チューニング-1
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やさしく、空に溶けるような音色。
そんな音を奏でるこの楽器が好き。
周りのみんなは子供みたいだと言うけれど、それでも構わない。
だって――
『いつか優活の音をわかってくれる人がいるから、だから落ち込まないでほしい。その音はきっと誰かに届くから。』
父さんが、
『こんなに素敵な音なんだから、きっと誰かが見つけてくれるわ。この私が言うんだもの、間違いないわよ!』
母さんが励ましてくれたから、一人でも吹き続けることができたんだ。
“ボクの音色が、誰かに届きますように、見つけてくれますように”って願いをこめて……
そして――
「こんにちは」
見つけてくれた、人がいた。
「素晴らしい演奏でした」
ボクの音が、届いた人達がいた。
「よろしければ――」
その人は、
“私達と奏でませんか?”
ボクに手を差し出してくれたんだ。
~♪~
(まだかな、まだかな、まだかな……)
オーブンの中でじりじりと熱されていく“それら”の変化を今か今かと待ちわびる小さな影がそこにはいた。
オーブンの漏れた熱気もお構いなしにべったりと貼りつき、中の様子をうかがっていた。
(もうすぐだと思うんだけど……う~、はやく、はやく~……)
顔を張り付けたまま、オーブン上にセットしたキッチンタイマーに手を伸ばし、時間を確認する。
3月26日 13:32
(もう、1時半すぎたの!?どうしよ、このままじゃ遅れちゃうよ……)
待ち合わせは14:00。自転車を使えば十分に間にあうが――
(形崩れちゃうよね……結構デコボコした道もあるし……)
落胆のため息を吐き、オーブンに顔を戻した。その時――
ぷくり。
(お……?)
ぷく、ぷくぷくぷく……
(おおお~~~~~!)
オーブンの中で待ちわびた変化が訪れた。
どんどん膨らんでいく“それら”はじりじりとオーブンの熱で焼かれ、見事な狐色のカップケーキへと変貌を遂げた。この瞬間がたまらなく好きだ。
(う~ん、食べ物が膨らんでいくのはいつ見ても飽きないなぁ~♪)
さっきまでの心配は何処へやら。ケーキが膨らんでいく様子に夢中のようである。
至福の表情でオーブンにへばりついていると――
「うまそうなにおいじゃの」
匂いにつられるように一人の男性が顔を出す。
彫の深い色黒な顔立ち、袴姿に後頭部に結えた見事な黒髪、そして何より特徴的なのは、
射抜くような研ぎ澄まされた視線。
まるで時代劇から飛び出した剣豪のような人物がそこにいた。
そのような人物が、
「あ、じいちゃん!」
喜寿を迎えた老人とは誰が思うだろうか。
「む、優活よ、顔が近すぎじゃ。もうちっと離せ、顔が黒こげになってしまうぞ」
「えへへ、は~い」
そう言って、小さな影――優活がオーブンから顔を離す。
それと同時に、老人がタオルを手にし、少し荒い手つきで優活の顔を拭いてゆく。
「まったく……、毎回毎回飽きないのぉ。オーブンにべったり張り付いて……ほれ、こんなに汚れが!」
「見せなくていいよ……。それに…ん、心配しなくても大丈夫だよ。最近のオーブンは…んぅ、張り付いてても黒こげになることはないから、んぷ…ちょっと熱いだけだし。…そこら辺はじいちゃんの方が詳しいでしょ?」
「それとこれとは話が別じゃ」
「それに、さ。何か……楽しい、ううん、嬉しいんだ。こう、膨らんでいくときがさ、しあわせを蓄えて大きくなるって、感じが……ね。……なんて、ちょっと恥ずかしかったかな」
照れ隠しのように「あはは」と笑い、顔を向けると老人が一瞬驚いたように目を開いたかと思うと、ニカッと歯を見せ、少し乱暴な手つきで頭をかきまわした。
「んゃ、じ、じいちゃん痛い、痛いって」
「ははははは……そうかそうか!はっはははは……」
「もうっ、じいちゃんてば!」
笑いながら頭をかきまわす。優活も口では嫌がるそぶりを見せるが、その顔は満更でもないようだ。
「そう言えば優活よ、今日も“友達”の所に行くのか?」
「うん、今日もいろいろ教えるんだ!」
そう言って、バックを引き寄せ、中にある“モノ”を見せる。
「ふむ、そうか。……ところで優活よ、大丈夫なのか?」
「うん、自転車飛ばせば、たぶん……」
「いや、時間じゃなくての、オーブンの中身なんじゃが……」
「え…………。うわ!すっかり話しこんじゃった!って、もうこんな時間!?ええっと、あれにこれにそれに……ううぅ~~~~、あとどれだっけ……あ、そうだ!じいちゃん、この箱使わせてもらうよーー!」
まるで台風が来たような大騒ぎに、老人はただ苦笑を浮かべるだけだった。
~♪~
「じゃあ、行ってくるね」
「ハンカチは持ったかの?」
「うん、ここに」
「チッシュは持ったかの?」
「ティッシュね……はい」
「絆創膏は?」
「消毒液とかもあるよ」
「車には気をつけるんじゃよ?」
「うん……」
「夕飯までには――」
「じいちゃん……」
「後は」
「じいちゃん!!」
少し大きな声をあげると、じいちゃんはハッと表情を変え、少し申し訳なさそうな顔をした。心配をしてくれるのは嬉しい、でも。
「もう高校生なんだよ?」
「むう……し、しかし、最近は変な輩が――」
「だからって、その後ろに隠したモノ《スタンガン》はいかがなものかと……。それに、ここに来て1ヶ月も経ってないけどさ、この町の人達はみんないい人ばかりってことくらいはわかるよ。それに、じいちゃんだってそう言ってたでしょ?それとも、嘘だったの?」
「む、むぅ……し、しかしじゃな……」
「もう!ボクは友達の所に行くだけなの!そんな物騒なものはいらないの!!」
少し強めの口調で返すと、じいちゃんはそれっきり黙ってしまった。せめて竹刀だったら……いや、だめだめ。
「じゃ、じゃあ行くね」
「……ぁぁ」
蚊が泣くような小さな声で返してきた。そ、そこまで引きずらなくても……そうだ!
「じいちゃん、じいちゃん」
「……なんじゃ?」
「(か、かなりブルーだ……)あ、あのさ……テーブルの上、1個サービスしておいたから。」
自転車の荷台にくくってある箱を指さしながら言う。すると、まるでしおれていた植物が息を吹き返すように、じいちゃんの顔に光が宿っていく。
「帰ったら感想、聞かせてね。じゃ、行ってきまーす!」
「うむ、気をつけていって来い!」
豪快な笑い声を尻目に、自転車をこいで行く。
……カップケーキ、そんなに嬉しかったのかな?
でも、
(機嫌直ってよかった……)
くすりと一つ小さく笑い、僕は目的の場所へ自転車を走らせた。