武装の砦
■
試合は始まっていた。俺は、会場を見回していた。2回戦が今舞台で始まっている。隣の客は、ものすごく美味しそうなケーキを食べながら、画面で、倍率の変化を計算してるところだ。俺は、正面を見据えながら、随時モニターに展開される、王立狐王軍の宣伝CMを見ていた。
不意に、悲鳴が上がる。舞台で轟音がなり響く。ステージはバリケードバリアが張られているとはいえ、悲鳴だけは、そこを通過してリアルに響き渡る。「どうかねアンタ?」
と、隣の客が話しかける。
「いいえ。まだ、陣地の砦にも入ってないですよ。まだまだでしょうね」
舞台の場面が切り替わる。
「えへへへへへ。お前さん。見たことはある顔だとは思うが、こんなところで、暢気に観戦していてもいいのかね」
「…」
客がサングラスを取り外して、じっと見つめる。しかし、見つめた後で、スラングで、ひとしきり、一人言のようになじったあとに、再び舞台に目を向けた。
■
会場は、渋谷センター街の地下道を抜けてすぐそこにある。マイケルは外に出るとすぐに、単車でお出迎えをしてくれた。
「アニキ。もう、みんな集まっているけど。どうする?」
「どうも。こうもないし。一方的な展開になっている」
「なんか弱気だな~。とにかくさ、飯食おうよ」
「佐奈がヤラれてるのに。よく平気だよな」
「恋人に対する愛は、不滅なんですよ。それに、あ~むかつくから、じゃあ。とにかく、こうしてこう」
「お。おい。今なにした?」
マイケルは「え? 援軍というか、誤射というかさ」
「おいおい…」
マイケルが高速道路を250kmのスピードで走り回る中、次々にニュースが舞い込んで来る。マイケルの発射により、砦の中にいた副将軍があっさり暗殺されてしまったというのだ。もちろん、こんなの例外的なことで、すぐに追っ手が来ることが決まっている。
「なあに、あいつらは、暗殺されたって騒いでるだけでしょ」
「…」
「自信がないんっすか?」
2回戦で戦っているのはソーサ軍と香港銃団だ。やつらのどちらとも縄張り自体は小さく、レベル的には中堅にもいかないが、ソーサ軍は最近になって、“側”のバックがついたと触れん込みがあり凶暴な話が目つく。香港銃団は、つい2週間前に登場した新興のチームだ。
「倍率がどんどん上がってる…」
とマイケルはニヤニヤする。
「スピードも上がってんぞ」
「モチのロンでしょ」
と加速が続き、そのまま上空へと進む。
■
「早かったわね」と、駐空場でお出迎えの洋子「アンタたちのニュースはとっくに届いているわよ。香港銃団からはお礼の連絡があったけどね」
「ふーん」とマイケル「じゃあ、報酬でもいただきますか」
「ケチだから無理だとは思うけどね」と洋子。
「ドけちもいいところさ。こっちは大変だよ」とトイレから出くるメカニカルJ。「しかもアイツラの武器は、そこそこの二流だが。本当の二流みたいに売りつけるからな。たまったもんじゃない」
「でも、この前は役にたったでしょ」と洋子。
「たまたまな」とメカニカルJ「でもお前さんの色気ほどではないがな」
「エロ爺…」
「とにかくさ、まず“武装力”の数値では、どうシュミレーションしても、ネコメ邪宗とのチーム戦にはジリ貧だよ。爺さんなんとか、知恵を絞れよ」とマイケル。
「爺さんのあだ名は”よせ”と言っているだろ、まだこう見えても45」
「立派な爺さ」
「そうさな。ネコメの砦を攻略するのは、まず忍者屋敷をどう攻略するかだが。そのためにお前さんが、今日偵察にいったんだろうが」
俺は黙る。
「アニキはね。ネコメの忍者歩兵を嫌っているんですよ。スピードも、奇策も、ようはアイツラ卑怯だしな」とマイケル「うちが勝てそうなのは、縦の突破力と破壊力くらいかな」
「接近戦なんて、できるの?」と洋子。
「いや、接近戦はしたくない。後方から、歩兵を潰すほかないが、やはり囮として、それなりに歩兵は送らないといけないし。どちらにしても、ネコメの砦内(忍者屋敷)の武装は、そうやそっとじゃ崩せない」とJ。
「そうなると、今日試した、誤射作戦でしかないでしょ」とマイケル。
「砦の外部から、砦を破壊する」と俺。
「高くつくがな。歩兵500人分だぞ。500人分の破壊力をお前さんにまかせて良いのかね」
「モチのロンでしょ」とマイケルが胸を叩いた。
■
結局のところ香港銃団がコマを進めることとなった。ソーサ軍は砦を失い。ランキングも2つ下げることとなった。
このゲームが始まったのは20XX年の4月。俺が高校に入学し、そして、マイケルが同じクラスのときに、このゲームに本格的に参加させられた。
この「武装の砦」のシリーズによって、ちょっとした小遣い稼ぎをしようというのが、最初の動機だった。砦を増やしていけば、月10万~20万を稼ぐことも可能。もちろん、トップリーグに入れば、その収入の右肩上がりに上がっていく。
リーグは年齢別に分けられ、それぞれがID管理されており、サッカーのように、ワールドクラスの戦いもある。
今俺たちは参加しているリーグは、16~18〈アンダーシックスエイト〉のリーグだが、今やっているトーナメント自体は、社会人を含めたグレードⅢの公式大会となる。勝ち上がれば来期からのさまざまなグレードが上がりというのは、どこのスポーツでも同じ仕組みだ。
また、「武装の砦」は、まずリーグに参加する前にも、いろいろな過程がある。戦士として、チームに買われたり、あるいは、チームを作ったり、オーディションとなる格闘系の戦いもあり、大きなスポンサーをつけているチームでは、選手獲得のイベントは事を欠くことがない。
その「武装の砦」に俺と一緒に参加しているマイケルは昔から戦国ゲームのオタクであり、かつ非常に数学のできるヤツで、将来は工学系に進みたいといっている男だ。
まるで不良高校の縄張り争いのように、マイケルは常に他高の「砦」の縄張り争いに、血気盛んになっていた。
俺は昔、各オーディションの噛ませ犬的な役割で、大物新人を破壊することだけを目的に各所のイベントに出回っており、マイケルは、すでに高校に入る前から、俺のことを知っていたらしい。
マイケルはある日、「アンタ、破壊屋のアニキだろ。俺とチーム組まない? で、16~18(アンダーシックスエイト)の全国統一しようよ」
と、金髪の前髪をちらつかせながら言った。
俺はマイケルの見ながら「砦は?」とたずねると。
「13~15(アンダースリーファイブ)では280くらいかな。個人レベルしては、中堅どころ。グレードⅣでは、何回かベスト4に入っていたこともある」
「ふ~ん。チームを持っているのか」
マイケルは戦士としてではなく、チームメーカーのブレーンとして、大手チームからの引き抜きも何度かあったらしいことを話してくれた。ただ、マイケルの興味は「個人でどこまでいけるのか」ということだったらしく、全て断っているらしい。
「全国制覇? してどうするんだよ?」
「アニキ。そこにたどり着いたものしか見えないものってのがあるでしょ。それが見たいんですよ」
というやり取りから始まり、もう一年が経過してる。
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メカニカルJは大手オモチャ会社の技術職のおっさんだ。日ごろ忙しい癖に、このゲームでも熱血漢ぶりは、ウザイくらいで毎回新しい武装が、破壊されたりするごとに、深刻にオチたりしている。 元々大手チームに所属していたが、制約が嫌になり、仕事以外で、そんなことまでするのはたまらないと、ここに流れ着いた。
豊富な資金源の中で、クライアントの意見だけに耳を傾ける武装デザイナーよりも、限られた予算の中で、どれだけ制度の高いものができるのかが、彼にとっては面白いらしく、どこまで、大手チームと必要最小限の予算で作った武装で互角にわたりあうことはできるのかに、命をかけているようなオトコだ。
チーム戦と武将戦に分かれるこのゲームにおいて、基盤となるチーム戦に対する準備に対してマイケルの情熱はハンパない。
「うちに、有能な指揮官がいたら、もう少し稼げるんだが。お前たちは個人プレーが売りだからな…って、他に買収されるなよ」
と目を見開いて、皮肉っぽく同じようなことを繰り替えし言うことがある。
はっ! まったく、自分は自由にやっておきながら、こっちの自由には干渉したがるなんてね!
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高校の授業の2間目が終わった。マイケルは、これから大学の先輩に会うという。大学に行っても、このゲームを続けたいとか。なんとか、言っていたような気がするけど。ヤツが考えていることは大抵口とは裏腹のことだ。
俺は、洋子と、喫茶店で話し会う予定だった。洋子は、“武装の砦”世界でもクールだが、現実の世界でもある意味クールだ。
なので、あまり、実は会いたくはなかった。向上心の高い相手と付き合うのは結構面倒だからね。
「ねえ。ニキータ。毎日何してるの? ちゃんと、将来のことを考えている?」
俺は、マンゴージュースをごぼごぼさせて。
「は? 成績優秀な立ち居地からの、上から目線?」
「そうじゃないけど…」
「まあ、いいよ。関係ないだろ。どんどん先に行けばいいじゃないか」
「なにそれ」
「別に。なんかさー。進路相談の教師みたいだよね」
そうそう。…まぶた重くなる。洋子は、ある意味イライラしている。洋子の悪い癖は、美人な癖に体をゆすることだ。イライラすると、すぐにこの癖が出る。
「じゃあいい。今日は、もう言わない。でもね。あたしは、少なくとも、メンバーとして、みんなと一緒にいるからには、それなりに口出しさせてもらいますからね」
洋子は、食べる速度が遅い。とにかく、明日から超忙しい。試験勉強もしなきゃいけないし…服も買いにいかなきゃいけないし。…眠くなってきたし。
「でも、今日はあたしの買い物に付き合ってね、渋谷に行って、表参道に行って、原宿に行って…」
頭の中で、いろいろなものがグルグル回転する。渋谷? 昔戦った”渋谷“901ガールズ”は、めっちゃ強かったなぁ~。
「賞金稼ぐようになってから、金使い荒くなってねえ?」
「何?」
「いや…」
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このゲームには、常にチェンジシステムが働いている。様々な参加するプレイヤーへの配慮であり、かつ、同時進行的に進む世界の中でのゲームの神の配分だ。
ようは、それぞれの星の光が、自分の意思で、地球に届くような形式で、ゲームは常に進みつつ、要領よく計算されて回転している。
なので、洋子と、表参道の坂を下っている時にも、“武装の砦”の世界で、常にゲームの中で活動をしている。
俺がこの世界で現実生活をしているときは、大抵はルーティンと些細な状況判断の繰り返しに過ぎない。
だたし、些細な状況判断は、最初に参加した〈性質〉や今までの〈経験地〉から、全て行動分析がされる。
例えば、何を食べたいのか。とか。どこで眠りたいとか…
「ねえ、これとこれ。どっちだと思う?」
「洋子に似合うのは戦闘服だと思うよ」
頭を叩かれる。
「何? 聞いたあたしがバカでした」
すると、服屋の店員がささっと出てくる。
俺にも、洋子にも、この店員が〈武装の砦〉のプレイヤーであることはすぐにわかった。洋子と俺は、常に、特殊なコンタクトを装着している。というか、ほとんどのプレイヤーが身に着けているものだが、通常の状態であれば、このコンタクトをしていれば、腕に書かれている〈紋章〉を見ることができる。今装着しているメカニカルJ仕様であれば、コンタクトをつけているとゲームプレイヤーそのままの出で立ちで、プレイヤーを見ることができる。
もちろん、自分がプレイヤー参加者と悟られないための様々防護グッズが開発されたが、うちのマイケルJが、様々な屈折率の変化に対応できるレンズを密かに開発してくれた。
それを裏市場に流せば、マイケルも今の地位にいないはずなのに。真面目だから、そういうことはしないんだってさ。
〈服屋の店員〉も一瞬ギョっとしたが営業スマイルに即座に戻る。
洋子も、気まずそうな顔をして。
「どうする出る?」
と小声で聞いた。
「サイズは大丈夫でしょうか?」
〈服屋の店員〉かつ〈ディーンズバーⅢ〉の将校が話しかける。
「いいえ。あの…」
〈ディーンズバーⅢ〉といえば、最近大手が新興チームを作り上げて鳴り物入りで参加してきた奴等だ。あいにく今回は、リーグの階層は違うが、常に奴等は階層間で情報を共有している。
■
洋子と俺は走り始めた。「これって実は楽じゃないよね」
「まあね。突然だからね」
ポイントを目指して走り始める。すでに〈ディーンズバーⅢ〉から、〈果たし合いの兆し〉を受けとっている。
「無理だよね」
「まあ…」
「あたし、負ける喧嘩はしない主義だから」
俺は、リーグ戦やトーナメントとは別に、喧嘩をしてきた派であったため、この洋子の意見は軽く聞き流そうとした。賞金稼ぎは、むしろ、そこが主軸となる仕事であって、リーグ戦はいわば雇われに過ぎない。
「俺は別にいいけどね」
