える後輩に頭を抱える刑事
沖田彩華 肉料理大好き