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音会わせ-5

つ、疲れた。

先ほどの戦いでボクはもうすでに疲労困憊(あれ、朝にも似たようなことが……)。

黒姫さんは黒姫さんで再び満足した表情でボクをにこにこと見ていた。

あれ?またさっきと同じことになったりします?

とりあえず、また襲撃を受けないように、ほっぺたを押さえながら黒姫さんを精一杯睨む。

すでにボクの中では、凛とした大和撫子というイメージは払拭され、第一種危険人物(母さんと同じ類の人=天敵)と上書きされた。

そんなボクの様子を察したのか黒姫さんはハッとした表情を浮かべて、手で口元を覆う。

い、今更気がついても遅いんだからっ!


「か、かわいい……」


小声だからよく聞こえなかったけど、何か失礼なことを言われた気がする。特に男の威厳に対して。

ぱんっ!

乾いた音が響き渡る。仕切り直しと言わんばかりに黒姫さんが手を叩いた。さっきまでのいたずらっぽい女の子の表情はなく、


「ごめんなさい。少し、調子に乗りすぎちゃいましたね。お話、聞かせてもらえますか?」


穏やかな表情を浮かべた大和撫子がそこにいた。


中学の吹奏楽部で起きたことを全部話した。

入る以前に門前払いを受けたこと、その時に浴びせられた侮蔑の言葉……。

そんなボクの話を、黒姫さんは嫌な顔せずに黙って聞いてくれた。

話し終わったボクはさっき程ではないにせよ、少し呼吸が荒くなっていた。

そんなボクの両目から零れる涙を拭きとってから、黒姫さんはボクの顔に手を添える。

その手は優しく、包み込むように、泡に触れるように。

その手はボクの顔をゆっくりあげ、黒姫さんの瞳に合わせて――。

黒曜石の水晶の中にはボクがいた。


「優活君」


ふわり。また抱きしめられた。今度は正面から、こちんと軽くおでこに当る。


「私達はあなたに酷いことを言いに来たんじゃありませんよ。だからそんなに卑下しないで、ね?」


また、この声。優しく、穏やかな、母親が子供に言い聞かせるような、安心する声。


「周りの声に恐れて耳を塞がないで。あなたを中傷する言葉がたくさんあるかもしれない。でも、その中でもあなたを応援してくれる人はいるんです。怖がらないで周りを見てください、あなたをしっかり見てくれる人はいるんですから。周りからの評価で勝手に自分を傷つけないで。今大事に抱えているそれは間違いなく、あなたの素晴らしいものなんです。」


だから、と彼女は続けて、


「誰も聴いてくれないなら私が聴きます。誰も褒めてくれないなら私が褒めます、周りが要らないというのなら私がもらっちゃいます。ですから、もう一度聞きます」


――私達と、奏でて下さい。


すっと、彼女はボクに向けて手を伸ばす。にこやかな表情をボクに向けるが、その瞳はより強い意志が込められていた。

ドクン。心臓が一瞬大きく跳ねる。

ずっと誰かに聞いて欲しかった。この音色を好きになってもらいたかった。褒めて欲しかった。笑って欲しかった。楽しくなって欲しかった。

でも、怖かった。酷いことを言う人が現れるって思うと、とても人前でなんて吹けなかった。

でもこの人はちゃんと見てくれた、聞いてくれた、そして……


「なんだか、プロポーズみたいです」

「ふふ、私の一世一代ですから。受取って、もらえますか?」


この瞬間をどれだけ夢に見ただろう。この手をつかめばボクの願いが叶う。もちろん、不安だってある。

この先、またピアニカを否定する人が現れるかもしれないし、そのせいで他の人に迷惑がかかってしまうかも……。

だけど――。


顔を上げればなにも心配はいらないといわんばかりの力強い視線。その瞳の中には涙でぐしゃぐしゃになって、腫れぼったい顔をしたボクが映る。

みっともないなぁ、と思いつつ昨日のことを思い出す。声を、風景を――、


――うまかったよー!

――すごいすごーい!

――もう一曲吹いてー!

――アンコール!アンコール!


頭の中に映ったのは女生徒達の無数の黄色い歓声。


――喜んでいたのじゃろう?


あ……


――優活の演奏を、褒めてくれたのじゃろう?


そして、歯を見せて笑うじいちゃんの顔。

涙を拭こう。手で涙を拭って。

顔を上げよう。怖がらないで、目と目を合わせて。

そして笑おう。相手も……黒姫さんも笑ってるんだから!


「やっと、笑ってくれましたね。お返事は?」

「こんなボクでよろしければ、喜んで!」


そして差し伸べられた手を掴んだ。

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