「良くない。ニキータは一人いいかもしれないけど。絶対辞めてね。リーグ戦を前にぼろぼろなんていうの、もう、懲りてるし。実際、乗ろうとしたでしょ。さっき」
「まあ」
「あいつらはいくらでも替わりはいるんだよ。でも、こっちは、替えがないんだから。最近物騒なニュースを良く聞くし。死んだらどうすんの?」
確かに、死んだら二度と同じチームに参加することはできない。同じメンバーともだ。
「まあ、そのときは、そのときだろ」
■
図書館はやけに静かだった。職員がトイレでさっきタバコをふかしていた。とにかく、今は試験が近い。といっても勉強なんてまともにやらないけど。
目的は新しい武装の情報収集。ここにあるポイントあるって、今更マイケルに聞きつけて、けっこう穴場で、いろいろな武装についての知識をくれるそうだ。
「何か探しているのかね?」
〈教師・ニシジマ〉が、話しかけてくる。
「あ。いや。とくに」
「そうかね…久々にいい情報を入手したのだが」
〈教師・ニシジマ〉も、武装の参加者だ。
「ほんと?」
「ああ」
コンタクトを通してみれば、教師の腕には大きな切り傷がある。〈武装の砦〉の格闘技戦に関してはバーチャルでありながら、リアルな肉弾戦となる。
「その傷は?」
「うむ。まあ、それは、放課後に聞いてほしい」
「実は俺は知ってるよ。先週の試合見てた」
「ふむ」
〈ニシジマ〉は、ひとしきり見回して「君から見て、試合はどうだった?」
「どうだったって…〈速射砲〉でまわりくどく攻め込むあたりが、俺とは違うかなと。まだ2回戦だけど。先が長いと思います」
「そうだな…どうかね、放課後、ここで一度練習試合でもしてみないか?」
「練習?」
「プロリーグの壊し屋として名を馳せた少年だ。一度はやりたいと思っていたよ」
「先生と練習? いくらポイントがここにあるからってさ。練習しようとは思わないよ」
〈ニシジマ〉はニヤっと笑いながら「そうかね。まあ、君が、好きにしたらいい。どちらにしても、放課後ここにくることとなっているだろ」
「ふ~ん」
■
「しっかしさ~、よくやるよな~先生で選手って、憧れるよ」
とマイケル。
「白、そこに置かないで」と洋子。オセロをやっている。「ニシジマ先生。放課後、図書室で用事があるっていったけどなんだろう」
マイケルは、チップスをかじりながら「洋子は興味ある? 今、うちの高校のポイントは図書室にあって、つい最近からトーナメント戦が開始してるんだ。知らなかったんだろ」
「知らない」
「センコウ同士のバトルも見れるってさ。まあ、一部じゃ話題沸騰らしいけどな。一度戦士として参加してみらた? 熱いバトルに」とマイケル。
「いや!」と洋子。「それに、うちの貴重な戦力を下手な遊びにつぎ込まないでよ? 一週間後は、リーグ戦が始まるし」
「ネコメの予習はとっくにできてるよ。ああ~。ネコメくらいに、そんなに気張ることないじゃないか」と俺。
「そういう油断がね、命取りなの!」
「うわっそこ! 卑怯!」
授業の鐘がなる。政治の授業だ。しかし、授業の鐘がなり終わって、数分経っても誰も来ず、自然とクラス誰ともなく「予習じゃね?」という声が響き渡ってくる。
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〈タイマン〉〈リーグ戦〉〈トーナメント〉全てにおいてチャンスがあり、かつ、この世界に入ったものにしか分からない苦しみと楽しみがある。政府公認のリアルバーチャルドキュメント〈武装の砦〉は、全人口のおよそ21パーセントが参加する超巨大産業仮想区域だ。
常に戦闘には金が絡み、そこでの凶悪な事件も耐えることもないが、あくまでも〈タイマン〉〈リーグ戦〉〈トーナメント〉での戦闘はルール上においてのスポーツとみなされ、公にされている。
〈武装の砦〉は現実とリンクした〈ポイント〉にある各地域で、各端末レベルで行うことが可能。それぞれのバトルに掛け金が世界中から瞬時からかけられ、通常のルールでは、その掛け金の5パーセントを選手が手に入れることができる。
本来学校教育内においては〈タイマン〉は全面的に禁止されているが、オフィシャルな大会での〈タイマン〉においては大目に見ているといった状況だ。
教師の参加においても、最近になって、規制が緩和されていたが、本来は体育教師のみが参加することはできた。しかし、アンダー18のリーグ戦・トーナメント戦が各学校で全国的に沸騰するにつれ、除々にその規制は緩和。学校の部として公認している選任教師は参加を認められているといった状況だ。
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「じゃあ、俺見てくるよ」
「ちょっと! 何?」
「俺も。最近退屈してたし!」とマイケル。
図書室に入ると、すでに勝負が始まっていることが分かった。端末にすでに、賭け金のデータが次々に送り込まれてくる。そしてニシジマと対戦相手のデータももちろん入る。
ポイントに触れると、その対戦会場に入ることはできる。
「おいおい、ニシジマが、押されてないか?」
「なぜ、こんな時間にとか、気にならないの?」
「自習だろ」とマイケル「とにかくさ、それほどニシジマが、あの武装を欲しがっているということだろ?」
勝負で選手が受け取れるのは、賭け金のほかに、相手の武装を勝てば無条件に奪うことはできる。
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ニシジマは、片膝をつきながら正面を睨んでいた。得意の速射砲の跡が舞台の上に傷跡として無数に走っているが、ニシジマは、すでに腹をやられている様子だった。
「つうかさ。無理じゃね? ニシジマの相手有名人じゃん」
舞台の上空に、ふわふわと浮いている影がある。
そして影が一瞬にして消え、即座に舞台に大きな地響きが渡る。ニシジマは、速射砲を乱射して何かわめているが、当たっている様子がない。
試合前のオッズは、ニシジマが13.8倍。そして相手のクロッックスが1.1倍となっている。
舞台が一瞬浮いたようになるが、その真ん中から、二つに割れるようにして今度は大きな影が猛スピードでニシジマに直進する。
「あぶねえ先生!」
と叫ぶが、ニシジマがこっちに向かって一瞬ニヤリと笑った気がする。
ニシジマが、ふらっと立ち上がり、そして、速射砲を向ける。
クロックスは、大声で「さあ! このくだらない試合は終わりだ。とんだザマだな」
クロックスが持っているのは巨大な刀剣。そいつを使って舞台を引き裂くようにして突っ込んでいく。
「うおらぁぁぁぁぁ!」
会場がざわめく。ニシジマに刀剣が突き刺さったかのように見える。
しかし試合は終わっていない。
「トウキョウ在中のセンコウの力をなめんなよ!」と、ニシジマが上空に飛び立っている。クロックスが突き刺している体は残像化している。
「速射砲は、一点集中することもできるって、そういえば、忘れてたよ」と言い放ち、巨大な轟音が銃先から放たれた。
「すげえな。やっぱ」と俺。
「鬼だなこりゃ」とマイケル。
「先生が負けてもらっちゃ困る」と洋子。
「って、お前賭けてんのこの試合?」と俺。
「そりゃそうよ。貧相なオリジナルチームの切り盛りをしているのは誰ですか?」
「普通は賭けないだろ」とマイケル。
試合はまだ、確定していない。朦々とした黒煙が晴れると、大柄で緑毛の短髪のクロックスが「ぶはははは。まあ、いいんじゃないか。まあまあだよ。いい反射神経しているぜ。さっきよりはな」と立ち上がった。「速射砲の使い手のニシジマと聞いていたからな。すこしキいたぜ」
「だがな」と、クロックスが上半身をむき出しにし「俺にとっちゃ、とんだ期待はずれだぜ」とほこりを払うような動作でニヤけた。
「そうかな」とニシジマがふらりと、また銃先を向ける、腹の傷がけっこう深いようだ。
轟音が連続して鳴り響く。
それを、瞬時にして交わすクロックス。「いいかあ。銃っていうのはな。いわば直線の弾道にすぎないんだよ! 見切っちまえば。どうにでもなる…だが」
と、ニシジマの目の前にたどり着いたクロックス「刀剣は、そんな単純な弾道だけじゃねえ」
ニシジマの速射砲が一瞬で切り落とされる。
「うわぁあぁあぁ」
ニシジマの悲鳴が鳴り響く。
試合が確定した。
■
試合確定へのルールがある。一つは、戦意喪失。もう一つはレフリーによる判定。そして、武装の破壊となる。
「先生が負けた…」
「まあ、相手が、王立狐王軍の将校だぜ…しかも、最近の有名人だ。なんで、こんな無茶な試合をやったんだか」とマイケル。
「俺、アイツとマジで戦いたくなってきたかも」
「やめとけ。っていうか、こんな辺鄙なポイントで、なんで、こんな格差のある試合があるんだ?」
「昨日は俺見てたよ」
「え?」
「アイツの試合。まさか先生が相手とは知らなかったけど」
「それにしても嫌な感じよね。全部、王立が独占しちゃうわけ? すくなとも今の試合で、え!? うちの学校のポイントが、このままじゃ王立軍ものになっちゃうじゃない」
「気付くのおっそ~。でも、ニシジマ先生だけが、このトーナメントに参加しているわけじゃないし」
「そうそう」
「え!?誰、誰なの? 相当じゃないとうちの学校のポイント守りきれないじゃない。王立にお金ビタ一文も払いたくない」
「まあ、俺も参加しているけどね」と俺。
「ん?」とJ。
「え?」と洋子。
「つ~か、佐奈も、参加してるって、この前言ってたろ」
「ま、俺の恋人に今回は勝ってもらいますけどね!」とマイケル。
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すでにトーナメントは3回戦まで進んでいる。洋子は、この参加に関して、まったく知らない様子だったが、そんなことはどうでもいい。
試合を終えた先生は、「すまんな、放課後に会うつもりが、こんな形になってしまって」と職員室で笑った。
「先生に賭けていたのに」
「すまん。だが、僕の目的は勝ち負けじゃない」
「ええぇ?」
「君たちに、出会うためさ。なんで、君たちのようなスーパールーキーが、うちの〈オセロ部〉なんかに入っていたか気になってね。公式の部になぜ入らなかった?」
「ん? まあ興味ないっていうか。地味っていうか。賞金貰えないっていうか」
「まあ。そうだよね。おまけに、地域で最弱の部としても有名だものね」
「でも、先生は知ってましたよ、それなりに」とマイケル「武勇伝もそこそこ」
「まあ、そこそこの武勇伝だろ」
「いやあ。速射砲のニシジマっていえばな。アニキ」
「うん。そうだね」
「一応の覇者だよね」
「一応って…君たち…」
「それより、先生腕大丈夫なんですか?」
「まあね。アノ速射砲が使えなくなったが、選手としては、まだまだいけるよ。それに、このトーナメントに君達が参加する時点で、キリのいいところで、オリようと思っていたところさ」
「じゃあ、先生、わざと負けたの?」
「いや…わざとじゃない。僕としては、放課後。君と戦う予定でいた」
「なるほどね」
「クロックスの強さは本物だ。僕は君の選任の教師ではないが、この試合からオリてもらいらいと、教師としては言いたい」
「まあ、普通に嫌だけど」と俺。
「そう言うよね。教師としてはだよ。観客としては、見てみたいさ。どちらにしても、王立軍がこんな辺鄙な学校まで手を伸ばしているということは良くない兆候だし。情けない話、僕の力では、このポイントを守ることができなかった」
「先生マジで言ってるの?」
「ん?」
「マジとは?」
「いや。少なくとも、途中からみたクロックスの一撃をかわしたあたり、尋常じゃねえ力の持ち主じゃないですか。なのに、あんなに簡単に負けるのか?」
「いいところをつくね。しかし、私はこれから授業に戻らないといけないし。君達の試合は放課後だ。さあ、授業に戻りなさい」
■
英語英語英語。数学数学数学。物理物理物理…ねむいねむいねむい。ああっ…なぜ、世の中って一つ以上の言語を使わなくてはいけないんだろう。なぜ…足し算と引き算だけで計算が終わらないんだろう。物理? しらね…
「ねえ、ニキータ。勝負オリちゃいなさいよ」と洋子。
「いやだ」
「別に優勝じゃなくたっていいじゃない。もう幾らかはファイトマネー入っているんでしょ」
「入ってるよ」
「じゃあ、あんなクロックスみたいな化け物相手にしなくても、一週間後はネコメとのリーグ戦があるし」
「まあ。大丈夫だよ。トーナメントは、ネコメとの戦いの一日前に終わるし」
「一日前って?」
「そこ! うるさい」と、英語の教師。
「正直、美味しいトーナメントなんだ。なんせ、クロックスが参戦と決まってから、どんどん中堅どころが、参加を辞退しはじめてさ。俺アイツの持っている刀剣〈白紗〉が欲しいんだよ」
「無茶じゃない? だって私計算したよ。何度も。倍率は、ニキータが、23.5倍。そしてアイツは1.1倍だよ。先生より賭け率多いじゃない」
「うん? 先生は本気じゃなかったからな」
「そこ!」と英語教師。
「あ、すみません」
「たくっ…」
「本気じゃなかった?」
小声で、まだ聞くの?
