異星の客
〈春雨の霙の豫感はつか哉 涙次〉
【ⅰ】
ルシフェルが魔界から消えて、幾日かゞ経つた。が、後釜に坐る者があつた。
その名を「傍観者null」と云ふ。傍観者、と云ふからには、大局は見据へてゐるが、自分は知らぬ存ぜぬで通す【魔】である。たゞ、彼には「使ひ魔」を用いざるとも人間界の動向が分かる、と云ふ特性があり、まあ「はぐれ【魔】」たちの面倒もよく見るので、ルシフェルがゐない間の、ショート・リリーフとして、魔界の玉坐に坐つたのだつた。
【ⅱ】
カンテラと悦美の夫婦、新婚ほやほやでかう云ふのもなんだが、早くも「ベイビー」を、と云ふ周囲の期待があつた。然し、同性婚、と云ふか、トランスフォーマーたちの結婚と同じく、カンテラには相も變はらず、精巣なる臓器はなく、カンテラ・悦美は養子を貰ふ事、決めてゐたのだつた。
折りしも、赤ちやんポストに、玉のやうな女の子あり、その子を育てる、のは悦美にとつても樂しい夢だつた。早速養子申請をし、その子に「君繪」と名付け、その日から夫妻は、人の親となつた。
神田君繪のイニシアル、K.K.はじろさんのイニシアルK.K.から取つた。また繪と江の「え」音が同一なのは、勿論澄江さんの名を意識したものである。
じろさん・澄江さんは、血が繋がつてゐないからと云つて、その子を遠ざけるやうな、料簡の狹い人たちではなかつた。じろさん、早くも好々爺の體で、それこそ「猫可愛がり」、人はなんでこんなに「孫」と云ふ存在に弱いのだらう、と、カンテラは目を丸くした。
【ⅲ】
さうかうする内、「異星の客・ε」と云ふ、聞くだに怪しげな男がカンテラに接触してきた。「お宅の君繪ちやんには、六芒星型の痣が、躰の何処かにありませんか?」と云ふ。
確かに、君繪の紅葉のやうな右掌には、その形の痣が見られた。「それが我らのリーダーの証しなのですよ。カネは出します。君繪ちやんを我らに譲つてくれませんか?」-「我ら」と云ふからには、團體の存在を意味する。宇宙の主を崇める「大宇宙會」と云ふ奴らだ。勿論、カンテラが譲る譯は、ない。宇宙の主と云つても、要は人身賣買ではないか。
「傍観者null」(以下nullと略)は、この男-「はぐれ【魔】」と迄は行かないが、の、トチ狂つた發想を殊の外愛した。と云ふか、カンテラ一味に、自らの手を下す事なく、干渉出來るのが、彼の薄笑ひを誘つたのである。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈六芒星掌に持つ子には何ぞある不安なるもの何処かへ消えろ 平手みき〉
【ⅳ】
で、カンテラは企てた。君繪を山車に、この失禮な團體から、カネを分取つてやらう- カンテラの意地惡な面が、表に出たのである。彼は所謂「善人」では、ない。
要するに、カンテラと悦美は、夫婦喧嘩のお芝居をした。杵塚に命じて、楳ノ谷汀の煽情的な報道、を利用させて貰ふ。「カンテラ&悦美、早くも倦怠期か!? 養子Kちやんの親権は?」-これには「ε」も糠喜び。カンテラは彼に連絡し、「俺に親権の許可が下りたら、君繪、あんた方にくれてやるよ」「ほ、本当ですか!?」「男に二言はない」
じろさん、明らかに不安さうである。「大丈夫かい? そのお芝居とやら」「ダイジョブダイジョブ。大體、子供は自由に育つべきなんだ。ダライ・ラマのやうに、生まれながらに特定集團の命運を脊負わされたんぢや、可哀相だよ」
結果、前金として五百萬(圓)が勞せずカンテラの手に落ちてきた。全く、人一人の人生の定めをこんなはしたガネでなあ。カンテラの意地惡心が更に募つた。
【ⅴ】
「ほぎやあほぎやあ」君繪は何も知らず、今日も元氣に泣いてゐた。「よしよし、泣く子は育つ。この子は見込みあるぞ」とカンテラ。「『大宇宙會』からのおカネは、みんなに配当した後、大事にこの子の養育費に宛てましよ」と、悦美もさる者である。
テオがSNSで、結局夫婦間の蟠りなどなく、健全なものだ、報道は行き過ぎ、との情報を流した。スポーツ新聞各紙には、「楳ノ谷汀、大チョンボ!!」の見出しが- 「ε」は「約束が違ふぢやないか!」とカンテラに詰め寄つたが、返事はなく、たゞ、相談室内にカンテラの氣合ひが谺した。「しええええええいつ!!」「ε」は斬殺の刑。「なに、ほんの見せしめだよ。君繪に手出しする者たちへの、な」と、カンテラ澄ました顔であつた。「ε」の遺骸は、中野通りの(わざと)目立つ場所に置かれ、「我が子に害為す者斯くなるべし カンテラ」と貼り紙がべたり。
【ⅵ】
「面白い」-「null」は更にカンテラと云ふ、稀代のキャラクターに興味深げ。彼は、自分の懐に傷が付かなければ、それでよし、とする卑劣漢なのである。「派遣する【魔】たちの、用兵を考へなくちやな」と、一人魔界の机に向かつた。
【ⅶ】
「失禮しちやふわねー、偽情報リークとは」と、楳ノ谷は怒つてゐたけれど、杵塚、「だつて持ちつ凭れつ、ぢやないか」と、これもまた澄まし顔。「それより『大宇宙會』つてカルトの報道でも、どうだらう?」自由人・杵塚も一味にゐて、大分カンテラの影響は受けたやうである。
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〈赤ん坊間際の春に生まれたり寒きも暑きも平ちやら育ち 平手みき〉
つー譯で、当分は「カンテラ・悦美 / ベイビー篇」をお送りする事となります。乞ふ、ご期待!!
そんぢやまた。アデュー!!