音会わせ-3
春香ちゃんと別れた後は、家に戻って朝ごはん。
じいちゃんもいるし、本当は小学生の頃みたいにもう少し長めのコースにしたかったけど、まだ知らない場所があることと、心配性のじいちゃんによって、このコースになりました。
「はっはっ。嬉しそうじゃの、優活」
「うん!だって今日は――」
待ちに待ったオリエンテーション!
実際に制服を着て高校の中を歩き回るだけだけれど、それでもその学校の雰囲気が味わえるし、それに何より――。
「ふっふっふ、春香ちゃん達の姿が目に浮かぶよ。ふっふっふ」
ギャフンと言わせてやるんだから!
そして、ご飯の後は……お待ちかね!
「くっくっくっく」
鏡の中の自分を見てニヤニヤと笑う。それを真似するように鏡の中の自分もニヤニヤと笑う。
爽やかなイメージをもった青いブレザーにきちんと折り目の付いた黒のズボン、真新しいワイシャツに紅色のネクタイ。
それらを羽織った自分が鏡の中にいた。
腕を広げて一回転。うん、どっからどう見ても男子高校生だ!
「じいちゃん!どうかな?男らしい、男らしい?」
デジカメをもったじいちゃんに自分の制服姿を訊いてみた。
「ああ、ちゃんと男に見えるぞ!……違和感はあるがな」
「む、違和感って何さ」
「はっはっは。まぁ、細かいことは気にするな。そんなことより、撮るぞ?」
「むぅ~~……って、待って待って…………はいっ、どうぞ!」
パチッ――。
フラッシュとともに、小さくシャッターを切る音が聞こえた。オリエンテーションから帰ったら、父さんたちに写真を送んなくちゃね♪
~♪~
「――と、いうわけです。なにか質問はありますか?」
音楽室には集まった部員たちが私の話を聞いていた。いつもならこの時間は朝練を行うのだが、今日はそのために集まったわけではない。
そもそも今日は新入生のためのオリエンテーションがあるため、(少なくとも午前中は)活動を控えなくてはいけない。
「はい!」
「はい、赤井陽菜さん。どうぞ」
「この資料、ちょっと間違いがあるのよ。」
「えーっと、どれどれ……ふふ、やっぱり陽菜も驚きましたか。そこは間違ってないですよ?」
「ええ~!?でもこの子、どっからどう見ても女の子じゃん!」
陽菜が指を差しているのは性別記入欄。そこには「男」の方にチェックが入っていた。
「だよね~」「やっぱりこれは間違いとしか思えないよ」「この顔で男はありえないから」「っていうかこのプロフィールに男の要素を全く感じない!」「……このスペック……お嫁さんに欲しい」ざわざわ。
陽菜の言葉に感化され、あちらこちらで話し声があふれる。ざわめくみんなの気持ちはよく分かる。私も最初この資料を貰った時、陽菜と同じように我が目を疑い、何度も送り主に確認をした。
「でも陽菜、確か士煌君に」
「でもでもでも、これが男の子だとは……信じがたいのよ」
しかしここにある情報は全て、まぎれもない事実である。なぜなら、
「む~、みんな信用してない~。」
指揮台に腰かけた少女が不満そうに頬を膨らませていた。
「私の情報網の正確さはみんな知ってるはずなのに~」
「でものぞちゃん先生、これは……流石に」
「確かに私もびっくりしたわよ、こんなに可愛くなっちゃってるんだもん。でも私、この子に会ったこともあるし、ちゃ~~~んと‘確認’したわよ」
えっへんと胸を張る彼女の名は藍原希。幼い少女のような姿だが、この紅坂高等学校吹奏楽団の顧問である。
この資料を送った送り主であり、
「あ、何その目は?まだ疑ってる!いいもんいいもん、陽菜ちゃんの乙女の秘密、みんなに――」
「わーーーーーーーーっ!!ごめんなさいゴメンナサイ~!」
この学校一の情報通でもある。
「も~、わざわざ私が要チェック♪って入れておいたのに~」
「先生」
「はいっ!葵隊長!」
「さっきの口ぶりからすると、知り合いですか?」
「うん!私の後輩の子供でね、昔抱っこしたことがあるの♪あのときは――」
話を聞こうとほかの部員が先生の周りに集まって行った。
そんな部員たちを尻目に、私は窓の方へ目を向けた。
(ふふっ)
クスリと小さく笑い、私は手に持った資料にもう一度目を向ける。
特徴的な黒と青のオッドアイにストレートの金髪、昨日見たままの少女が写真に映っていた。……いや、少年か。
――昨日、あの場所で、この子が……。
1本だけ咲き誇る桜に目をやりながら、私は昨日の出来事を思い出していた。
夕暮れに舞い散る桜、それに映えるような金髪に白い肌。鍵盤の上を踊る指、紡ぎだされる旋律はまるで歌のよう。彼の旋律に合わせて桜は舞い、オレンジ色の光を薄く反射して蛍光のように漂う。桜の絨毯の上でのたった一人の演奏会はまるで、一枚の絵画のような芸術的な――。
そこでふるふると頭を横に振る。
(芸術的……とは違いますね)
楽しそうに体を揺らし、それに合わせて弾むように大きくなる音。そして、何よりも印象的なのは、満開の桜に負けないようなあの笑顔。
芸術的なんて言葉では片づけられない。
ポケットの中をまさぐり、お目当ての物を取り出す。
黒い樹脂製の歌口。きゅっと手の中のそれを握る。
これが、私達を繋ぎ止めた「もの」。
「運命的……ですね」
あの子と出会って、もっとたくさんのことを感じたはずなのに、言葉にして表すとこんなに短い。でも――、
「ゆきの~ん、のぞちゃん先生の面白い話聞かないの~?」
「あ、今行きます」
私は、あれがたった三文字で表せるとは思えなかった。
~♪~
右よし……左も…よし。ついでに上も…よしっと。
オリエンテーションを終えたボクは、昨日の場所――あの桜の所に向かっていた。
(やっぱり誰かに拾われたかなぁ……)
目的はもちろん、落とした歌口を探すことである。
じいちゃんが言ってたように、昨日のことは騒ぎになっていないみたいで安心したけど、
(うう、やっぱり不安だよぉ……)
実際、オリエンテーションをしているときは、いつ昨日会った生徒と鉢合わせするんじゃ、と気が気じゃなかった。
おかげでオリエンテーションの内容とか殆んど覚えてないや……。
(確か裏門は…………みっけ)
ぶわり。
風に揺れて一斉に花びらが舞う。
一本だけ満開の大きな桜の木。昨日見た桜の木と全く同じ木がそこに生えていた。
「やっほ。また来ちゃった」
桜の影の中に入ると、優しい雨が降り注ぐ。“ぽつんぽつん”じゃなくて、“ひらひら”。くるくると空気の中を漂いながら音もなく、地面へ――。
すぅ――。
息を吸い込めばいい匂い。
暖かい陽気も相まって、気がつけば視界がどんどん――――。
はっ!
だめだめだめだめ!探し物探し物!寝るのはまたあとで!
とりあえず辺りを軽く見渡してみる。……ないや。
反対側かな?あの時弾いてたのもちょうど反対側だった気がするし……ん?
反対側を見渡そうとしたとき、丁度小さく光るものが見えた。
あれだ。
近づけば樹脂製の光沢を放つ黒い歌口。
ボクはそれを拾い上げようとして、
「「み~つけた」」
重なる声と、後ろからのやわらかい何かに包まれた。