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新しい日々-4~Welcome the New Days~

音楽準備室に連れ去られたボクは用意された椅子に腰かけた。

連れてきた少女は「ちょっとそこに座ってて♪」と奥の部屋に入ると、お湯を注ぐような音が聞こえた。

鼻歌を歌いながら戻ってきた少女の手には、2つのマグカップ。


「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」

「あ…うん。ありがとう」


差し出されたカップからは甘い匂い。この匂いは――。


「ココアだぁ」


小さくつぶやいたはずなのに、くすくすと笑い声が聞こえる。

聞かれたのが恥ずかしくなってしまい、隠すように、ふー、ふー、と息をかけてゆっくり冷ましてから口をつける。

少しずつすすると、口の中で程よい熱さと甘さが、広がっていった。


「おいし」


ふぅ、と優活は小さくため息をつく。

そんな彼の姿を少女はじっと見ていた。


「熱いの駄目だっけ?」

「んぅ?熱いの好きだけど……舌が火傷しちゃうから」

「コーヒーもあったけど…ココアでよかったんだよね?」

「うん」

「ココア……好き?」

「うん」


にこにこと笑顔で少女は優活に質問をしてゆく。優活がココアをすすりながら質問に答えてゆくと、いくつかの疑問が浮かんできた。


「あの」

「ん、なぁに?」

「あの……ボクのこと、知ってる……んですか?」


一番疑問に思っていたことを少女に訊いた。すると少女はにっこりと笑って、


「久しぶりだね」

「ほえ?」


言われて、彼の口からは間の抜けた声が出た。


(『久しぶり』?……この人と会ったこと、ない…と思うんだけど…)


いくら思い出そうとしても思い当たることはなく、ボクの頭の中では「?」が踊りだしそうになっていた。


「むむむ……」


首をかしげるボクがおかしいのか、少女はまた、くすくすと声を小さくしては笑う。


「むぅ、笑うことないじゃないですか」

「ごめんごめん。って言っても覚えてないか。何しろ君がちっちゃい頃に何回か会っただけだしね。」

「君は……あなたは?」


さっきと変らず、くすくすと笑いながら言葉を続けた。


「この学校の世界史教師にして、学校一の情報通!しかしてその実態は……吹奏楽団の美人な名顧問!藍原希あいはらのぞみとは、私のことよ!!」


ドドン!と、ボクとそう身長の変わらない少女は誇らしげに胸を反らした。


「え……ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!??」


ボクが大声を出すのを予測していたようで、少女……希先生(?)は耳を塞いでいた手を離すと、少しむくれた様子で話す。


「む、やっぱり信じてないな」

「だ、だってだって……えぅ、ぼ、ボクとそそそそんなに変わらないのに!?(身長的な意味で)」

「やだぁ、若いだなんてぇ。のぞちゃん嬉し♪(年齢的な意味で捉えたようです)」

「……(おばさんくさい……)」

「あ~~!今おばさんくさいって思ったでしょ!?」

「!?お、思ってないですよ」


なんでこうボクの思っていることが悉く言いあてられるんだろう?この部活には読心術が必要なのかな?


「むっ。なんで目を逸らすの?」

「いや、これは……その」

「あ~~~!やっぱり思ってたんでしょ!!?」

「(ぎくぅ!)お、思ってないですってばぁ!」

「じゃあなんで目を逸らすのっ!?こっちを、向きなさいぃぃ!」

「いたいいたいいたい!!?頬っぺた引っ張んないでぇぇ!!」

「あ~~~!!!その目!やっぱり思ってたんでしょ!?そんな嘘つきは……こ・う・し・て・や・るぅぅぅぅぅ!!」

「あひゃいひゃいひゃい!!!!い、言い掛かりだ《いいがくぁりら》ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