「俺は前の試合を見たっていったろ。先生は、強かったさ。ダントツに。クロックスと同等か、それ以上に。それに速射砲の使い方も俺が聞いているものと大分差があったし、クロックスの必殺技も軽くよけてたしね」
「賭け率は大体、公平でしょ。それにわざと負けるなんて…」
「うん。まあね。でも…あの先生ならやりかねねぇ」
「お前らっ!」
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俺は正直、先生と戦うつもりでいた。クロックスはあくまで通過点で、まず先生をぶっつぶさねえと思っていた。だがクロックスに負けるなんて、汚くね? 速射砲も、あれ、絶対、程度の低いものをつけて攻撃力を数段落として試合に出ていたんだ。あんな武装で、クロックスにダメージを与えられるわけはない。
もしクロックスが、あの必殺をかわされて銃撃を受けた地点で、噂に聞いている銃撃だったら、試合は逆転していたはずだ。
トーナメントは参加者の格によって、トーナメントの各も自動的に上がっていく。クロックスが参加した時点で、このトーナメントはグレードⅢに変わってしまった。
クロックスの狙いは、俺と同じで先生だったはずだ。覇者の資格を持つ先生を倒すことによって、王立の強さの示しにもなる。
ただ、試合は先生が安易に負けた形で終わった。不自然な賭け率。不自然な攻撃力。いろいろ腑に落ちないところがある。
ということで、俺の脚は再び職員室へと向かっていた。
「先生」
「ん?」
「今日の試合。俺を試してるんですか?」
「ん? いや。違うよ。それにポイントは教師が守るより、生徒が守るもの。って…まあ、負けた奴が言うことじゃなけど」
「俺は先生と戦いたかった」
「まあ、練習ならいつでも。なんならほら、〈オセロ部〉から退部して、うちの部に入りなさい。そしたら、勝負でも、練習でもしてあげられるから」
「先生俺を舐めてますね?」
「舐める? いや期待しているんですよ。それに、ほら、また授業が始まる。放課後私は、別の用事ができてしまって、君の試合を見ることができない。対戦表で行くと、君は、クロックスと準決勝で当たることになっている。君ほどのゴールデンボーイなら、わざわざ、その試合まで見にいくこともないだろうし、私は私で佐奈の面倒もあるのでね」
と言って先生は意味深な笑みを浮かべた。
■
クロックスは俺と同じファイター型かつ、大型刀剣の使い主で、攻撃スタイルも似ていないこともない。ようはお互いあまり細かい計算ができないタイプに分類される。一発の強度と破壊力で勝負するタイプだ。
俺のファイターとしての能力は、単純に、攻撃力、防御力、スピード、攻撃センスなどなど、業界値が打つアベレージは攻撃センスを抜いて、どれも劣っている。総合的な数値でも、かなりの差が出ている。
しかし、それはいつもどおりのことであり、俺は攻撃センスさえあればファイターとして、勝因はどこにでもあるなと感じながら、これまでの試合をしてきていた。
数値は常にアベレージであり、試合状況によって、もちろん変化する。
クロックスの三試合のアベレージは、もちろん、参考にならず、オフィシャルな戦跡を調べながら、俺は、クロックスをイメージする。
「集中しているのかね」
と声がする。
「ん? Jか」
「クロックスが相手とはな。かなり難儀な試合になるぞ。破壊屋同士の戦いは大抵。どちらかが再起不能になる」
「そんなことまで考えてないよ」
「これまで、お前さんの戦闘スタイルを何度も、見たつもりだが。クロックスはお前さんが思っているほど楽な相手ではない」
「だから? オリろと?」
「んにゃ」
「んにゃ?」
「…まあ。今のお前の武装では。と言いたいところだ。平均的アベレージに差がある以上。そこから先はメカニックの領域と言える」
「なるほど」
「お前が見たようにクロックスの本領は、突進形・串刺し形の一撃必殺にある。しかし、お前はそうじゃない。むしろ一刀両断形。体のバネを全身で使い相手を切る方法だ。間合いを一機に詰めるクロックスにおいて、お前の一刀両断形のタメは、かなりの致命傷となる」
俺はそのとき先生のニヤついた顔を思い出した。
「先生と同じ方法論では、戦いたくない」
「もちろん。お前では、あの防御センスはない。しかし斬り合いの勝負では若干、お前の方に勝機があるのは確かだ」
「まあ、斬り方が雑だからなアイツは」
「一発で仕留められるかが、今回の大きな課題だろうな」
「一発…か…」
■
〈オセロ部〉に関して事前にいろいろと情報があった。〈碁〉をやるもの〈将棋〉をやるもの〈チェス〉をやるもの。全て、厳しい勝負の世界。そして、堅苦しい。
この<オセロ部>に入ったのはマイケルの勧誘だ。あいつは、オセロの方でも、名が結構知られていて、国際大会のトロフィーをアイツの部屋で見たこともある。
マイケルの<中枢理論>を、オセロでも、何度が説明してもらったが、俺の理解力を遥かに超えていた。
マイケルが簡単にその理論を説明するときに使うのは「何手先を読むのも常套だけど、一つ一つの攻撃の癖を分析して、中枢を探り出せば、大体、勝負は、それなりにうまくいくんだよ。相手がどこに心臓を持っていて、どこに脳味噌があるのか。そこらへん分かるよね? それに、これは反射神経の関係ないゲーム。一度に一回しか攻撃することができないゲームだしね」
言葉で分かっているように思えても、300戦300敗以上を喫してしまっている俺に、どうのこうの言う資格はない。
…
「アニキの得意とする、格闘技戦は、ようは反射神経込みの、攻撃が連続で展開されるステージさ。それは、俺の得意分野じゃない。一発ぶっとばされれば、俺の机上の空論が、すぐに破壊されてしまうし、セオリーなんてないからね。 それにデータも、不安定。傾向はあるかもしれないけど、予測外のことが起きすぎるんだ。とくに相手の武器を奪って、それで、むちゃくちゃな流儀で振り回して、倒しちゃうようなアニキにはさ」
マイケルに言わせれば、俺のデータ、とくに破壊力に関しては、瞬時に2倍、3倍になるとお隅つきだ。相手の武装を使っていた本人よりも、巧く使いこなすこともある(自覚しているとは思えないけど)という感じらしい。
そして、今俺が使用している武装も、戦利品で、自分が購入したものではない。ここ数ヶ月使用している獲物は<羽砂羅M2>というもので、その武装の羽砂羅の使い手と戦って、得たものだ。
■
「チーム戦は頭脳戦。タイマンはセンスと破壊力…」
「なにか、悟りました?」
「分析してくれた? 俺の正攻法?」
「さきからずっとシュミレーションしているけどね。けっこうきついね。アニキがしばらく戦闘不能になる確率は、けっこう高い」
「なぜ?」
「ようは単純に一撃必殺をしかける間にクロックスに大抵間をつめられてしまうし。連続攻撃から繰り出す一撃では、クロックスを倒しきれない。その連続攻撃までにたどり着くチャンスもそんなになさそうだし。ワンチャンスで潰さないとさ」
「簡単にいうねぇ」
「正直、クロックスが、アニキの武器を破壊するまでに、そんなに時間はかからないと思う。武器の強度は、ご存知のとおりあちらのほうが上だしね」
「分かった。聞いた俺が馬鹿だったよ」
「俺ならオリるかな。無理して戦う相手じゃないでしょ」
「眠い…」
「眠いって」
「先生がクレタヒントは…」
まぶたに映像が浮ぶ。突進してくるクロックス。そのスピードと破壊力を上回る素早い防御センス…軽やかに飛ぶ先生。
俺は、その残像のように素早く避けることはできない。受け止める? いや、完全にぶっとばされる。そしてクロックスにニヤついた顔。
うざい…ねむい…
アイツの武装…それは、カッコいい。欲しい。アイツが持っているべきものじゃない…
■
子供のころからほしかった武器があった。誰もが憧れるような最強の剣。でも、そんな夢も子供だましだということも、なんとなくわかってきた。
名野球選手が持つバットを、名野球選手が持っていなければ、ただのバットに成り下がってしまうこともあるということだ。形じゃない。あくまで、細かい機能性の話しかな。
ヤツは俺の横でスースー息をして寝ている。
でも、マイケルが、寝ているわけじゃない。
正直アイツが何日か前に考えている指令みたいなのに、今日付き合いたいとは思わない。
いくら、それが、どれだけの正論であろうともね!
関心がまったく違うのさね。あいつは、領土とか、陣地とかが好きで。俺は剣とか鎧とかに反応してしまう。
マイケルの話す筋はだいたいわかる。大体が、いろいろな意味で正攻法であり、大体が、間違いない。
でも、勝てる確立が半々、あるいは4対6くらいのとき、マイケルの話が抽象的な話になっていく。俺が知りたいのは、そういうギリギリの局面のところなのだが。7:対3で勝てる正攻法なんて、聞かなくても分かるしね!
ギリギリの瞬間的なところで、大体決まるわけじゃん。
数の差し引き、大極的な状況とかはね…
でも、まあ、批判ばかりいってもね、仕方ないか…オセロで勝ったためしはないし。そもそも、絶対勝てるところ落とさないところはマイケルのすごいところだしね。
また、シュミレーションで、1対9のところから、3対:7くらいにまで、可能性を引き伸ばすのも彼の役得だ。
実際の倍率には20倍くらいの開きはあるが、マイケルの読みでは、勝率が3割以上にはなっている。それだけで十分な話しではあるのだけどね。
しかも、最終的には負ける確立の高い予想しておきながら、寝ちゃうわけだから、あるいみ大物だよな。
■
「大丈夫?」と洋子。
「ん?」
「起きてる?」
「何? こんな時間に」
「側が動き出したって。ちょっと、明日の試合とかも、場合によってはなくなるかも」
「いつものことだろ。静かに寝かせてくれよ」
「そうもいかない、ねえ早く。早く起きて」
側がどうのこうの。って! 本当にハタ迷惑な話だよな!
「なんだよ」
「とにかく。側が一気につぶしにかかりにくるみたい。だから、せめて、逃げないと」
「そんなに? なぜ?」
「そんなこと分かってたら、今日より前に、対応してるでしょ。マイケルは怒鳴ってたし」
「アイツが?」
マイケルはカチャカチャ、うるさげにキーボードをたたいている。話をする状況じゃない。
「なんだよ。側がいきなり攻め込んでくるって、王立との協定はどうなってんだ?」
「なんか最近少しおかしいと思ってたところもあるのよね。だって、クロックスが来たこともあるし、何かの旨みを見つけてるんじゃないかと」
「戦争に巻き込まれるのは嫌だね。確かに」
「側は、レベルは? どんなやつらを先頭に立たせているわけ?」
「シー・ライオン」
「シー・ライオン? あほか。ケタ違いじゃねえか。早く逃げよう」
「満場一致なんだけど。王立が援軍を打診してきてる。断れば、お訪ね者よ」
「勝手な。あとどれくらいで、戦闘態勢になるんだ? というか、泥沼に巻き込まれるんじゃ、お訪ね者になったほうがマシだせ」
「噂では、小競り合いレベル。シー・ライオンの視察兼。王立への威嚇」
「ふーん。威嚇ね」
「悪いことに、今はクロックスが王立の最前線の責任になっているし、血の気があるから、威嚇から、すごいことになるんじゃないかってのが、普通の見方」
「だが、シー・ライオンじゃ。クロックスも、どうにもならんだろ」
「クロックスはそうは思っていないみたい」
「馬鹿だなアイツ」
「しかも、クロックスじきじきに、援護の要請よ」
「俺が返事をしてやるよ。死んじまえよバーカって」
「って、私もいいたいけど。側より、王立のほうがマシ。側に侵入されたら、それこそ、今いる学校も暗黒じゃない?」
「そうだけどさ。そうではあるんだけどさ…」
■
「ああ! 親父のコーヒーが飲みてえよ!」
「あ。やっと喋った」
「くそ。どこもかしこも封鎖されてやがる。あるのは危険な突破口のみ。腹立つわ」
「危険な突破口ならあるわけね」
「ああ。まあ。だが、俺は嫌だな~。今回。ほんと。アニキどうないしましょ。ほんと」
「シー・ライオンをマジかに見れるチャンスだけどな。このまえ、あいつの戦いぶりを見たけど。レジェンドでしょ」
「そうそう。そういうレベル、つまりお手上げ」
「逃げよ」
「クロックスの要請は見なかったことにしよ。送信されませんでした。そんくらいの設定はできるよな?」
「まあ」
「じゃあ、速攻だね」
「ただ」
「ん?」
「脱出口は、火蓋の真っ只中をつき抜けなきゃいけない。ってところではあるんだけど…」
「それ。どういうこと?」
■
「世界レベルの《覇者》軍団を、お招きいただいてありがとうございます」
ニュースのシー・ライオン軍団は、いかにも偉そうだ!
