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PE'Zより「新しい日々~LUNA ROSSA~」後

がたん!

彼は弾機ばねに弾かれた様に飛び上ると、大きな音を立てて、椅子が倒れた。

俯いていた顔は、憑きものを振り払ったような弾けるような表情。それに合わせるように旋律を弾ませ、ピアニカを弾く。

だん、だん、だん、だだん!

足りないリズムを補うように、足踏みをして即興でリズムを作り出す。

団員達にお構いなしに彼は楽器を奏でてゆく。


(良かった……)


そんな中で雪乃は一人、くすりと小さく微笑む。

目の前で音を、旋律を紡いでいる彼の顔は、まるで嬉しいかったことを一生懸命親に伝えようとするそれだった。

見てるこっちもつられてしまいそうな、そんな笑顔。


「ゆきのん、なんか楽しそうだね」


演奏を演奏の妨げにならないように、陽菜はこっそりと私に近づき話しかけた。


「見てよあの顔、すっごいキラキラしてるの!」


「ええ、まるでひっくり返ったおもちゃ箱みたいです」そう返すと、陽菜が「そうかも!」と面白そうに笑い出した。

大小色とりどり、形の違うの積み木がたくさん入ったおもちゃ箱。それをひっくり返した彼は丁寧に、一つ一つを紹介するように音《積み木》を組み上げてゆく。中には色がはげたり、かけた積み木も入っているのにそれすらも魅力的に紹介して積み木お城《旋律》の一つにしてしまう。一体どんなお城ができるのか、見てるこっちがわくわくしてしまう。


「でもあれだね、ちょっとへたっぴだったんだね。あ、ほらまた間違えたのよ。」


そう言って陽菜はにこにこした顔で優活君に向き直った。

私も昨日、この曲を耳にしたばかりで、完全に曲を覚えているというわけではなかったが、昨日と比べて、明らかに音程が低かったり、高かったり、あるいはボディパーカッションで済ませたり、同じフレーズをもう一度吹いてみたり。

そうするたびに、彼はちらちらとこちらに目を向ける。

最初は失敗した子供が親の顔色をうかがうような行為だと思っていた。

それがどうだろう、彼の顔やしぐさは、ばつの悪そうに……というよりそわそわと何かを待っているような、あるいは拗ねたように、つまらなそうな顔をしてみたり。

まるで楽しいことを目の前にした子どもが「早く行こう!」とせかすような――。


――こっちこっち!はやくはやく!

――見てるだけじゃなくてさ。

――早くこないと作り終わっちゃうよー!


「あは」


思わず笑みがこぼれる。慌てて口を抑えるが、周りの人には聞こえてしまったらしく、視線が私に集中してしまった。


――一緒に吹こうよ、絶対、絶対楽しくなるから……!


私達はどうやら積み木のお城造りに招待されていたようだった。

目の前であんなに楽しそうに演奏して、しかもこんな誘い方――聞き手を巻き込んで演奏させようなんて……。


(こんなめちゃくちゃな演奏会、前代未聞です)


――こっちはお客さんなんですよ?

そう思いながらも、私はどのタイミングで入ろうかと心躍らせながら楽器を構えた。

すると、他の団員達も楽器を構え、先生に至っては、優活君から見えない場所で指揮棒を振り上げていた。


(考えてることはみんな同じだということ……ですね)


クスリと小さく笑ってから体を先生に向ける。

せめてエスコート位はしっかりしてほしいなと、思いながら指揮棒が振り下ろされる瞬間を待ちながら。


~♪~


今日は楽しかったな、明日はどんな日になるだろう。

こんなにも楽しい出来事が起きたんだ、明日はもっと大変に違いない。

きっと明日からたくさんたくさんにぎやかな日が来るのだから……。


――けど、できるなら…………今。


明日もここに来ても大丈夫かな?そしたら今度は、


――ここにいる人たちと、みんなと一緒に、演奏したいな……。


いろんな音が混じって、きっとすごい音楽に…………なんてね、焦ることないか。

それよりも、もうすぐラストスパートだからかっこよく、決めなくっちゃね!

気持ちを入れ替え、団員達に顔を向けた、


瞬間――。


(え?)


目の前の状況を理解する前に、音楽室の中で「ボクの音」と、「みんなの音」が重なり合った。


~♪~


フルートが、鉄琴が、チューバが、トロンボーンが!

たくさんの楽器の音が、ピアニカの音しかなかったこの曲を変えてゆく。

主旋律に合わせるようにメロディが絡みつく。

曲を知らないからか、彼女たちは吹きたいように吹き鳴らす。主旋律に合わせたり、あるいはまるで違うフレーズだったり……。

まるで知らない曲だ。そう思いながら優活が視線を動かすと、手招きをする手が目に入った。


(雪乃さん?)


