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その7


「こっち、こっち、湊人」

 翌日の夜の十時過ぎ、シフトを終えた湊人は由雄に言われた定食屋に入った。奥のテーブルに座った由雄は誰かと一緒だった。三十歳前後に見える男性だ。なぜか小さいノートパソコンを開けている。

「この人は原田さん。不動産屋なんだ」

「原田雅史です。真鍋さんにはいつもお世話になっております」

「いや、お世話ってものじゃないけどな。時々親戚や友達に聞かれてね、信用できる不動産屋を知らないかと。息子や娘を住まわせるアパートにどんなのがいいかって。この人は若いのに立派な仕事をするんだ」

 恐縮するように原田は笑顔で首を振った。

「滅相もない…。さて、真鍋さんのおっしゃってた家屋ですが、こちらがその詳細です」

 うどんをすすろうとした由雄はズルッと音を立て、むせた。

「さすがトップセールスマン。もう本題に入るのか! ここの日替わり夕食はうまいから先に食ってくれていいんだけど…。まあいいか」

 原田はパソコンを二人の方に向ける。

「この物件のあった地所には元々古くからの邸宅がありました。持ち主が亡くなられた数年後、親族が売却し、不動産業者がすぐに購入・更地にしました。ほどなくして三軒の極小住宅になり、売り出されました」

「僕が見た、あのペンシルハウスですね」湊人が確認のために言った。

「そうです。三軒のペンシルハウスが建てられたのはおよそ二十年前です。それから十八年が経過したところで元の持ち主が売りに出しました。不動産屋を通じて現在の持ち主がローンを組んで購入したのが一年前です。購入時点で十九年経過ということは、上物の価値が無くなる少し前です。現在の制度では新築一軒家の上物、つまり家の部分の価値は二十二年でゼロになります。その後は実質上、土地の価値だけになります。本来中古物件は住宅ローンを組みづらいですし、築十九年だから更に難しかったでしょうが…。二度目の購入者は何とかローンを組んで購入したようです」

 うどんを平らげた由雄はお椀を静かに置く。

「やれやれ、個人が買った家の成り行きは他の不動産屋に全部筒抜けなんだな。プライバシーも何もありゃしない」

「まあ、そう言うことです。不動産業の透明性はとても大切なことです。大きなお金が動く事業ですから信用が一番ですので。さて、ペンシルハウスは中古物件としては人気がない分類に入ります。フロア面積が小さく窮屈で、三階建てなので上下移動が不便です。と言うことは不動産業者が安く買い叩く余地が出てきます。うまく安価で買い付け、普通の物件に手が出ない人々に売りつけるのです。余裕のない人々をうまく丸め込んで住宅ローン、できればフラット三十五として知られるローンを組ませる。そんな業者もいるのです」

「フラット三十五か、聞いたことがあるぞ。よく詐欺があるそうだな」

「はい。フラット三十五も住宅ローンの一種です。…しかし、そこからが問題です。住宅ローンはそもそも、購入物件を自宅として住む人のみが安い金利で借りられるものです。よって、賃貸に回すことは許されません」

「ふむふむ」

「ところが、無理してローンを組むような人は金銭的に余裕がなくなる可能性も高いです。自宅をこっそり賃貸に回したり、そうでなくても家の内部を改造し、他人を住まわせたりする場合があります」

「住まわせる秘密の下宿人には郵便受けを使わないでもらう。こうだな」

「その通りです」

「わかりました」湊人は納得した。「彼らは怪しい物をやり取りしてたんじゃなくて…。あの家に住んでいること自体が詐欺行為なんですね!」

「そうです」

「おお…ははは、おめでとう、湊人くん! 君の勘は当たっていた、よかったな。いやいや、茶化したりして済まなかった。君のことをこれからも信じるよ」

 由雄は湊人の肩をポンと叩いた。湊人ははにかんだが、内心ホッとし、嬉しかった。自分は妙に鋭い直感があることを密かに自慢に思っていたが、それを確信した気がしたのだ。

「ところで、家の持ち主や下宿人らのやっていることは犯罪行為なのかね?」由雄が尋ねる。

「彼らは金を貸した銀行を騙しています。詐欺行為に当たるでしょうが、銀行がその事実を知らない限り問題ではないでしょうね」

「君が、該当する銀行に告げ口するとかしたら?」

「しません」

 原田は笑って下を向き、由雄は腕組みした。

「じゃあ、これで終わりだ…。不法な行為はあった。でも犯罪案件ではない、ってね」

「はい」

 湊人はうなずいた。


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