「今日ここにお出でいただいた目的。電撃的なニュースとして各地で扱われていますが…コホン…あの、そうですな。今、我々が、進めております新しいマーケットの拡大といいますか、新ルールについて提案をしにやって参ったのでありまして…コホン。そうですな。ヒャヒャヒャヒャ」
くそ! むかつくぜ! このジジイ。目がどす黒くて、まったく笑ってねえよ。
「まあ、各地で、そういった新展開の説明にあがっているところでありましてな。ふんふんふん。それにしても。このフィールドには、様々な可能性を我々は感じておるところでありまして、手始めにいろいろな改革案を持って参ったところでありますな。ヒャヒャヒャ」
ぶち。ころ。してぇ!
「先生から連絡!」
「ん?」
「とりあえず、教室に戻りなさいって」
「なんだよ。いいところなのに」
「事情は分かっています。放課後に君たちに話したいことがある。だそうよ」
「暢気なもんだぜ」
■
机の前に、黒板が見える。当たり前か…しかし、先生の授業も退屈だな。はぁ~。というか、あの目、あきらかに、授業に集中していない目だよ。なんか別のことを考えている目だよね。そして俺も、今眠りながら、端末をいじっている。どうすんだろ? “側”と“王立”のはざまで潰されることほど、惨めなものはないんだけどね。
「では、二北君。この文章について、意味を説明をしてもらおうか?」
「ん? はい?」
「ん?」
「あ。あの~。そうですね。まあ、いい文章じゃないんでしょうか」
教室から、笑い声が漏れる。
「ふふっ。確かに。確かにいい文章だが、答えにはなってないな」
「それに…先生、お腹が痛いっす。その、保健室に行ってもいいですか?」
「え? あ…そうだね。大丈夫なの?」
「はい。なんとか。自分では、行けるレベルではあります…」
「じゃあ、保険委員の佐奈君。二北君を保険室まで連れていってください」
「はい」
佐奈は、眼帯をしている女の子だ。
■
「ねえ。どうするの? 今回。私も非常に苦労しそうなんだけど」
「ん? あのシー・ライオンの件?」
「私はね。こう見てる。王立と側が、部分的に繋がろうとしているんじゃないかって」
「繋がる?」
「そう」
佐奈は保健室へとゆっくりと進む。
「いい? こんなに急激なやり方をするなんて、明らかに変なわけ。この第16学区って、はっきりいって、わりと中心からは離れているし、先生が、なるべく変ないざこざを起こさないために、かなり、意識的にひっそりとしてきたの知ってた?」
「知らない。興味ない」
「だけと、ネコメ邪宗に、正式に“側”がついて、そしてクロックスが、トーナメントに参戦をしてきて。そして、シー・ライオンの視察。この状況の加速。ひとつに原因はあなた達にもあるのよ」
「俺たちに?」
「そう。マイケル君が、バランスを崩したといってもいいし。そこらへん、なにか聞いてないの?」
屋上に向かう階段に座る。
「いや」
「気がついてないってことね。はぁ~。クロックスは、世間的には、宣戦布告をするようなことを言っているけど、正直な話。脅威であるあなた達を、まず潰したいだけなのよね」
「さっきクロックスから援護の要請があったよ。シカトしてやったけどさ」
「なるほどね」
「とにかくさ、俺はクロックスをぶっ潰したいと思っていたし。だけど、マイケルは逃げたがっているしでさ。正直、良く分からないんだ。シー・ライオンはヤバイとは思うけどさ…」
「先生はね。学区の《覇者》にアナタたちになってもらいたかった。っていうところがあったけど。仕方ない…やっぱり保険室に行くけど。本当にお腹痛いの?」
「ん? さすってくれますか?」
■
佐奈はニシジマ先生の秘蔵子として、かなり前から知っていた。直接話すようになったのは、最近のことだが、彼女は愛校心があるらしく、正統派の部員として、先生のチームで戦っている。
マイケルは、彼女が相当のお気に入りで、彼自身でもかなりの自慢らしく、一応、公認のカップルだ。しかし佐奈は、つねに「マイケル君」と他人ごとのように喋り、あまり素っ気がない。
今回クロックスが参戦したトーナメントで、善戦中だが、破壊力がすごいとか、そういう強さではないが、俺がもし戦うとしたら、何か一番怖い感じがする。
「マイケル君とは最近どうなの?」
「ん? そこそこ」
「そっか…」
「でも、正直ね。クロックス戦を前に、こんなにケガをするなんて思わなかった」
コンタクトの屈折率を変えると、佐奈は全身傷だらけだ。
「まあ、アイツも心配してたよ」
「ほんとに?」
「うん、多分…」
図書室に向かう。この時間は誰もいないはず。佐奈は、ここのポイントを自由に使うことのできる正部員だ。
「俺も、この学校で正式なルートを使って入りたいよ」
「そういうのは、入学式のすぐ後に言うべきね。今じゃあなた達は愚連隊でしかないし」
図書室のドアが開く。
そうすると、暗闇の向こう側にランプが付いているように、ポイントが光っている。
「あのさ、俺って、国語の才能あるのかな?」
「何? こんなとき?」
「いや、たまには先生のテストで、100点取ってみたいかなって思ってさ」
■
―やあ。ニキータ殿! ご機嫌はいかがかな? 俺様様との対戦を前に、とんだことになっているようで、貴殿もさぞかし退屈しておられることだろうよ! とにかくな! いいか、俺はな! ライオンが気にくわねえのさ! え? おい。知ってんだぜ、破壊屋ニキータ殿。貴殿が、俺との対戦の暁には、幻の刀剣を披露してくれるって情報をな! しかし、それは後にとっておくべきさ! え? この16学区が、征服圏域にならない前によ。王立につけよ! どちらにしろ、今の状況じゃ。お前らの出る幕はない。眼中にさえは入ってないんだよ。あの猫ちゃんたちにはな! 俺様様様は喧嘩の邪魔をされただけで腹が立っているのにもかかわらず、きゃつ等は、新競技とか、良く分からんものを持ち出して、独占状態にしたいってことよ! 馬鹿の俺様様様様でも、分かることさ! いいかニキータ! お前は、俺よりも、10ランク以下のヤツだろうが、少しは役には立つと聞いている。俺の方でも、援軍を正式に王立に申請しているが、16学区なんて辺鄙なところ、王立はあんまり気にしてないんだな。ナハハハハハ! どうだい、猫ちゃんズたちと、一戦ドンパチやらねえか。俺も、正直、弱いものイジメに飽きてたところさ。な? ニキータちゃんよ! お前も男だろうよ!…
ため息をつく。アホだ。クロックス。本当は今すぐお前のどたまをぶん殴ってやりてえよ。でも、シー・ライオンは、無理がある。
予想戦でも、一瞬で潰された。間合いを取るとか、そういう次元の話じゃねえ。
「ねえ。逃げるつもり?」
「悩んでる」
「でも、逃げなきゃ潰される」
「そんなに単純な問題かな? もう少し先生の問題みたいに難しく考えようぜ。簡単に答えがでないみたいなさ」
「馬鹿は、馬鹿みたいな問題で時間を取られるの。私は、先生と一緒に逃げたい」
「先生は何ていってる?」
「二北君とピクニックに行ってらっしゃい。って」
「ははっ。ほら。先生は難しい問題を出すだろ」
「私は逃げなさいってことだと思うけど」
「ピクニックって意味知っているの? 自然の豊かなところで遊んで来なさいってことさ。自然溢れるところにはライオンっているんじゃない?」
「考えすぎ」
すると、マイケルの声が。
「そうだ、考えられない奴が考えたようなことを言うことほど恥ずかしいことはないぜアニキ。あ、佐奈ちゃん。俺もさ。今すぐ行きたいんだけどさ。抜けられないテストがあってね…とにかく、今は逃げの一手だぜ、正面衝突のフリして、一気に学区域を抜け出すんだ。もう戦争状態に近いしね」
「正面衝突のフリって何だよ」
「アニキ。そこは、一肌脱いでくれよ。全力の斬激でできた一瞬のスキを狙う。シー・ライオンが出てくる前だ。アイツが出てきた暁には、なにもできない。俺も何度も計算したが、はっきり言って無理だ。だがそれ以外の奴らなら、なんとかなる。なんとか言ったって、本当の正面衝突じゃ、話にならない。包囲網の中級レベルのところを強引に突っ切る。中級クラスの警戒レベルが、一番突き破りやすいのさ」
「陣営のレベルは?」
「幸運にも、そこにはネコメ邪宗が中心になって、包囲網を作ってる。あれくらいならなんとかなる」
「で?」
「クロックスは、正面から、シーラインオンにタイマンで盾突くらしい。だから、俺が、一応アニキが行くかもよ。って連絡しておいた」
「おい」
「行くかもレベルだからさ。ものは言いようだよ。とにかく、クロックスが、シー・ライオンの注意を引いている間。そんなに時間もない。俺の計算上2分以内に、クロックス軍が全滅する計算さ」
「なんか汚い感じがするぜ」
「うん? アニキ。俺の返事が気に食わなかった? クロックスへの? いやいや。俺は行くかもよ、とは行ったけど、行かないかもしれないけどね。とも言ったよ。クロックスは、あれは単細胞で、自分が人に頼んだら、誰でも、快く従ってくれると思ってるんだよ」
「そうね」
「同調すんのかい」
「アニキ。時間はない。クロックスが作る2分間と、そして俺たちが、戦って逃げる時間。そして、シー・ライオンの追っ手が、そこへたどり着くまでの時間。5分だ。5分しかない」
■
フィールドに立つと、俺は途端に戦闘モードになってしまう。今の時点で、見えるのはネコメ邪宗の敵将、アナクライム・ネコ助だけだ。
“側”の初級幹部がいなったらしく、シー・ライオンに比較すると、ただの雑魚って話になる。
普通は雑魚にもそれなりの武装で。というのが俺の流儀であるし、マイケルの話を聞いてから、クロックスの顔が、頭から付いて離れない。
アイツはきっと、馬鹿笑いするだろう。
…とにかく、マイケルの約束どおり、斬激は加えてやる。
武装を抜く。
“バサラ 新劉八剣”だ。
本来は先生の速射砲に対抗する武装として、用意していたが、まさか、こんなところで、使う羽目になるとは…。
「おい! お前。ニキータだな。…噂じゃクロックスと共闘するとか聞いていたが、こんなところで、どうした?」
ネコ助が、威嚇する。
「あ? シー・ライオンがバックについて、ネコからトラにでも進化でもしたつもりか?」
「ムキムキ!っ。お前!」
ネコメ邪宗は生粋の忍者集団だ。頭目のネコ助も、変幻変則の技を持っている。
だが…マイケルとの約束。
俺以外を除いて、突破する。
全力で、斬激を加えてやる。
刀を抜く…
正面のネコメの城を斬るのが、俺の役目で、ネコ助は飾りだ。
八方向へ進む斬激の瞬間。俺は、ネコ助の俊敏な動きを見据えながら、 横へ横へと移動する。
「おいおいおい。おっかねえ破壊力だな。だが、それくらいの居合いのスピードで、この俺を、斬れると思ったかい?」
「いや」
ネコ助が斬りかかってくる。奴の武装は“紅の牡丹二”だ。小刀ではあるが、俊足と、高速回転の合わせ技で、相手をみじん切りにする。
「ほあっちょう! おらおらおら、あ?」
ただ、一撃目を押さえて跳ね返したら? モーターが回転する前の小刀は、ただの小刀でしかない。
「ん?…破壊屋のくせに器用なこともできるんだな」
空中に飛んだ、小刀。だが、その瞬間、方向を変え俺の肩を掠める。
「…」
「いいか? ニキータ。お前の武装はただの刀だが、俺のは飛び道具だ。あ?」
ネコ助の小刀が、弾丸のように向かってくる。
俺はとりあえず斬激を繰り返す。小刀もネコ助もとりあえずは、どうでもいい。城にダメージを当て、総力戦で突破を試みるマイケルの軍を援護していくほかない…
■
「クロックス…もう少しお前は。できる奴と聞いていたぜ」
「…ぐっつ」
シー・ライオンが回りをにらみ付ける「王立の、将校がこんな様とはな」
「うぉぉぉぉお!!」
強引に、クロックスが、シー・ライオンの腕を降り払う。
クロックスの肩から大量の血が噴出している。
外からの同時中継の歓声で、大きく響き渡る。
「いいか? クロックス。俺は肉食モンスターだ。肉食はただ喰らいつく。いいか? それだけだ」
瞬時に消える体、そして、大きく牙を向き出しにし、巨漢のクロックスに食らいつく。
