1
ぼんやりと、両親の意見に流されるだけの人生でした。
私が失敗すると「何故、教えられた事が出来ないの?」「何故、メモを取らないの?」「何故、同じ様な失敗をするの?」「何故、弟妹の方が勉強が出来るの?」「何故、毎日の繰り返しが早く出来ないの?」と言われるだけなので、何も考えずに出来る限り両親の期待に応えようとした結果として、そんな人生になった、と言えるかもしれません。
特徴の無い平凡な顔立ちと、規則通りの制服。母親譲りの黒髪は肩口で切り揃えていて。
身長は同じ年頃の子よりも少し低めで、厄介事には巻き込まれない様に息を潜め成績は中の下くらい。
友達、と言える相手は、―――いません。
私が友達と思っていても、向こうは私をどう思っているかは分からないから、―――私は、いない、と答えます。
「クラスの友達」、と、担任の教師が言うその人達は、ただ同じクラスになっただけの、赤の他人でそれ以上でも以下でも無いと思うのですが―――所謂、熱血教師に分類される担任にとってはそうではないようです。
部活をすれば、何か新しい発見があるかもしれないから、と様々な部活を見て回りましたが、特に心を惹かれるものもなく。「部活を続けていた事が就職で有利になる事もあるから」と押し切られて、没頭出来るから、と言う理由で手芸部に入りました。
―――学校生活や部活が、染み付いた私の生き方を変える事は終ぞありませんでした。
私に話しかけて来た人なら、います。
ですが、それだけ。会話と呼べる会話はしていません。きっと、相手にとって私に話しかける事は「実績解除」みたいなものなのだろうと思います。
私には、流行りのアニメ、漫画、ドラマ、音楽、俳優の話題は程遠い世界でしたから。
私に娯楽は許されませんでした。テストは全科目100点を取れて初めて、唯一私が「好き」と言えるバニラアイスを用意して貰えます。
弟が苦手な科目で80点を取れて新しいゲームを買って貰ったり、妹が練習の結果逆上がりが出来る様になったからと化粧品1式を買って貰う横で、私は安売りのバニラアイスを食べるのです。
野暮ったい、垢抜けない、そんな私に話しかけるのを諦めない人なんて、いるはずが無いのだと思っていました。
高校に進学する価値も無い、知り合いの工場で働いて弟妹の学費を稼いで来る様にと言われたあの日、なんとなく足を止めた踏切で。
その人は、私に、声をかけて来ました。
『―――アナタ、何をしているのかしら?』
自分では、気付いていなかったのだけど。どうやら、その人には私が『飛び込もうと』している様に見えたみたいです。
そんな勇気、私には無いのですが。
『あら?...アナタ、見覚えあるわね…』
その人は手に持っていた分厚い冊子をパラリと捲りながらコチラを見ました。
『...ふぅん。なるほどなるほど』
その人は、私の手を握りました。ヒンヤリと、氷水の様に冷たい手で、真夏にも関わらず、その人の周りにだけ、雪がチラついている様にみえました。
『アナタの人生は、今日、変わるわ』
胡散臭い台詞だ、と思いました。
『2時間経ってから、家に帰ってみなさいな』
現在の時刻は16時。私の門限は、部活の無い日は17時なので両親には怒られてしまうし、弟妹には馬鹿にされてしまう、と言うと、その人は『大丈夫だから、心配しないの』と言いました。
不安で仕方無かったけれど、その人の言葉には何故か説得力がある気がして。私は生まれて初めて、自分の意思で門限を破る事にしたのです。
―――家の方角が騒がしくなりました。
パトカーや救急車が、ファンファンと、サイレンを鳴らしながら家の方角へと走って行きます。
『さあ、これで全て変わるわよ』
恐る恐る家に帰ると、警察に止められました。この家の住人であると伝えると「家には入らない方が良い」と、悲しそうな顔で警察は私に言いました。
―――「中では、キミの家族が不審死をしているから見ない方が良い」
そう、言われました。