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その1


「…あと、気をつけて欲しいと言えば、やけに高額の商品を買う客かな。最近のニュースで知っているだろう? ほら、闇バイトを使った詐欺があるらしいから」

 コンビニチェーン「デイバイデイ」北区紅羽べにばね店の店長並木誠一は、九月のある土曜日の朝、午前九時出勤の従業員とバイトに手早く申し送り事項を伝えている。

「他人のクレジットカードを使って高い商品を買い、それをグループ内の別の担当者が売りさばくんだ。問題は、闇バイトで雇われた人が犯罪だと思わないことらしい。単に買い付けの仕事だし、空いた時間でできるから手軽でいいわ、とね。だから我々、店側が犯罪だと見抜くのは難しいけどね。…まあ、そんなところだ、今日は」

 店長の並木が注意点を伝え終えると、真鍋湊人(まなべみなと)はホッとした顔つきになった。大学二年の湊人は夏休みからコンビニでバイトを始め、九月でひと月になった。大体のことを一通りこなせるようになったが、客商売だから更なる注意が要求されるのだ。

「ありがとうございました」

「お待ちのお客様、どうぞ」

 客は次々に現れては去っていく。朝のレジをこなしながら湊人は、客たちの表情を少しでも注意深く観察しようとした。今朝の客はごく普通だった。大声で喚いたり、難題を吹っかける客もいなかった。


 午後一時半を過ぎ、昼食の弁当やパンを買い求める客の列が途切れはじめた。

 事務所から顔を出した店長が湊人の肩をポンと叩いた。

「大分慣れたようだね、ご苦労さん」

「あ、はい」

 店長は商品棚に向かい、湊人は小さく肩を上下して体をほぐす。休憩までもうあとしばらくだ。

 一人の客が入って来て左に向かい、コピー機や券売などのポータルのあるところに行った。それからカウンターにやって来た。

「これをお願いします」

「拝見します」

 真鍋湊人は客が差し出した紙を受け取った。その瞬間、湊人は客の放つ匂いに気づいた。

 うっ、くさ…。 

 だが湊人はすぐ顔を上げた。

「承知しました。少々お待ちください」

 湊人は票を持って足早に裏の部屋に行き、荷物を探してすぐに戻ってきた。忘れずに笑顔を作り、ピピっと票をスワイプする。

 受け取り票にサインする客に向き合う。年齢は20代後半、小柄、体型はやや太め、髪は顎くらいまでの長さで無造作に流している。湊人は手続きを完了させる。

「ありがとうございました」

 客は無言で品物を受け取り、出口に向かって行く。履いているジョギングシューズの後ろを踏んでいるのも認めた。


「どうかした? トラブルじゃないよね」

 同僚の吉野菜月よしのなつきが湊人に声をかけた。湊人は、用事を終えて去って行った男をカウンターから首を伸ばして眺めていたのだ。湊人は首を振る。

「いいや、別に。でも、ちょっとあのお客さん、その…。匂いが気になって」

 菜月は苦笑した。

「そりゃ、だらしないお客だっているわよ。コンビニだもの、家からそのまま来たんじゃない?」

 湊人も菜月も大学二年生のコンビニバイトだが、菜月は大学入学当初から働いているとのことで、もう何でもバリバリこなせるベテラン格だ。事務所から出て来た菜月は忙しそうに在庫チェックの書類をパラパラめくっていたところだった。これから店長を手助けして在庫確認をするのだ。