~♪~


「あぅぅ……」


危うく、頬がちぎれるところだった。優活は涙目になりながら、赤くなった自分のそれをゆっくりとさする。


「ふんっだ。女の子を傷つけるとこうなるんだから!」


息を荒くして言う少女――女性に対して優活は思わず突っ込みを入れようとした、自分を抑えた。

……もう何も言うまい、下手な突っ込みを入れようものなら、さっきよりもひどい目にあうに違いないのだから。


「あうう…まだほっぺがじんじんする…。そう言えば、さっき久しぶりって言っていたのは?」

天川星路あまかわせいじ


その名前を聞いて優活がぴくりと反応する。


「いや、今は常盤ときわ星路か。懐かしいな、あれから暫くたったと思ったのに、気が付いたらあの人の息子が来るなんて、ね」


くすくす笑いを続けているが、その眼はどこか遠くを見て懐かしんでいるようだった。

少しの間が空いた後、「わたしはね」と、彼女は続けた。


「星路君の――君のお父さんの一つ上の先輩なんだ。星路君がね、『僕の息子がここに来るだろうから、その時はよろしくお願いします』って」

「父さん……」

「久々に声が聞けた時は嬉しかったなぁ。忙しいからって、全然わたしに報告も何も入れてくれないんだもん。ねぇ、酷いと思わない?」

「んぅ!!?あぅ、あの」

「まったく、幼馴染を何だと思ってるのかしら!昔はあんなんじゃなかったのに……もっと素直でちっちゃい頃は『おねえちゃん、おねえちゃん』って、私の後を子鴨のようにくっついて、それはそれは可愛かったのになぁ…。」

「え…あの」

「幼馴染と結ばれるっていうのは定番だと思ったのにも~~~!!雫津深なつみちゃんの方に行きおってからにキーーーー!!!」

「あ、あの!!」

「オノレ雫津深ちゃんめ~~!私が沙代子ライバルと戦い合ってる間に、横からかっさらっていきおってからに~~~!!だいたい、星路君も星路君よ!こんなに近くでアピールしてるのにもかかわらず、私が年上であるにもかかわらず!!身長をネタに子供扱いしちゃって!!!雫津深ちゃんにデレデレしちゃって――」

「あの!!落ち着いて下さい!!」


ボクが声を上げると、彼女――希先生(?)は「はっ」としたように体を反応させて、苦笑しながらぽりぽりと頬を掻いた。


「あ、あははは……。ごめんね、勝手に喋っちゃって……そうそう!星路君もね、吹奏楽団ここに入った時は唯一の男子だったわよ」


ボクのジト目攻撃が効いたのか、ばつが悪そうに表情を変えて、話題を変更した。

――あれ、でも今……?