「ぐああああああ!」
悲鳴が響き渡る。
クロックスが蹴り飛ばそうとするが、肩を食いちぎろうとするシー・ライオンには、まったく通用しない。
「このおぉぉ!」
クロックスが頭付きをくらわす。そして、左に持ちかえた“白紗”で、シー・ライオンの頭を狙う。
「そこそこの反応だ」
シー・ライオンが、その前に、クロックスの腹に大砲のような蹴りを食らわす。
ぶっ飛ばされていく、クロックス…
噴煙が撒き散らされる。
しかし、その噴煙を突き刺すように、“白紗”が、シー・ライオンに瞬時に向かう。
「ふむ」
牙で受け止めるシー・ライオン
そして、“白紗”が大爆発する。
…
どよめく、観客。
クロックスが前傾姿勢で、拳のアイススピック式の刀剣で、後ろへ翻ったシー・ライオンの腹に連打を加える。
「おらおらおらおら!」
突き刺さり、かつ打撃を加える、クロックス。
「肉食だかなんだか知らないが、俺がミンチにしてやるぜ」
そこにシー・ライオンの巨大化した両腕が、クロックスをわし掴みにする。
弾幕を受け噴煙のこもっていた、シー・ライオンの顔が晴れ、目が凶暴に黄色く変わる。
「いい反応だ。将校としては合格だが、俺の敵としては、不合格だ」
巨大な腕が、クロックスを握りつぶそうとする。
「のぁぁぁぁ!」
悲鳴が上がる。
だが、その瞬間にアイススピック式の突き刺さった刃が連続爆発を起こす。
クロックスは、足を振り上げ、足先ついたアイススピック式の刀をシー・ライオンに両腕に突き刺す。
握力の弱まった腕から抜け出した、クロックスは後方に飛び、背中から、二本目の“白紗”を取り出し一瞬で振り構えて、斬激下す。
縦に割れていく地面。
しかし、噴煙の中から、それを前傾姿勢で立ち向かい、突っ込んでいくシー・ライオンが、斬激を牙で噛み砕いて横にはじき返して突進する。
「くそ化け物が!」
シー・ライオンの突撃を辛うじてクロックスが交わすと、振り返って黄色い目をしながら「我軍にも欲しい人材だな…ヌハハハハ」
巨大化して伸縮する腕が、再びクロックスに襲い掛かる…。
■
「ニャハハハ! お前さんのスピードはそんなもんかい? ご機嫌だね」
ネコメがスピードを上げてくる。マイケルの兵が、先へ先へとなだれ込んでいく。
「フェーズの段階をちゃんと見てるのかい? お前さんたちにとって、この未曾有の危機の中で、モガイタところでな!」
小刀が連続して顔を掠める。
「…さっさと、本気ださないと、ぶった斬る」ネコメは皮肉な笑い声をあげ「でも、急ぐことはないしな。ちんけな賞金稼ぎに本気を出してどうする? お前らのような愚連隊組織に負けるほど、側は弱くねぇんだよ!」
ネコメの蹴りが入る。
マイケルは何をしているのか? ネコメの持ち駒は650。こっちは545。正面突破を決め込むのであれば、不利な数ではない。忍者集団は厄介ではあるが、直線の速度では、こっちに部がある。
マイケルの大砲が響き渡る。
「俺は砦とタイマンするつもりで、来たのさ」
ネコメの「砦」は、飛来弓矢で応戦する。
「そうはさせるかの助! お前の狙いは、俺が邪魔したる! いけ野郎共。愚連隊ごときに、情けなねえことするんじゃねえぞ!」
ネコメが、猛スピードで、突進し、目の前で、分身する。
俺は迷わず、一直線に斬激を振りかざす。
ネコメは、小刀を取り出し、わき腹を狙ってくる。
俺は、残激の振りかざした力を利用し、回転を始める。まるで、車輪のように。
「円月隣!」
斬撃を盾にして、一直線に、相手に二重に向かう技。
「な、なんだと?」
砦に斬撃の一波が到達し、砦に亀裂が入る。
「思ったより頑丈じゃねえか!」
回転速度を増し、二段切りで、切るため、ネコメのような俊足タイプには当たらない技だが、相手が不動の砦みたいな場合は、効果的だろう!
ネコメの砦が、大きな破壊音と共に半分に割れる。
「くっそ、砦を切りやがった!」
突破口は開けた!
しかし、同時に耳を劈くような、警戒音が鳴り響く。
「くっそお! お前ら! なんてことしやがる! 俺の降格が決定するような諸行をしやがって、軍総部の奴らが、あと2、3分以内にここを支配権にするぞ! ちくしょう!」
「マイケル! 時間がねえ、一気に突っ込め」
「おおよ! アニキ。まかせときなって」
ネコメが斬撃により動揺する中で、マイケルの軍が砲弾を、撃ち込みながら、正面突破を図る。
「お前ら、逃がすな、なんとかしやがれ!」
ネコメの軍勢が、弓矢から切り替わり、地上に降り立って、襲いかかる。
マイケルは「忍者部隊が正面衝突とは、こりゃ戦力ダウンもいいとこさ? 本当はかの有名なカラクリ屋敷を見学してやりたかったが! 今回は時間がねえ! またの機会にしますよ!」
直線的になだれ込んでいく、マイケルの突破。
俺は、砦を背後にしながら、散らばりながら、追いかけてくる、ネコメの忍者を、新劉八剣で威嚇する。
「そんなに時間がねえ。洋子は?」
「モチロン上さ 雲に隠れてね」
「よしじゃあ、俺は、アイツと決着をつける」
マイケルが、「待てよ。アニキ、これは、タイマンでも、なんでもない、ポジション取りだ。後で、あいつクラスの相手とならいくらでも戦える。ただ、この包囲網から、抜けねえと」
マイケルの250キロで加速するバイクに乗り込み「アニキ行くぞ!」
■
側と王立の包囲網により、フェーズ7という、脅威の戦争状態マジかになった16学区。お互いが支配権の包囲網を引く。
側が奈河高校のポイントを支配権の中に組み込む指示を出すものの、ニシジマは、権利の譲渡を拒否。
全体的には、側は学区内総数500ポイント(砦)を250獲得し、王立が205ポイント(砦)を獲得。もともと、それぞれの流派として、分布していた小さな集団も、あっという間に飲み込んで統率した。
どちらにしても、どちらかに付かない場合は、制裁が行われることは必須だ。
「先生は、どうすんだ?」
「支配権の区域を抜けるのがやっとな俺に公式なニシジマ先生まで頭に入りませんよ。あと20秒くらいで、総部の奴らに蹴散らされていたからな」
「クロックスは、ぼろぼろみたいね。今日の一面」
クロックスが血まみれになって、シー・ライオンにかつがれている。シー・ライオンは牙をむき出しにして、笑っている。
「覇者のランクに差がありすぎる。シー・ライオンは世界の覇者だが、クロックスは極東の覇者の1人にすぎない。なのにアイツは戦ったわけだから、勇敢とは言えるけど」
「王立もこのままでは引き下がれないな、全面戦争になるのか?」
「いや。そう簡単にはならんだろう。どちらも組織が大きすぎる。今、全面戦争の火蓋を切るのは時期相応であり、お互いにリスクが大きすぎる」とJ。
「じゃあ、クロックスはなぜ?」
「あやつはただの、戦闘狂だ。…気になるのは、側の総部が乗り出してきたことだ。王立は学区内のパワーバランスをとるために、一時的に、かき集めた、急造の軍を率いている状態で、側とは狙いが違う。かつ、数字的には多少の均衡はとれているように思えるが、急造の編成のため、戦力的に将校の中では、もっとも強かったクロックスがあの状況では、どうにもならんという噂だ。側には将軍がいるが、王立には二流、三流の将校しかおらんでな」
「パワーバランスね。で、俺たちはどうするの?」
「賞金稼ぎは戦争には加わらんほうが良い。しかし、ニシジマ君を心配しないでもよろしい。彼は、今戦争にならないことは十分に分かっている。また、彼が、学校に注意を引き付けていたのも、こちらが助かる要因に十二分になった。極度の緊張の中で、ニシジマ君は静観を決め込むだろう」
「制裁は?」
「シー・ライオンが、この学区で警戒していたのはクロックスではなく、ニシジマ君の方だろう。しかも、シー・ライオンは、クロックスとの一戦のあとに、続けざまに、戦闘をするとは思えない。仮に、ニシジマ君が王立の方につくという見解を出せば、シー・ライオンの脅威になりうる。もちろん反対の場合もあるがね。どちらにしても、側は、戦争が今回の目的ではない。新競技の提案だと、彼らも言ってたように、何かが始まるのだろう」
「先生からメッセージ届いている」
―君たち、正式な部員ではないけど。先生に一言くらい相談が欲しかったところだな。おかげで、こちらは創部以来の危機的な状況になってしまったよ。派手にやってくれたね。側の総部も、君たちの戦闘力には目を光らせ始めてしまった。ともあれ、君たちが選んだ道は、君たちが進むしかない。ちょっとでも、手助けはしたいが、今回はさすがに手が回らん。あと、うちの正式部員の佐奈は昨日転部届けを出して、正式にオセロ部の部員となった。後は仲良くやってくれたまえよ。では、風邪に気をつけて」
「なんだそれ」
「ごめんなさい、勝ってに付いてきちゃって」
「ん?」
「しかし、高校生の分際で、よく側の将校を相手に、互角に競り合ったものだね。仲間ながら末恐ろしいもんだ、ワシの改造した、武装を使ったとは言えな」
「高校生にもなれば、もう、何一つ、大人に負けるもんはないっしょ。それに、はっきりいえば、クロックスに大きな借りができちまった。でも、録画のタイマンを見る限り、シー・ライオンにはまったく、勝てる気がしなかった…」
「倍率からいって、クロックス1705倍、シー・ライオン1.00002倍の固いタイマンじゃった。あの低倍率でも、相当儲けた奴もいるだろうな」
「あれだけのクロックスの会心の攻撃を受けても、まったくダメージを受けている様子なかったもんね。武装のランクも桁外れに違うんだろう」
「しかしまずまずのデータはとれたよ。いつ参考として使えるか分からないけどね。それに、クロックスは全力だったが、シー・ライオンは、せいぜい30パーセントくらいのお遊びでしかなった。俺の知っている伝説のランクの戦いぶりでもなかったしね。《覇者の武装》もなんなのか、結局分からなかったし。王立としては、示しがつかないのだろうが、クロックスじゃない将校が相手だったら、本当に戦争になっていたかもね…」
■
「武装の砦シリーズ」 は、そのハードが更新されるごとに、さまざまなステージが付加されていく。秒単位で小さく更新され、大きくは1年ごとに、全体的に更新され、全参加者のそこで基礎データ以外のものが塗り替えられていく。マイケルは最初、遊び半分で始めたらしい。「バーチャルとリアルの中に、何が見つけられるか? そんなの、どうでもいいしょ。暇人の集団の中の運動会に、ちょっと興味があってね」とは言っていたが、バーチャルとリアルの比率が、リアルに近づいていくにつれて、参加者の本気度が増していったのは言うまでもない。
「そこにあるバーチャルにリアルの純度が増えていけばいくほど、とんでもない妄想をしてしまいがちだよね」とマイケルはよく言っていた。
リアルというのはまず、金銭の面。そして、その名声がリアルな世界に反響がある面。企業や政府が、関わっている点。そして、何よりも、俺たちなどが、それについて、語り合ったり、悩んでいたりする点…
リアルではないのは、そこで戦っている本体の能力が、ただ、このリアルな世界で、発揮することができていない点。
ある批評家は「それは階層の問題だ。海に生きる生物もいれば、陸に生きる生物もいる。いわば、これは新リアルな、そういう階層なのさ。物理的なもの以外が、そこにある。物理的なものだけがリアルとは言えないだろう? 心の痛みはリアルではないのか? そこで、語られていることはリアルではないのか? いや、そこに日夜命をかけている奴らがいる。それはリアルさ。そんな子供じみたことを、なぜいいたいのか? それはリアルな世界に問いかけてみるこったね!」
と逆説的にリアルを批判する。
アホだ。
■
高校に来る前に町を見渡すことのできる坂がある。そこから見える町は、ひどく静かだ。今ここで、戦争が起きているわけではない。
ただ、ポイントが増えつづける現在。コンタクトの屈折率を変えて見渡せば、その地形が一気に変わる。そして、そこから、戦闘がすぐに開始する。
見えている町が、その戦闘によって、変革しているのも事実だ。
