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チューニング-4

はぁ――。


何度目の溜息だろう。

ボクは夕暮れの商店街を自転車を押しながら歩いていた。

波を打ったような模様の長方形のカラフルなタイルの道を進んでゆくたび、前かごに詰めた買い物袋の中身が、かさかさと揺れていく。

あの後、


『わかったよ……明日、高校のオリエンテーションがあるから、高校の制服を着てくるから!そしたらちゃんとみんな信じてよ!?』


ということで解決した。みんな納得してないようだったが、時間も時間だったので、しぶしぶながらも了承してくれた。


(まったく、何でみんな信じてくんないんだよ……)


男らしくなる努力をしていないわけではない……でもそんなことをすると、いつも母さんや、父さんが止めに入って(しかもものすごい形相で。母さんに至っては特に)、『自分らしくあればいい、無理してやることはない』……とお決まりのセリフでボクを諭すのだ。

ふと、横を見ると、ガラス張りの部屋の中の白いワンピースを着た自分と目があった。

セミロングの金髪、青と黒のオッドアイに、幼い少女のような整った顔立ち。そしてそれを引き立てるような白いワンピース。

ガラスに映った自分は、男として、かけ離れすぎた存在になっていた。


はぁ――。もう一つため息をつく。


(自分らしくって……なんだろう……)


男らしくすることが無理だというのならば、ボクは女らしくすればいいということなのだろうか……。

これまでにも母さんはボクにふざけて女装させたことがあり、その度に写真を撮ったり、父さんに見せて大はしゃぎしていたりしてた(その時のはしゃぎっぷりは尋常じゃなく、その気にあてられた父さんも一緒にはしゃいでいた)。

そのとき、ボクは‘息子’としての扱いをされていないと感じて、やけになって、自らスカートを穿き‘娘’になった。

ボクはその姿を母さんに晒した。どうせ大喜びするだろうと思っていたが、母さんは――


ポンと僕の頭の上に手を置き、僕の横を通り過ぎて行った。


その顔は、確かに微笑んでいたが、その瞳の奥は悲しみの色が浮かんでいた。あの時の表情は今でも鮮明に思い出せる。

その日を境に、母さんがボクに女の子の服を、着せようとする行動が減った……ような気がする。(ちなみにその翌日、母さんがその時の女装姿を、ちゃっかり携帯の待ち受け画面にして一悶着が起きたがそれはまた別の機会……やっぱ無しの方向で。)


とにかく、女らしくしても(まぁ、あれは確かにあからさまに無理してたけど)ボクらしさではないということだけはわかった。

……やめよう。これ以上考えてもわからないし、頭痛くなるから。それに、


(わかっていることも、あるしね……)


自転車の握り手にかけた袋に目を移し、ほほ笑む。そこには吹き鳴らした相棒の歌口が顔をのぞかせていた。

ふるふると首を振って、後ろ向きな気持ちを切り離す。


(そう言えば、商店街を抜けて左に曲がれば、高校に出るんだっけ……)


この町に来た時、じいちゃんに連れられて僕の通う学校を教えてもらったことを思い出す。

記憶力はそこそこいい方だと自負しているが、その時以来近寄ってはいないので、少々不安だった。

――よし!


行き先は決まった。明日のための下見を兼ねて、ボクは足を早めた。


~♪~


あれから、歩いてると十分もかからずに校舎が見えてきた。家から商店街の距離、ここまでの距離を考えると、20分くらいだろうか、歩いてこのくらいの時間なので、自転車をこげばもう少し短い時間で来れそうだ。


(いろいろしなくちゃいけないから、結構早く起きた方がいいかなって思ったけど、これならあと10分は寝られそう……)


そんなことを考えてる時だった。


ビォオ――――!


突然、強い風が吹く。いきなりのことに思わず目をつむろうとするが、その瞬間、視界に気になるものが写った。


(え?)


目の前には数片の桜色が舞っていた。それは、ボクがこれから向かう先から吹いてきた。

風が止み、しばらく呆然となった。でも――。

胸に手を当てれば、どんどん鼓動が上がっていく、どんどん思考が衝動的にな物になっていく、体が小刻みに震えて――駆け出す!

自転車を押しているはずなのに、重さなんて気にならない速度で、いつもよりも速く、速く、速く――――!

門が近づいてきたので、ブレーキをかけ、門の方に体を向けると、そこには――。


「あは」


目の前には1本の大きな、大きな、満開の桜の木。

他の桜はまだつぼみだというのに、この木だけは、一足早く春を告げていた。


「さっきのは……君?」


答えが返ってこないのはわかっているはずなのに、訊かずにはいられなかった。でも、


サァ――――。


まるで、答えを返すように花弁を舞わせる。


「はは、そっか」


実際にはただ風が吹いて花弁がそれに飛ばされているだけ……だけれども十分な答えだった。

引き寄せられるように門の中へ進む。

自転車を近くへ立て、まじまじと見あげる。近くで見るとものすごく大きい。

雪のように、ひらひらと花びらが落ちてくる。器を作るように両手を合わせ、落ちてくる花弁を集め、眺める。

積もった雪は一枚一枚は白っぽいけど、集まれば薄桃色へと変化してゆく。そして何より、暖かい。

枝と花弁で空はよく見えないけれど、オレンジ色の木漏れ日がその隙間からこぼれ、

その花びらを染めてゆくのが、すごく幻想的で――。


――ここで吹いたら……すごく気持ちよさそう……。


そんな考えが、自分の体をふつふつと沸き立たせる。でも、そんなことをしたら、不法侵入で入学取り消しなっちゃうかも……。

どこからか楽器の鳴る音が聞こえる。近くに音楽室があるのだろうか、生徒が残って練習をしていることがわかる。

何の曲だかわからないけど、聞いてるうちに……こう、体が、むずむず動いちゃってあうぅ~……。

余計吹きたくなっちゃた……。


(音が小さければ……ちょっとくらいなら……いいよね?)


きょろきょろとあたりを確認する。相変わらず、音楽室から音が聞こえるだけで、周りに人がいる気配はないようだ。

自転車を隠し、ゆっくりと、ピアニカを抜き取る。

自分の持ち物なのに、何でこんなにこそこそしないといけないんだろう。誰も見てないのだから、こんなんことをしなくてもいいはずなのに……。

しかし、心のどこかでこの行為を楽しんでいる自分が少し微笑ましかった。

曲は、何がいいかな……。

なるべく春っぽいのがいいな。

それも明るい感じのやつ。

あ、でもあまり明るすぎても周りにばれちゃう……。


「ねぇ、君はなにがいい?」


桜を見上げながら考える。

それは微笑むように、ひらひらと花びらを落としてゆく。まるで祝福の雨。これからの僕の新しい日々を祝うような――。


あ――。


これがいい。

すぅ、と息を吸い込み、歌口をくわえ、静かに吐き出す。


フ、ふぁぁぁぁぁ~~~~~む。


最初の音が思ったより大きくなったので焦ったけど、……よかった、気づかれてない。

この曲は音が元気だから少し大人しめにしないと……。


「それでは、お聞きください。」


物静かな、たった一人の観客ための演奏が始まった。

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