「え…今、何て?」

「君のお父さん、天川星路君も、ここでたった一人の男子楽員だったの!」


ボクの手を握りながら、希先生はそう言った。

嬉しそうに、そして懐かしそうな表情をボクに向けて。


――きゅ、と。ボクの中でも、何かが繋がった気がした。『しっかり』ではなく『はっきり』と、見えない手に『暖かく』握るように。


「ふふふ。君のお父さんがここのだた一人の男子で、その息子の君がピアニカを携えてここに来た……なんだか不思議な運命、感じちゃわない?」


――人には何かしらの繋がりがある――


前にじいちゃんが言っていたことだけど、その意味がほんの少しだけ、分かったような気がした。


「えへへ。そっか、父さんも……なんだ」

「にふふ……そうだ優活君、もっと聞きたい?」

「あ……はい!お願いします」

「にふふふ……。それじゃあ、この話はどうかなっ」


父さんと希先生のこと、父さんと母さんの出会いや、武勇伝(?)。

いろいろと話すたび、先生の表情もコロコロと変わってゆく。

途中、感情がこもって妙な迫力で迫られたりもしたけれど、その口調はとても楽しげで、嬉しそうで――。

――来て良かった。

最初は相槌を打っていたボクだったけれど、そんな昔の父さんや先生、母さんのやり取りを聞いてゆくたび、


「それでね、星路君は――あら。あらあら!」

「ふ、くくく……ど、どうしたんですか?」


口を押さえて笑うボクを見た希先生が、目を見開くとすぐに懐かしそうな顔で微笑んだ。


「ううん、ちょっとね。それ、懐かしいなって思って。」


「それ」と言われても、ボクはわからずに首をかしげることしかできなかった。

その様子を見た先生が、何かのツボに入ったのか、お腹を抱えてけらけら笑うのだった。


~♪~


「――ん。まあ今日はこのくらいにしましょ♪あの子たちも待ちくたびれてるだろうしね」

「あ、はい。今日はありがとうございま――」


すっと、ボクの唇に人差し指が置かれた。


「こらこら、その挨拶だと帰る挨拶だってとられちゃうわよ?あなたの『歓迎パーティー』は始まったばっかりなんだから……ね♪」

「あ……はい!」

「それじゃ、音楽室へ戻りましょう♪」


にふふ、と笑った先生が今度はボクを音楽室へと手を引いてゆく。

――思えば……ここで気が付くべきだったんだ、


「どーん!」と声を上げて音楽室に入った先生は、周りの団員達を見回した。


――あの、可愛らしく「にふふ」と猫みたいに笑う顔が、


不平不満をぶつける、生徒たちを無視しながら息を吸い込んで……


「それじゃあみなさん……優活君をもにもにしましょー!!」


――邪悪な笑みだということに!!


生徒たちにそう言い放つと、すべてが凍りついた。いや、凍りついたのはボクだけだ。

ほんの僅かな静寂の後、不平不満が、割れんばかりの歓声が響き渡る。それは歓声というより、獣たちの咆哮と錯覚しそうなくらいの怒声ともとれる声の塊だった。

『嵐の前の静けさ』――ボクはそれを身をもって経験した。


「え、え、え、え!!?あの」

「うぅっふっふっふっふ~~♪優活君、君は団員を泣かせてくれましたよねぇ…、しかも団長を!」

「ひっぅ!?で、でもあれは――」

「そう、それはこの吹奏楽団においても由々しき事態!それ相応の罰を与えないといけない……と先生わたしは判断しました~♪」


称賛の拍手と声の中、先生はご機嫌にくるくる回って、「いぇい」と腰に手を当て団員達にVサインした。


――『歓迎パーティー』は始まったばっかりなんだから……ね♪


あぁ、なるほど、そういう事だったんですね。……納得してる場合じゃない!?

ちらりと後ろを振り返る。すぐ後ろに入ってきた扉が見える。それは先生が勢いよく入ったので、半開きの状態で、うまくいけばその隙間から出られそうだった。

ついてる、ついてる!思わず小さくガッツポーズをした。場所さえ許せば、おっきな声を上げていたかもしれない。


「にふふふ~ん♪もっとほめてほめて~♪」


先生の方に目をやると、こちらの方には気がついていないようだった。

褒められるたびにポーズを変えては、黄色い声が上がる。……でもセクシーポーズ(?)は、ちょっと違うような気がします。

視線を団員達から離さないように、1歩、2歩……ちょん、と指が扉にあたる。

うまくいった!後はここから逃げるだけだ!

隙間を抜けて、駆け出せば、そこには――、


「つかまえた」


待ち構えていた、雪乃さんの腕の中に、すっぽり収まってしまった。

そのまま優しく抱きかかえると、雪乃さんはボクに向かって、


「では、もにもに歓迎会場おんがくしつへ……ご招待です♪」


にっこりと笑顔で、死刑宣告をするのだった。


「ひっ!?な、やめてください!何でそんながっちりホールドするんですか?!って、皆さん、先ほどよりも目の色が危ないことになってるのですが、どうしてなんですか?お願いですから、何でもしますからホント勘弁して下さい!……え゛?何でもするならもにもにさせろ?それがダメなんです!それ以外ならああああああ??!お腹めくらないでくださ――ひぃぃぃ!!?さらに興奮し出したぁ?!あ…や…皆さん本気で?ホントにするんで――い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?!?!!」

~♪もぎもぎフルーツ もぎもぎしたーらもぐもぐ♪~

初めて……知りました。

人間の手って、肉に食らいつくためにあるっていうことを……。


ふつう『もにもに』から連想されるモノはこう……お肉を掴んで揉んだりする行為だと思うんですよ。

でも……でも……。


あの時、ボクは…僕は、雪乃さんに抱っこされる形で固定されて、服をまくりあげられました。

殺到。あの時ほどこの言葉が当てはまるモノはありませんでした。

何本の手、手、手、手!撫でまわす手はお腹だけでなく、胸や腕、足にまでも及んだ。


その時でした。指が……食い込んだんですよ。牙のように。

いや……牙よりもっとたちが悪い。

指の一本、一本、バラバラに動いて、もう……別の生き物としか言いようがないくらいで……。


手が咀嚼をする時って、ああいう動きをするんだなって……薄れゆく意識の中で、初めて知ったことでした。


語り手:常盤優活

BGM:もぎもぎフルーツのCMより

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