音会わせ-1
ぴぴぴぴぴ~。
「う~ん……」
電子音が頭上で鳴り響く。顔を向けると、目覚まし時計が早く起きろとせかしていた。
「いま、起きるよ~……めっ!」
ぴ――。
正座してしかるとぴたりと泣きやむ。聞きわけがいい目覚まし時計を選んで本当に良かった。
表示されている時間は、
5:02
うん、時間通り。見たか、春香ちゃん!いない筈の春香ちゃんに偉ぶると、頭の中で「はは~、御見それしました優活様~」とひれ伏す春香ちゃんが目に浮かんだ。春先の朝は寒く、その冷たさが徐々に寝ぼけた頭を冷ましてくれる。周りは見えるくらい明るいけど、
まだ空には夜の黒が残っているそんな朝。
意識を覚醒させようと、すぅ、と朝の空気を吸い込み――っ!?
「に~~。」
「こら!また服の中に……」
2つの違和感により覚醒した。
1つ目の違和感はパジャマの中が暖かいということ。その正体はこの子、“子たま”。
ボクが‘あること’をすると、たびたび服の中に入ってひゃぁぁぁぁぁぁぁ!?
「こ、こら!こたまぁ~」
「にぅにぅ」
「や、やめっ!んぅぅぅ~~~!だ、だめ、そこなめちゃや……やぁ、やぁあ!」
「にゅ~♪」
「お、おへそだめっ。おへそやあ!やあっ!!!」
たびたびボクにいたずらをするんです、ぅぅぅぅぅぅ!?こ、こら!またなめっ――!?
「だ、だめだめだめだめ!そこはだめだからね!?なめたらもうご飯とか――」
「にぅっ♪」
「あげにゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!?ぁ……ひっ、ぅ…んっ!く、ゃ、あ、のぉぉぉ!!」
ざらざらで暖かい小さな舌がボクの胸を撫でまわした。
「く、ひぃ……んぅ、ん、や、やめ――っ!」
きっと子たまはミルクを欲しがってると思うんだけど、そんなことしたって出てくるわけがない。体内をかける刺激にあらがいつつ、全力をこめて引き剥が――痛い痛い!
「痛い痛い痛い!子たま爪立てちゃ痛い痛い!」
「ふに~~~」
爪を立てて必死にボクの胸にしがみ付く子たま。そ、そんなことしてもボクは男の子なんだから、
「み、るく、出ないって……言ってんでしょおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
がばっ!
やっとの思いで子たまを引き剥がす。引き剥がされた子たまは、不満そうに爪を宙に振っていた。
ま、まだそんな元気があるのか……。ボクは肩で息しているのに対して、子たまはまだやる気満々。気を抜いたらまたパジャマの中に潜り込んできそうだ。
「にゃん」
「ほ、ほら、子たま。パパとママが来たから……ミルクなら、ママからもらいなさい……」
子たまとの戦闘(?)を終えると、障子の隙間から2匹の猫が申し訳なさそうな顔をしてこちらを覗いていた。
“大たま”と“子毬”。大たまは三毛猫のオス(激レアでしょ?)、子毬は白ネコのメス。この子達は子たまの両親。
あ、ちなみに子たまは三毛猫のメス。じいちゃん曰く、もともとは近所の野良猫が勝手にここに住み着いていつの間にか家族になってた、とのこと。
『こら、子たま!だめじゃないか!!』
『すみません優活さん、この子にはキチンと言っておきますので……』
「は、はは。ま、毎度毎度ご苦労さま……。ほら、子たま、パパとママの所に行っておいで。」
ボクには動物と話せるようなスキルはない(でもあったらいいな)。でも、2匹の申し訳なさそうな顔を見てると、ついこんなセリフが合いそうだな、と思ってしまう。ちなみに、子たまは、
『いや~~~。もっとゆういといるの~~~!!』
前足でジタバタしているから、多分こんな感じで駄々をこねているんだと思う。もちろん、ここで甘やかしたら……ご想像にお任せします、ぐすん。
「子たま!聞きわけない悪い子はもう一緒に寝てあげないよ!!」
少し強めに言い聞かせる。
目の前の駄々っ子がぴたりと静かになる。が、すぐにまた駄々を開始し、「に~に~」と鳴き始める。
『い~や~~、ゆういとねんね!ねんね~~!!』
言葉が通じてるのか……どうかはわからないけど、今度はさらに激しく、大きく動く。動きが大きくなったので、時々腕に爪が当たっていたい。
そ、そっちがその気なら……こっちだって!