彼女は優活が気がついたことを確認すると、スペースを空け、隣に来るようにそこに指を差す。

隣に来いということなのだろうか?戸惑いながらも優活はその場所に移動すると、彼女は満足そうに笑みを浮かべ、演奏に戻った。


(っわ)


どきりと心臓が跳ね、慌てた様子で優活は顔を正面に向けた。

そっと、横に顔を向けると――すごくきれいな顔だった。

日に当たった黒髪は彼女が小さく動くたびにふわふわと揺れ、わずかな隙間からきらきらと光がこぼれ、頭頂部では天使の輪が形成される。フルートで音色を着けるたびに彼女の表情は柔らかく動き、静止画でも、一枚の絵画ではないと否定した。


(ゎあ……)


演奏中なのに思わず感嘆の息が漏れる。

彼の頬が桜色に染まり、指が止まったことすらも忘れ、優活はその光景に見入ってしまった。

そんな視線に気がついたのか、雪乃は視線の主に目を向けた。

目があった瞬間、彼は爆発しそうな勢いで顔を紅潮させ、何事もなかったかのように取り繕う。

耳まで真っ赤にしてかわいいなぁと、雪乃はそんな彼の様子に小さく笑った。


(ま、まだドキドキしてる……)


彼は俯きそうになる顔をあげ、赤くなりそうな顔を理性で抑えつけようとした。

結果として「半目で指揮者を睨みつけ、怒りをぶつけている」という、奇怪な構図が出来上がってしまったけれど。


(ていうか先生いつの間に……)


指揮台にはご機嫌な表情で、先生は指揮棒をふるっていた。

やはり彼女も曲を知らないからか、しっちゃかめっちゃか……とまではいかなくても大袈裟な動きで、楽しそうな笑顔で。


(楽しい)


周りに目を向ければだれもが楽しそうな表情で、演奏していた。

こんなにめちゃめちゃで、統率なんてない、ただ合わせているだけの吹弾がすごく楽しい。

――ああ、こんな日が毎日続くのか。そうなるときっと明日もこうだろうな。

そんな楽しい明日を思い浮かべながら、優活は笑みを浮かべた。



♪――明日もこんな楽しい日でありますように……と。



~♪~


演奏が終わった音楽室の中で優活の呼吸音だけが聞こえる。団員達が彼に期待の視線を送っていた。


「うっ……あぅ」


一気に力が抜けた優活は2、3歩ほど歩いてその場にへたり込むと、小さくため息をつく。体の中にたくさんのスーパーボールが跳ねまわっているのかと、錯覚するほどの、弾けまわる思いを落ち着かせるために。

ふぅ、と大きく深呼吸。団員達に向き直って、大きく頭を下げた。


「それでは改めまして……。本日よりこの吹奏楽団に入団した常盤優活です。みなさん、よろしくお願いします。」


一拍の静寂の後、音楽室の中で割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。

優活が余韻に浸っていると、雪乃がゆっくりと彼の前に手を差し出した。


「ようこそ、吹奏楽団へ。私達一同、歓迎します」

「はいっ!よろしくお願い――」


手を差し出し、雪乃を見上げたところで、彼の視界に時計が入った。


(2時……ちょっと前?)


確か、今日は……。


――今日は……シュークリームでお願いします。



「あ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」


優活の声に驚いた女生徒達が「何事か」とこちらに目を向けるが、気にも留めずに優活は頭を押さえてあわあわと、めまぐるしく表情を変えていた。


(どっどどどどどど~~しよ~~!今から言っても遅刻確実!し、しかもシュークリームは下ごしらえすらしていないっ!!今日こそは遅刻しないで行くって決めてたのに!あわわわわわわ。と、とりあえず今から自転車飛ばして……だめだ、シュークリームがっ!春香ちゃんの大好物だからなぁ、忘れたなんて言ったら……ひぅぅぅっ!じゃ、じゃあ今からじいちゃんに連絡してシュークリームを作ってもらって……今度は遅刻でお小言がっ!昨日の今日だし、きっと、ものすごいことに…うぅ…。確か商店街にお菓子屋さんがあったはず!仕方ない、そこで買おう!そうと決まれば……っ!)

「あの……、優活君――」

「すいません!ボク、今日はこれで失礼しますっ!!」


挨拶もそこそこに、勢いよく顔を上げた優活は勢いよく頭を下げ、乱暴に荷物を掴んでバタバタと足音を立てて音楽室から去っていった。


「なんだか楽しい子だったね。さっきの見た?くるくる表情が変わって、まるで百面相なのよ♪」


遠ざかってゆく足音を聞きながら陽菜は、楽しそうに、


「ああ、正直見ていて飽きないな。海鈴はどうだ?」

「うふ、うふふふふ、うふふふふふふふ♪」

「……やれやれ、大事になりそうだ」


海鈴の楽しそうな様子に、葵も両手を軽く上げて呆れたように首を振り、そして楽しそうに笑っていた。

気がつけば音楽室には小さな笑顔にあふれていた。それぞれが思い思いに今日のことを語り、また笑顔。

話題の中心には必ず一人の男の子が挙げられていた。

――常盤優活。今は大慌てで自転車をこいでる男の子。

これからきっと春香ちゃんの所に行くのだろう。そして彼はまた怒られて、春香ちゃんが夕食のときに話すのだろう。怒りながらも、楽しそうに。


「明日が待ち遠しいなぁ」


きっと団員のだれもが思っているであろう言葉を雪乃はつぶやいて、窓の外で自転車をこいでいる彼に向って微笑んだ。

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