その2
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次の週の金曜日、午後五時から午後十時までの夜当番の間、湊人は淡々と仕事をこなしていた。怪しいと思える特徴を持つ客は来なかった。コンビニでの商品受け取りをした客は一人だけで、午後六時半を過ぎた頃にやって来た。会社帰り風の若い男性で、30センチ四方くらいの箱の荷物をはにかんだ笑顔で受け取った。もしかしたら趣味のアニメフィギュアかも、と湊人は思った。
商品棚のチェックをしていた同僚、高沢がカウンターにやってきた。湊人は高沢に尋ねてみた。
「高沢さん、コンビニで品物を受け取ったりしますか?」
「ん、しないね、俺は。どうして?」
「いや…。コンビニ受け取りシステムは変な荷物の受け取りに使われるのかなと思って。だって、自分の名前と住所を知られなくて済むでしょ。受付番号とバーコードだけだから」
「そうだねえ」高沢は笑った。「ニュースでたまに聞くね。禁止されている薬物を海外から送るとか」
湊人は先日の客の匂いのことを思い出した。しかし高沢は首を振った。
「でも、うまく行かないと思うよ。海外からの荷物に隠してあった不審物が日本の税関でよく見つかるじゃないか。それに日本では、送付元の段階で色々チェックされるから難しいよ。何か問題でも?」
「いや別に…。先日の客のことがちょっと話題になったので」
「大丈夫! 万が一、変なものが受け渡されても、我々コンビニ関係者には何の責任もない。犯罪防止の点からは、協力できる事があればした方がいいけどね」
コンビニでの仕事が長い高沢は、責任問題には関心があるようだった。
その夜、湊人は自宅外での物品受け取りをネットで調べてみた。
ある大手の運送会社を使うと個人の荷物でも運送会社の専用ロッカーやコンビニでも受け取ることができる。ただし最初に使用者として個人情報を登録しなければならない。怪しい物品を送ることはできるが、いざ品物に疑問が出ると送り主や受取人の素性がすぐにバレてしまう。麻薬などだとたちまちアウトだ!
湊人が働いているコンビニでは、オンラインで購入した品物をコンビニ受け取りにすることができる。購入品を「コンビニ受取」に指定すると、該当する番号が割り振られる。品物がコンビニに到着するとメールなどで連絡が入るのでコンビニに行き、コピー機の横のポータルを操作し、その番号を入力するとバーコードが割り振られる。それをレジに持って行くと店員が商品を出してくれるのだ。
完璧ではないか。コンビニで本人の素性は知れないし、自分の住む家の他の住人にも品物の中身は知れない。
「プライバシーの問題じゃないの。一人暮らしをしていても家族とか友達、それに恋人が来て泊まる場合もあるしさ。親しい仲にも礼儀ありよ。 親にでも知られたくない荷物とかあるし。真鍋君だってそんなことあるよね?」
「うーん…」
翌日の土曜日、菜月と同じシフトの時間帯だったので、そんな話をした。菜月に逆に問われ、湊人は戸惑った。人の出入りの多かった家で育った湊人には個人の秘密など尊重されなかったように思われる。
「…俺はそもそも、プライバシーなんぞを語る権利もなかったなあ。大家族だったんだ、親戚がいつも出入りしてたし」
菜月はケラケラと笑った。
「スゴーい! 大家族。昔風の古き良き家庭ってヤツだったの? へえー、想像できないって」
「おい…。まるで前世紀の遺物みたいに言わんでくれよ」
「ともかく、うちのコンビニで受け取りできる商品は真っ当な大手オンラインショップの物だけよ。怪しいものは受け取れっこないから」
湊人はゆっくりと頷いた。
「わかった、もういいよ。多分、俺の思い過ごしだったんだ。怪しい奴なんて世の中にそんなに居るわけがないし」
菜月は笑顔になり湊人の肩をポンと叩いた。
「そうよ、そうよ! ハイハイ、つまんないことでストレス貯めないでね」
だよな…。やれやれ。湊人は自分自身に言い聞かせ、仕事に戻った。