「子たま。檻の中に入れるよ?」
静かな口調で、声を少し冷たい感じにする。
ぴたり。
今度こそ静かになる。ついでに後ろの2匹も凍りついたように背筋をぴんと伸ばして、固まった。
「悪い子はず~っと、檻の中。御飯も上げないし、抱っこもしてあげない。ついでにくら~い倉庫の中にず~っと独りぼっちだよ?」
手の中の子たまが震えだす。心なしか目も潤んできたような気がする。
『ゆ、優活さん!?』
『そ、それだけは許してあげて下さい!この子にはキチンと叱っておきますから!』
焦ったように親ネコは(鳴き)声をあげる。……ここまで反応してくれると、本当はボクの言葉、理解してるのでは?と錯覚してしまう。
もちろんボクはこんな罰を与えるつもりはない。なんだかんだ言っても、子たまのこと好きだしね。
「そんなことされたくなかったら……ほら、早くパパとママの所に行きなさい、ね?」
子たまの頭を3度撫で、パパとママの方へ離す。ゆっくりと子たまは親猫の方へ向かい、ママが子たまの首根っこをくわえて、パパがボクに一礼をしてその場から去って行った。
つ、疲れた……。
起床後に奇襲を受けたため、思った以上に体力を使ってしまった。
でも、ボクの戦い《あとかたづけ》はまだ終わっていない。
ミルクのように「甘い」空気を吸い込み、吐き出す。
違和感その2。枕もとにはひっくり返った胴が短い缶。そして頭には……白い、甘い香りのする粉がごっそりと付いていた。
「子たまのバカ、こんなにやらかしてくれちゃって……。どーしよ……」
ボクの部屋はベビーパウダーの甘いにおいが充満していた。……檻に入れるのは、本気で考えた方がいいかも。
~♪~
「はっはっはっは!災難じゃったの、優活!」
「もう、笑い事じゃないよ!!」
あれからボクは、部屋の掃除をした後、髪を丹念に洗い、朝ごはんの下ごしらえをしていた。
でもさすがベビーパウダー。ちょっとやそっと洗ったくらいじゃ、この匂いは落ちません。
じいちゃんは、お風呂に入ったらどうかと提案してきたけど、これ以上時間は使いたくなかった。
「しかし優活よ、それじゃったらなぜやめないんじゃ?」
「そ、それは……」
ボクは嬉しいことや、よく眠れない時にベビーパウダーのパフを叩く習慣がある。
ただ単にその匂いが好きなだけでやっているだけなので、「やめれば?」と言われればやめるのが一番なんだろうけど……。
「やっぱりあの匂いが好きだし。それに、父さんや母さんに優しくなでられてるみたいで――」
昔はボクの髪が長くなるたびに母さんや父さんがよく髪を整えてくれた。その時、決まってボクの髪を優しくあのパフで撫でてくれてた。
それがすごく気持ちよくて――。
「――安心するんだよね」
「ほぅ」
「それに……ね」
「ん?」
「夢の中でね、誰かは覚えてないけど、カップケーキ美味しかったって、撫でてもらえちゃった。えへへ」
「――っ!そうか」
じいちゃんは「ぽん」とボクの頭に手を乗せ、優しく撫でてゆく。ごつごつして硬いけど、大きくて暖かい手。
昨日みたいに優しく、優しく――。
下ごしらえの手が止まる。朝はまだやることがあるけど、
「へへへ」
もう少し、この感触を味わってもいいよね?
だ、大丈夫ですよね?序盤のアレはただの動物とのふれあいだからR15じゃなくても平気ですよね?
まずかったら一報ください