俺は駅前の自転車置き場から自転車を拾い、そして商店街をすり抜けていく。「リアルな世界が狭くなった」といわれてから、すでに20年以上前から言われていた。その失望から比例するように、「武装の砦」の領域が、日々更新され、そして、日々拡大している。
ハードの外側の生くさい噂も耐えない。さまざまな弊害も出ているようだが、縮小するリアルな世界より、拡大するリアルバーチャルな世界になだれ込んだものを元に戻すことはできない。
「あくまで再設計や、改変、自由な想像力などの手に加えられた場所。しかし、そこが基礎として存在し始め、今のリアルな世界が資源だけを強固に保持し、それ以外を”仮住まい”化していく時から、人間の獲物を漁る住処が変わったのさ」とマイケルは言う。
”物騒な事件”も、おき始めている。
金銭の問題が絡み。さまざまなところで何かが暗躍しているという噂はたえない。基本的に、暗躍する勢力に対して、公の王立が、その勢力を排除していると公言しているものの「闇に消える」という事件が多いのも確かだ。
…危ないよね。最近…
洋子はときどき、情報端末で、意味深なことだけを送り。それだけ。というということが多い。「武装の砦」の範囲で危ぶないのか。それとも、リアルな問題で危ないのか…
犯罪警戒都市に指定されてからすでに5年も経過している。もちろん戦争が起きてい
る戦争都市。よりも、平和といえるかもしれないが、リアルな中での生くさいことも耳に痛い。
しかし、それに向かって、剣を振り回すことなんかできない。
漫画やアニメ、ゲームに登場するような、そういったバーチャルであるはずの凶悪な輩が、この街にいることも確かだ。
洋子は、そいつらが直接的に危険といっているわけではない。
「きっかけ、スキ、それを放置している政府」
について、危機感を募らせているのだという。
ただ、どちらにしても、関心がどんどん薄くなっていることも確かだ。
俺も感受性が強いほうではない。
王立や、世界企業の集団の“側”に加えて、血なまぐさい凶悪な徒党の話は、毎日流れている。王立や“側”は、それを組織的に排除することによって、ゲームの健全性を訴えている。
そういったことが問題視されたのはかなり以前のことで、慣習化のようになってしまうと。そういった出来事事態が、そのゲームの中でのリスクとして受け止めら始めた。
武装の砦には、戦闘のルールがあるが、戦闘のルールを越えたところで、精神的な影響を及ぼすものがある。武装を剥奪する、砦を奪還することにおいては、プレイヤーに後遺症はない。
しかし、ルール外で、徹底的にやられた場合、ゲーム内で知覚した影響が、そのまま現実社会の精神に影響を及ぼし、廃人化するということだ。
それを、単純に「破壊」と呼んでいるが、これは法令によって禁止さえているし、実際にゲーム内の、王立の監視隊によって、厳しく監視されている。
しかし試合ではない<タイマン>は世界同時中継の機能を備えているため監視がかならず付くが、現場に監視体制があるわけではない。
「破壊」を行った者は「破壊者」として、王立に、追われつづけることになるし。捕らえられたら裁かれる。
ゲーム内の廃止などを訴える運動もあったが、結局、このゲームのもつ収益力と、政府のルールの徹底化を下に、現在も「破壊者」が出つつも、ゲームの領域は秒単位で拡大し、更新されている。
■
マイケルの家は高台の上にある。「意味深だろ?」と一度聞いたことがあるが、面倒なので、詳しくは聞かないことにしている。
今日は、マイケルの学校でのオフィシャルな活動の日。俺も付録ではあるのだが、オセロの関東大会決勝があり、余裕綽々で、大会に臨むというとこなのだが…
どちらにしろ佐奈がいるだろうし、面倒だな~とも思う。
「なぜ、将棋でも碁でもなく、オセロなのか? それは俺が、本当の意味で、白黒つけたいからさ!」
と、マイケルは言うが、
「碁だってそうだろ?」
と切り返すと。
「全然ルールが違うだろ」と言う。「アニキはさ。どうすんのよ。これから? 大学行くの?」
「まあ」
「そうか。まあ、別にいいけどさ。俺は、ちょっと、いろいろ誘いがあってさ。どうしようかって、思ってたりする」
「悩んでる?」
「いや、選んでる」
「上から、目線だよな」
「そうだね。まあ、才能のある奴ってのは、常にそういう感じでいないとさ。アニキと今やっていることも、まあ俺の宣伝・広報活動みたいなところもあるしね」
「ふーん」
「それよりさ。来週、久々にオセロ部の集まりがあるじゃん。俺は、ある意味、そこにかけては愛校精神があるというか、伝統と格式。まあ、普通にコイツに負けたくないわけ」
パンパンとタブレットを叩くマイケル。
「賞金も狙っているのか?」
「賞金も、名誉も狙っているよ。ガツガツいかなきゃならんしね。ただ、今、武装の方が、ちょっと、下手すると追い込まれるから、安全圏までとりあえず、避難しておきたいわけさ」
「俺も、お前くらい要領がよかったら・・・」
「そんなお世辞より、今のピンチを考えようぜ。街に出ても結構マークされているしさ。俺は、戦士としてはさ非常に不安なんだよね。単純な弱肉強食のリングの上に立つのはね」
「遊撃弾も封じてるし、らしくないよね」
「まあ、シー・ライオンの部隊がある今じゃ。とりあえず、地下活動的にさ、ひっこんでいるしかないだろ。レベルが違うからさ。正直、計算だけだと、非常に気が滅入るしね」
「あいつらは何が目的なの?」
「ようは、外側の問題だろ。ソフトの新規拡大と、それぞれ出資している各国との軋轢とか、企業の覇権争いというかさ。まあ、そんなのはプレイヤーとしては、迷惑な話でしかないけど。すくなとくとも、“側”の領域の拡大、ルールの改定とかは、あれは外側の圧力による政治的な話だろ。まあ、それについては、今いろいろ批判は出ているよ」
「ふーん」
「俺たちみたいな浪人の集団みたいな徒党はさ、そういうところは、するする抜けていかないとさ、すぐに、やつらの手中の中に落ちてしまうしさ。とりあえず、学区から、どんどん離れて行こうぜ」
■
マイケルは征服とか、制覇というところに興味はないらしい。クリアすることよりも、その過程から見えてくるものが好きなんだとか、どうだとか、「旅行行ったときの最終地点が面白いか? っていったら違うじゃん?」みたいなことらしいし、分かる気がするけど、そういう言い方はズルくね? と思うときままにある。
佐奈から、「シュミレーションルームにいるから、引きこもり中の私に話しかけたいならどうぞ」というメッセージがあった。
なんとなく、分かる気もするけど、分からない気もしない「お菓子があるならね」と返事すると
「あるよ…」
佐奈は、そして第一印象としては根暗っぽい女の子だ。ときどき、よく分からないことを言っているようなときがあるが、あまりそれについて触れないようにしている。
「いらっしゃい、そこ空いてる」と席を指す。
「戦闘疲れた? ときどき辞めたいと思わない? 飼いならされたプロを目指すつもり?」
「そこには興味ないよ」
「そう」
「それよりお菓子は?」
「そこ。そこにある」
「じゃあ。もらうよ」
佐奈の眼帯の秘密を教えてくれたのはマイケルだ。佐奈は失明しているわけではない。右目が特殊な形に改造されて、生まれてきている。そういう話らしい。
「正直オセロ部に来るとはおもってなかったし。これから、どうすればいいと思う?」
「そんなことはマイケルに相談してくれよ。俺は、悩み相談とか苦手」
「ふーん。気楽なんだね」
「そうそう」
「本当はバカなフリをしているだけなんでしょ?」
「あ?」
「私は少なくともそう思っている。だけど、面倒だから相手にしないとか」
「ああ。そんな話? やめようよ。学区内から、飛び出しただけで、もう、とりあえず、ラッキーだったじゃん」
「先生が一番大変だったんだよ」
「ん…そうかもね」
正直面倒クセーと思い、「あ、そういえば、俺、ちょっと用事があったんだ」と立ち上がろうとすると。
「用事なんてないでしょ?」
「いやあるって」
「じゃあ、その用事は無視して。とりあえず。どうせたいしたことじゃないんでしょ?」
「なんなんだよ」
「あのね…私、早く結婚したいの…」
「あ? え?」
「目標は18くらいまでに、だけど、マイケル君どう思っているかな?」
「知らんけど」
「なんか、そこらへんが、ものすごく抜け落ちている気がするから、今度、親友として突っ込んでみて?」
「ええ~。面倒臭え~。そんな話一度もしたことねえな? え。だって何? どういう話題の展開でそういう話になるの? あの、お前、結婚とかどうんすんだよ? とか。…ありえん」
「ありえん? って何? 一番重要な問題でしょ?」
「うーん。面倒きわまりないな。いや、そこは、むしろ佐奈が突っ込めばいいじゃん」
「やだ」
「やだって…」
「私からだとね。本心が聞けない気がする。だけど、ニキータなら聞けそうじゃん」
「スパイかね? あーやだやだ…」
「もう約束したから。女の約束破ると、後が怖いよ」
「今度は脅し? …はあ…」
■
学区内から抜けたはずなのに学校に来るなんて面倒な話だ。しかも、ポイントは、ニシジマ先生が死守しているものの、監視体制が厳しい。通学路を変えようかと思ったくらいだが、「不自然な行動はやめておけ」とマイケルに釘を刺され、同じ道をたどっていくことにした。
ただ、普通に歩くだけでも、様子が違うことを肌身で感じる。数値を見ても、一週間前と、まったく状況が違う。
“側”と王立が、睨み合いをきかせ、ニシジマ先生がクロックスに負けた試合の本質的な行方も“側”の乱入で大会自体が流れてしまった。
優勝確実のクロックスは、シー・ライオンとの戦いで、長期戦線離脱を余儀なくされ、戦争状態に危機感をいただいた中堅戦士達は、辞退を次々に申し入れ、結果的に佐奈が大会の優勝者となる形となった。
もちろん“側”は、“遊泳衆”を追っている。“遊泳衆”とは、マイケルが適当に名づけた名前だが、将校戦の記録はすでにかなり広範囲に流れている。
「<タイマン>はしばらく、絶対するな」とマイケルにきつく言われた。「1対1の戦いが、すぐに対数千、数万の戦いを呼ぶ。俺たちの手ごまはせいぜい五百がそこそこだ。数でも勝てないし、とりあえず、集団の質としても、遥かに及ばない。シー・ライオンが引き連れている一個師団は、世界有数のエリート軍隊だ。ただし、学校にポイントはある限り、彼らはルール上、何かがない限り、不自然な戦いはしない。また、通学路も、側と王立の一触即発を懸念して、ぎりぎりの緊張感の中で、何かがない限り、何もおきないはずだ」
ポイントが学校にある限り、すぐにでも、俺たちは、この学校に戻ることができる。また、タイマンは、征服下にないポイントで、いつでもすることが可能だ。
「私は心配なのよね。マイケルとニキータがなんだかんだ言っても、“側”か、王立突っ込んでいくんじゃないかって…」と洋子はびくびくしている。
正直、売られた喧嘩は買うほうではあるが、数万人を相手に1人突っ込んでいくほど酔狂ではない。
しかし…
個人的に、メディアでしか聞いたことのない有名戦士が、この場に集っているのも事実。そして、マニア垂涎の武装がごろごろ集っているのも事実…
■
マイケルの言うように16学区が世界的な注目を浴び始めていたのは確かだった。その理由についてはさまざまな憶測があった。“側”は一方的に、公のルールの改定を標榜し、それを公表しかつ、認知させるために、この場所を選んだらしい。
王立は、そのルール改定に対し真っ向から、対立する様子ではあるが、世界四大覇者の一人であるシー・ライオンが“側”の陣頭に立つ中で、王立の手薄さが連日報道されている。
王立には実質総統にあたるマーガレット・リーという世界四大覇者の一人がいるが、彼はこの地域に出向くといった話もなく、かつリーからのコメントはいまのところ一切ない。
さらに、学区内から物騒な噂が広がり始めている。「破壊の横行」ともいうべき噂だが、これについては噂レベルにしかなっていないところも問題視されている。