「お客にしっかり目が行ってるんだね、いいじゃん」

 菜月に褒められ、ちょっと上から目線じゃないかと湊人は思った。

「まあね。今朝の店長の注意もあるし。…でも、ああいう人って何をしてるのかな、まだ若そうなのに。わざわざコンビニで品物受け取りって」

「気にしなくていいじゃん。高い品物を買ったわけじゃなし」

「うん…」

 菜月は手早く在庫表をまとめる。

「もっと難しい客もいるしさ。昨日なんか、歳とったオジサンが怒鳴ってたんだよ。私とか、店長とか苦労したんだから」

 その時、店内にいた中年の客が二人の会話を聞きつけてカウンターにやって来た。

「よお、湊人。何だ、女の子をいじめてるのか」

 湊人は、はっとして振り向いた。叔父の真鍋由雄まなべよしおだった。

「由雄おじさん! また何処からか湧いてきて…。いや、これは違う。何で俺がいじめなんかするんだよ」

「悪さをしたら俺が許さんと言ってるだろうが。はっはっは!」

 湊人には叔父叔母がたくさんおり、成人してもほとんどが町内に留まり何らかの生業に付いていた。彼らは人付き合いがよく、湊人の家にも気軽に出入りしていた。湊人の兄弟は皆、両親や祖父や叔父叔母たちに可愛がられ、どやされて育ってきたのだ。

「同僚さん、済みませんね。こやつは家族親族がワラワラいる中で揉まれたくせに、変に神経質なところがあってね。よその人を見ては、あの人は変だ、悪そうだ、変な匂いがするってワシらに言いつけてね。狼少年だったんですよ。しかもそんな推理は当たった試しがないと来てる」

 湊人は顔を赤くした。

「悪かったな、おじさん。でもさあ、俺が前に言ってたあの中年太りのおっさんなんか、後から盗っ人だとわかったじゃないか。それにヤバそうなあの女も結局…」

「たまにはね。で、今日は何があったのかな」

 湊人は先程の客の事を言った。

「…っていう事なんだ。すえたような匂いだったんで悪い物を吸ってるんじゃないかと。最近よく聞くじゃん? それに、コンビニ受け取りするくらいだから勤め先が近くなんだろ。勤め人だとしたらあの格好や匂いとか、意味不明だし」

「湊人君。君は色々間違っている。まず、コンビニ受け取りは別に会社勤めの人とは限らない。君のただの偏見だ」

「はあ」

「仕事が終わるのが夜遅い人にとってコンビニで受け取れるのは便利だけどね。それから、匂いがするのが変と言うのも差別じゃないか。道路工事とか建設現場で働いている人は使っている薬剤なんかの匂いが付いたりする。他にも何かの死骸を扱ったりするとかだと…。ちょっと待ってろ。良いものを見せてやる」

「な、何だよ」

 死骸と言われて湊人はひるんだが、叔父の由雄はさっとコンビニを立ち去った。店長の並木が近づいた。

「久しぶりにおじさんが来たね、真鍋君」

「はっ…」

「君のおじさんは会社の人に配ると言って、ちょくちょく食べ物をまとめ買いしてくれるんだ。そして君の様子を見にくるのは店が暇な時間帯だけだし。いい人だね」

「はい…」

 湊人はかしこまり、店長は笑顔で作業に戻った。

 叔父の由雄はすぐに戻って来た。手に持った何かを湊人の鼻先に突き出した。

「ほら、匂いを嗅いでみろ」

 叔父の勢いに押されて一息吸った湊人は咳き込んだ。由雄はニヤニヤ笑った。

「どうだ、こんな匂いだったか?」

「…いいや、全然。何だい! これはただの線香じゃないか」

「うん、線香。それからこっちは、ほうじ茶。どちらも大麻にちょっと似た匂いがすると言われているんだよ。大麻って要するに植物だから草いきれの青臭い匂いがするんだ。強烈だから一度嗅いだら絶対にわかるよ」

 湊人は目を見開いた。

「おじさん! 確か、若い頃アメリカ留学してたよね。もしかしておじさんも誰かにもらって…」

「おい! 俺がそんなバカげた事をするかい。…でもアメリカってところは、至る所にナニがあったなあ。普通のアパートを何度か引越ししたら、いつか何処かで嫌でも匂いに気がつくことになる。住宅地を歩いていたら匂いが漂ってくることもあった。日本とは違う国だ。彼らはクレージーってわけじゃなく、自分たちの文化だと信じているらしい」

「…」

「それより、怪しいお客が気になるならコンビニ受け取りの方を気にしたらどうかね。何か自宅で荷物を受け取れない理由があるんだろ。エロ関係とか」由雄はニヤリと笑った。「大したことだとは思わないけど、気が済むようにしたらいい、狼少年君」

 叔父は湊人に疑問を投げかけて店を出て行った。



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