戦争の準備をし始めた屈強の将校たちが、緊迫感の中で力をもてあまし、裏で、破壊を行っているという噂や、各国から闇の壊し屋が、流れ込んでいるという噂もある。
実際に“側”が強行的に、ルール改定の上の大会を催せば、世界的な注目から賭け金は、初戦からすさまじいことになることは間違いない。優勝はできなくても、ファイトマネー目当ての腕自慢が集まってもおかしくはない状況だ。
■
「日々、屈強な戦士たちが来日してくるなぁ~」とマイケル「正直部外者面して、お目にかかりたいけど」
「暢気なこと言って、でも、どうするのこれから?」と洋子。
「まあ、難しいところだよ。基本的に俺らはお訪ね者だからね。派手にも逃げられんし、元にも戻れん。追っ手のレベルも高いんだな、これが」とマイケル。
「なんか、普通に登校するのも、びくびくしちゃうのヤダ」と洋子。
「しばらくは、みんなで楽しく登校するしかなくね? 小学生みたいにさ」とマイケル。
「面倒な話だね」と俺。
「とりあえず16学区内でのタイマンは事実上できない。ただ、俺たちを監視しているやつらが学区内で、戦闘にもちかけることは十分にある。それなりに対策はしているけど。まあ。いろんな意味でこらえるしかないかな。あとくれぐれも“側”の方のルートはよほどのことがない限り近づかないこと。王立の分布図を通って、いくしかないね。あとは個々人でしっかりフィルター設定をした上に、爺さんが、さらに決め細やかな処置をしてくれるらしいからさ。最悪の場合は王立に保護してもらうのもありだとは思う」とマイケル。
■
マイケルがシュミレーションルームにて、「アニキも、どうせ退屈すると、よからぬことをするタイプだと思ったから、爺さんと、シュミレーションのゲームを作ってみた。ニシジマ先生が、冷やかし程度に言っていた、ゴールデンボーイといったところもさ。クロックス程度のやつらが、うじゃうじゃいる今だとさ、なんてことない」
「早くしてくれよ。俺は、本当。新しい武装をいろいろ手に入れたくてさうずうずしているんだよ」
「まあ、話を聞けよ。俺たちはこれから、お姫様を助け出すわけでもない。最初は、お遊び半分、それと、少々のお金か稼ぎと、売名行為みたいなものだったわけ。もちろんゲームに勝ちたいという欲求。そのものが目的とも言えるのかもしれないけどさ」
「話が長げぇ」
「とりあえず、仮想、30パーセントと想われる、シー・ライオンの衝撃波などを、どれくらい受けられるのか、やってみてくれよ。今16学区の中では、やつほど強いやつはいないとは思うがさ」
■
フィールドへと、スイッチする。
目の前には荒野。とくに普段のフィールド何も変わらない景色。
クロックスが完敗したシー・ライオン。マイケルが当時の攻撃を分析して再構築してくれた。
「じゃあ、とりあえず、目の前の対象に向かって、全力で斬りかかってくれ、その反動で、衝撃波を返す。クロックスの攻撃の参考知も、こっちにはあるから、攻撃力もとりあえず測る。全力で頼みますよ!」
「はいはい」
目の前に、人間の形を象ったホログラフィが、自分に向かって構えている。
もし、シー・ライオンが目の前にいたら、威圧感などなどで、切り込むスキも与えてはくれないだろうが…
とりあえず、まっすぐに、突進して、斬撃を盾にして切りかかる。
「はい。返します!」
足元に大きな衝撃が走る。ホログラフィから、突如閃光。
俺は上空へと、飛び立とうとするが、間に合わない。
再び斬撃を振りかざす。
「ぬっ…、ぐぐっ…」
切っ先から、超重量を感じる…跳ね返せない。
とっさに衝撃波のコアに向かい、角度を変えて突き立てて、こちらからも衝撃波を送り込む。
…
大爆発が起こる。
…
「やりすぎたかな…」とマイケル。
「いいんや。あれくらいで、参ってもらったら、今の町では一瞬にひねり潰される」とJ。
■
破壊屋の中でも、神と呼ばれるようなやつらがいる。破壊屋は、孤高な存在であり、基本的にはつまはじきものでもある。組織に属さず、ただひたすら高貴な武装集めに没頭する。また、その手に入れた武装を売りさばく破壊屋兼商人もいる。破壊屋とはグループに属さず常に「タイマン」のみによって修練を重ねていくタイプだ。
高校生を中心にすえたグループで500人クラスの軍勢を持ち、そこにメインのプレイヤーとしている現在の状況では、正式には破壊屋とはいえない。むしろ現在はマイケルの功績もあってか、その世代のグループの中で注目されるような存在になっている。
マイケルは「あくまで一時的」と断言しているものの、「タイマン」や学区外の「リーグ戦」の申請がどこからともなく大量に受けるようになっている。
中には佐奈のファンもいるようだ。
戦況や個人データの分析はオープンになっているため、 そのデータをもとに引き抜きのオファーも届く。
王立や“側”といった巨大な体制の下に無数の共立の軍団があり、またそれとは別に第3勢力的と、新興勢力が絶えずしのぎを削っているため有望株への勧誘は絶えずある。
「数十万クラスの組織にとって、千人規模の組織は、非常に目障りなんだろうね」とマイケルは良く言うが、戦争状態でもない限り、ルール上は、それぞれある程度の拮抗した条件での戦いとなるため、「そこでの、駆け引きについては、ある程度はまかせとき」と、胸を叩いている。
勧誘については「協調路線は、まあ、別に考えてやらんでないけど。吸収型だけはごめんだね。まあ、協調路線も、メリット優先の話だから、あんまり気乗りしないけど」
今回の脱出劇で「悪目立ちしすぎたから、まあ、しばらくはトレーニングと様子見かな。現状では、目下の状況で、すでに小競り合いの中、魅力的なタイマンによる潰しあいも始まっているし、まあ、一触触触発戦争状態だからリーグ戦はしばらく、学区内ではないわけだしね」
■
「俺参戦したい」
白い目が集中する。なんだってんだ? まったく。
「目的は? 代償の方が大きくつくところに目に見えて。バカなんじゃないの」と洋子。
「いや、だって、こんなチャンスないだろ」
「死ぬよ」
「俺は、ニュースで見たよ。新しい大会の開催で、これは戦争じゃない。よくよく考えれば、側と王立が戦争しないなら、こんなに安全なところもなくね?」
「一理あるな」とマイケル「たしかに。危ないけど、一番危なくないともいえる。もちろん、大会のランクは最高レベル。賞金も…」
「お金に目がくらんで?」
「誰も、優勝できるとは思ってないし、新しい武装が欲しいんだ。そもそもクロックスのが欲しかったんだけど、それもない。でも、今回参加する奴の中にはいるんだよ、そう簡単に対戦できなさそうな奴が」
「1勝が、普通の大会の優勝レベルみたいなね。経験としてさ」
「スポンサーもいろいろ目を光らせているわけだし…まあ、俺たちのようなレベルでない愚連隊も、かなりいるしな。かき消されているよ。正直、追手も、うやむやで、ほとんどノー警戒。ノープロブレム。あれ、なんだったんだろ?」
「え~。マジでいってんの?」と洋子が警戒する。
「そうそう。挑戦者の方がおもしろいじゃん」
「一回勝って、辞退するのもありだから」とマイケル「カッコ悪いけど。ファイトマネーが一回戦でも半端ない。優勝が目的じゃないんだ」
「汚い。なんか汚くない? ねえ?」
「そうかな? 逃げ出すよりマシじゃね?」
■
「最近妙に熱心じゃな、しかも、特注の武装を注文するとは…骨が折れるよ。毎日徹夜じゃ」
「頼みますよ。本当。もう。エントリーしちゃったし、後には引けねえ」
「大義があってこその戦い。おまえさんの大義は?」
「より高い武装を手に入れ、自分より強い奴に勝つ」
「ふむ、正直、個人戦では、お前さんはかなりのレベルだと思っておる。しかし、ムラがある…」
■
“遊泳衆の壊し屋参戦”は、ネット上でも話題になり、「破壊屋マジ殺す」などのメッセが続いた。洋子は、これを見ていらい、不機嫌オーラを出しまくりで、話しかけても、一言、二言で終わる。
でも乗りかかった船だし、まあ、指を加えて見ていられる性分でもない。
「対戦カード決まったぜアニキ。メキシコのピラニアって言われている奴だぜ…」
マイケルは笑う。
「あだ名からして最悪そうじゃない…」洋子が口を開く。
「うーん。まあ、殺傷能力高いな。メキシコ国内の覇者。めちゃ強えぇ」
「ビジュアル見せて」と洋子「…どうすんの? ねえ、野人みたいじゃない。ねえ?」
「クロックスと変わらん、戦闘狂だろ?」
「まあな。でも。アニキやりたいんだろ? 俺は止めないな。今回。強い奴だけど、悪い噂はない。凶暴な殺人マシーンみたいだけど…ちょっと。見て見る、戦績とともに? エグイ戦いかたしているよ」
「マイケル、完全に他人事みたいじゃん」
「んなことないって。勝利のため、賞金のため、名声のため。俺は、アニキのために、なんでもやりますから、シュミレーションのコンセプトを作らんと…何徹でもするぜ。ほんと」
「ほんと骨が折れるよ。一世一代の武装を開発しろと」とJ「しかし、難儀な奴と当たるな。一発が致命傷になりかねない。とくに、接近戦でつかまれたら終わりというか、引きはがせない。まさにピラニアじゃな」
「肉体に埋め込まれている武装。爪と牙… アニキの斬撃がカギになるな。アウトボクサーみたいに」
「スピードもある」
「ねえ? 毎度のことだけど、なんでそんなによってたかって嬉しそうなの? おかしくない?」
「今回のルールもちゃんと研究せんとな」
Jがほそくそえんでいるところに。
「私も出るから…」と佐奈が、入ってきた。
■
佐奈は、頭がいい。マイケルが本気になっているってことは、そういうことなんだろう。しかし、俺は苦手。
一言一言が、胸に突き刺さるというか、的確だったりして、冗談言っているときも基本的にキツイ。
目線もそうだ。伏し目がちのようで、キッと見つめている。もし、戦うとしても、その目線に注視したらまずいみたいな。
疲れる。本当に、なんか緊張を要する感じで、確実に怒られるのが分かる。
「私と、タイマンしてみる? とりあえず…校内最強決定戦みたいな…」
「え?」
「私、やりたかったんだよね~密かに。ずっと。でも、中々言う機会なくて」
「マジで言ってんの?」
佐奈はじっと見つめて、
「マジ。超マジだよ」
■
「ニキータ。私が勝ったら。その武装貰うから」
「ったく、先生の仕向けた罠なのか?」
「なに?」
びんびん佐奈の殺気が伝わってくる。まったくなんなんだ?
「私がアナタを殺したら、大会にも出れなくなる…」
一機にボルテージが上がる。くそやべぇ。くそ本気だ。俺は武装を抜く。
佐奈は弓矢を引き、構える。
矢には相当数の呪術がかかっていて、矢そのもののダメージ以上に危険だ。
俺は、こうなったら仕方ないと佐奈の武装破壊のみに集中することに決めた。
「いいわね。目つきが変わった」
俺は、迷わず、直線的に斬撃を盾にして突っ込む。時間をかけた勝負じゃ負ける。
佐奈は上空に向けて矢を放ち、矢が数千本に分かれて、上空から雨のように降り注ぐ。
「マジかよ」
俺は咄嗟に上空に斬撃を振りかざし、また地中に向けて剣を突き付け衝動波を送り込む。
即席の防空壕のようになった、穴に見を隠し、上空を見つめる。
佐奈の矢が地上に突き刺さる。毒矢のようだ。
「考えたわね」
佐奈が上空から、弓を引く。
しかし、上空の佐奈はダミーだという気がした。
佐奈の生体反応を正確に探る。
俺はその地中から斜め向かいに円月燐を繰り出す。
完全にモグラたたき作戦だ。
佐奈はスピードもあり、至近距離の斬り合いに持ち込まない限り、勝機はない。しかもかなり変幻自在の技を駆使するところもあって技巧派だ。頭の計算の速さの勝負とかでは、どう頑張っても負ける。
カンで行くっきゃない。
「破壊屋さん、どうしたの? 弱気?」
くそっ。覇者め。言うよな~。
斜めにつき進む斬撃の方向に直進し、地上に出る。
「殺しちゃうよ」
佐奈の声が聞こえる。
空から降り注ぐ矢の雨。
「あんまりこういうのはやりたくなかったが」俺は、爆発が起こるように、舞台の中心におもくそ剣圧をあてる。
剣圧で潰れた舞台が砂状化し、爆煙となる。矢の雨と粉塵であたりが濛々とする。
佐奈が粉塵で動揺するところは見逃さない!
「えっ」
「喧嘩の常套手段、目つぶしなり! みーっけた!」
俺は佐奈の肩を掴んだ。
その直後、ブザーが鳴った。
―おいおい! 俺の彼女に何してくれてんの? そこ。
マイケルの声だ。
「いいとこなの邪魔しないで」と佐奈。
―そういうわけにもいかんだろ。アニキも本気になりかけてたし。ダメだよそういうの。遊びが本気になるとかさ。しかも手が汚い、目つぶしとか。女性に対しては最低のやりかただよ。
この口調からして、この戦いの発端からマイケルは見ていたかなと俺は思った。彼女に危害が加わりそうになったら、口出しか…ちぇっと思う。
―佐奈ちゃん。アニキは、戦いが野蛮だから気おつけなきゃダメだよ。勝てばいいみないな感じでさ。
「いいじゃない」
―ダメダメ。
「じゃあ俺が、この戦いを紳士的に進める場合、どうしたらよかったわけ?」
―ふふん。それね。まあ、アニキもわかっているように、咄嗟なこと、トリッキーに眩惑させるのは戦闘を優位に進める常套手段の1つだけど。正確に相手の位置を把握し、距離をとって闘うのが佐奈ちゃんだから、アニキは斬撃でも、複数形を選択すべきだったんじゃないかな?
「…なるほど」
―基本的にアニキは相手の予測を崩そうとする癖があるけど、飛び道具なら飛び道具で戦ったほうがいいし。能力的に接近戦ではアニキの方が勝っているわけだから、飛び道具で五分五分に持ち込めば、普通に勝機は出てくるでしょ。だから、相手の武装の学習はちゃんとしないと。
「でも、普通に私はとらえれたと思う?」
―アニキの複数形の斬撃は結構すごいよ。佐奈ちゃんのように全方位的じゃないけど。斬撃に囲まれて、その後の展開を狙われたら、厳しかったんじゃないかな? ただアニキは最初から、引いて戦っていたから。…まぁでも、咄嗟の状況判断で、むりくり戦局をひっくり返すのは、俺の頭じゃ無理だけどね。相手の攻撃スタイルへのアンサーがセオリーだけど、アニキのはアンサーじゃないからさ。冒涜かな。
■
佐奈は自分の戦闘の履歴を繰り返し研究するという。勝負を途中ではばまれ、自分に不利な形で終わったことに大分納得がいかないようだった。
俺は俺でマイケルに呼び出され、わりとカンカンに怒られた。「ありえん」と。
「とにかくアニキの戦法ってさ、実践で、強くなっていくような感じだよ…」
ひととおりの文句を言ったあとにマイケルが呟いた。
「カンっていうのかな。だから、あんまりトーナメント戦で勝ち抜くってタイプじゃないんだよね」
「なにを今さら…」
「次の対戦終わったら、解散しようか? アニキ?」
「え?」
「今の状況だと、俺は、そうしか思えない。側と王立に囲まれて、袋のネズミだし。トーナメントなんて、ほら、優勝するのなんか無理だろ」
「ん?」
「各国の代表クラスの覇者が集まっている。中ボスクラスがうようよいるようなもんさ。だから、アニキが試合が確定し武装を手に入れた瞬間に、解散さ」
「そのあとは?」
「別に、どうのこのうないだろ? ゲームでまた、チームだって作りなおせるしさ、でも、ちょっと先になるかな。カジノだってそうさ。株だってそうだよ。試合から降りるのも、また勝負なんだ。これは、アニキには、わからないかもしれないけどね」
「わからん…わからんけど、マイケルの決断なら、従うよ」
「ふふっ、まあ。とにかく、次の奴だけは倒しておこうよ。俺もかつてないくらいに、そこに対しての分析は集中するし、Jにもお願いする。あとは、普段通りにみんなやってくれたらいい。俺はアニキにしか伝えないよ。みんな怒るかもしれないけどさ」
■
「わいわいしとるな」とJ「これだけのクラスの大会が、ここで催されようとは」
「アニキは勝てますかね?」
「勝てるかもしれんな。だが、実力差は歴然」
モニターを見ながらJはほくそ笑む「しかし、一世一代の武装で勝負したとき、あいつはどうなるのか分からん。見た目は4回戦ボクサーと、チャンピオンの戦いみたいな感じだが、それでもな。わからん」
「クロックスよりは強いわけですよね」
「んまあ」
「でも、ここにエントリー許可良く降りたな…アニキって、意外に大会外成績がエグイっていうか、タイマン成績ですよね」
「そう」
「倍率35対1.03…結構シュミレーションしてますけど。アニキの腕が食いちぎられるとか、なんかエグイのしか出てこなくて」
「ポイントは勝つことだけに専念すること。それ以外にはない、久々に破壊屋の異名の所以を見せてくれるかもしれんぞ?」
「どういうこと?」
「ただ、相手を破壊することのみに集中する獣。そこに、一寸の慈悲もスキもない。殺すか殺されるかの生き残りをかけた戦い。アイツだって、今度の敵がどんな相手かは分かっている。最初から、殺しに行くだろう」
「なんか、武者震いしてきた」
「ち―と。昔のアイツの秘蔵映像を見て見るかい?」
■
公式戦を外れた高倍率のタイマン戦。試合のように直接レフリーが仕切ることはない。Jが言うにはアニキは、一際高価で目立つ武装を持ちながら、それを一切使わず、それを狙うさまざまな強豪を軒並み倒してきたという。クロックスも欲しがっていた武装。いまだに俺もそれを使用したところを見たことがない。
アニキの戦い方はえぐい。すぐに殺れればいいみたいな感じで、1発勝負のような感じだ。試合を見る側からすると、あっけなさすぎるようなところもあり、興奮するスキもなく、背筋が凍るだけだ。
なぜ、こんな凶暴だったアニキと、組むようになったのか思い出してみる…この戦闘を見る限り、アニキは殺人マシーンにしか見えない。ただ、偶然出会ったときもそうだけど。アニキは別に、普通だ。誰も彼もに、殺意を向けているわけではなく、生存本能のように戦っていただけなんだ。
俺は、その個人能力の高さに目をつけてスカウトした。そもそも、俺自身には中途半端な戦闘能力しかなく、個人戦では、完全なるアウトボクサータイプ。相手の弱みとスキをしっかり分析した上で、そこを突いてゲームを終わらせるといった戦い方。
アニキは違う。相手さえも思ってもみなかったような致命的なゾーンに無理やり食い込んで、そこを突き刺す。戦略ではない。力任せに振り切ったところで、相手がバランスを崩した瞬間突っ込んでいくタイプだ。
バランスが崩れるか、崩れないかは予想ではない。相手が持ち直そうとする判断の前に、アニキは一歩踏み込んでいく。そして、決して応酬しようなんて思っていない。1発で常に殺す気だ。
喧嘩というよりは決闘という言葉がふさわしく、息の根を止めようとする。
佐奈に手をかけた瞬間が攻撃のタイミングだったとしたらぞっとする。
アニキは相手の読み違いや、判断の狂いを見逃さない。それが高い攻撃センスとして評価されている。
「攻撃している間は最大の防御さ」
と言っていたのを聞いたことがある。
相手が怯み、防御に回った瞬間。相手の攻撃力はもちろん低下する。一方的に攻め立てているようでもあるが、相手に攻撃するスキさえ与えていないということなのだろう。
相手への破壊(殺し)を禁じているゲームでのアニキは、その意味では、常に押さえていることになる。
だが、今回は抑える必要はない。アニキが全力で振り切っても、中々倒れるような相手ではない…
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解散を口にしてから、みんなが業務的な伝言以外、口数が少なくなった。不本意なのか、納得しているのか、なかなか表情には見せない。
とりあえず、予防線は張ったつもりだ。アニキが仮に負けても、あのクラスの試合で、再起不能にされるといったことはまずない。
試合のレフリーも、クラスが上がれば、ミスジャッチは少ない。
佐奈は、アニキと戦って、負けたことを、口に出してはいわないが、今回の大会には参戦しないといった意思表示をしてくれた。
Jは血眼になって、最後の武装の開発と、無口になったアニキを詰め込んだシュミレーションルームに徹夜で入り浸っている。
アニキは覇者の資格をもっていない。佐奈は、第16学区の覇者であり、トーナメント戦は、メンバーチェンジ可能なルールになっているので、第16学区の覇者の権利は、側も、王立ものどから手に入れたいほどだろう。
どこの企業ともつるまず、あくまで地道に作り上げてきたチームを解散させるのは、アレな話だが、今、この学区の様子の異様さ、監視体制の中で、逃げ切れたり、振り切ることは不可能だと思う。
チームを解散させれば、すべてのメンバーがフリーになる。俺もそうで、再び、同じメンバーを交える結成には一定期間の猶予がなければいけない。
その間に、ほかのチームに引き抜かれたり、あるいは別のチームを作ったりと、そこは予想ができかねる。
ただ、俺から見て、このチームのメンバーは、これからも変わらないと思う。
それは、新天地であろうが、どうであろうが…
佐奈とアニキの戦力を同時に失うということは、かなりの痛手だが、正直このクラスの大会にチームとして参加できるということ自体、俺にとっては貴重な経験だ。
世間では、絶対的にアニキが不利。そして、俺もそう思う。掛け金だって普通なら相手側に100%投資だ。
しかし、心の中ではアニキに勝ってほしいと思っている。
相手のデータや分析は死ぬほどやるし、アニキに伝えられる情報は全部渡してやる。
ただ、状況は全然甘くない。まさに四面楚歌っていう奴さ。
獰猛な野獣の軍隊に囲まれている。いや挟まれている。さらに、第三勢力や古豪がひしめき合い、この過剰さは新大会という名のもとがなければ、凄惨極まりないものになるだろう。
彼らには巨大なスポンサーもつき、絶対的に勝たなければならないといった商業的なノルマを抱えているわけだ。
だから、アニキはまさに噛ませ犬で、誰も勝てると思っていない。
アニキの対戦相手は、側や王立の兵士ではなく、第三勢力群のホープの1人だ。アニキは高校生だが。相手は20代前半。そして覇者だ。
正直、どこまでやり合えるのか。といったところに俺は注目している。それは実践という名の貴重な経験であるはずだ。
絶対に勝てない。勝てるはずのない可能性を探ることに俺は情熱を燃やすタイプだ。心底勝てるとは思っていない。だけど探りたい。そして、その評価を幾分で揺るがせたいと思うタイプなのだ。
そういう意味では、クロックスは、まさに勇敢だった。
彼はシー・ライオンに負けたが、しかし、予想よりも遥かに高い次元で戦っていた。
強い相手が、弱い相手を蹴散らすよりは、はるかに見応えがあった。
俺は、そういったことを絶対に口には出さない。
負けは負けだ。と口では言い切る。
ただし、どう戦ったのか、どういうふうに負けたのかは、戦績上のデータとして残る。またチームを運営していく身としては1かバチか、みたいなマッチメイクは普通はしない。
しかし、今回はそのときだろう…
■
金髪で長髪。巨躯をゆっくりと揺らす。体は赤黒く、目も赤い。
前傾姿勢で、今にもスタートダッシュしそうなスプリンターのような感じだ。
牙が口からはみ出している。
試合の開始3分前。
アニキは、武装を眺めながら、ひどく穏やかに見えた。
破壊屋の異名をとったアニキ・・・
「これが、最後なのよね」と洋子
「チームメイトとして、やるだけのことはやったんじゃ」とJ。
「そうそう」と、先生。
え? 先生?
「なんだかね。 心配だから。来てしまったよ。でも、リアルに伝説のゴールデンボーイの試合が見れるなんて。そうはないからね」
「胡散臭い」と佐奈。
アニキの周りから濛々と煙が立ち始めている。
「勝負は一瞬」と先生。
“メキシコのピラニア”ことギンザは、牙から唾液がこぼれ始めている。体に無数に埋め込まれている刃が、全身から飛び出すが、二本の牙の貫通力、攻撃力は尋常ではない。
アニキは正面から向かう構えを見せている。
「始まるぞ」とJ。
試合が始まる。
ギンザは上空に飛び上がり、その後に、高速回転し始めた。
高速回転した全身の刃のまま、相手を微塵切りにする技だ。
アニキは、まだ動かない。
静かだ。
ギンザの高速回転の軸が揺れる
まき散らされる高速刃と共にギンザがアニキに突っ込んでいく。
アニキは、剣をギンザに向ける。
剣の先から丸い黒い球が飛び出し、それを、発射する。
発射した瞬間に大爆発。
噴煙になる。
俺は、特殊なスコープを突け、噴煙の中を探る。
全身ハリネズミのようになったギンザが、回転をやめ、空中で躊躇している。
「これがわしの傑作よ」とJ。
「考えましたね、あれでは剣と剣のやりとりにならない」と先生。
「爆発型の剣戟じゃ、触れたものを爆発させていく剣」
接近戦を得意とするギンザが、舞台に立ち。自分の牙に手をかけ、それを抜く。
そして、それをおもむろに、ブーメランのように投げる。遅い。
アニキは後方に一歩下がる。
牙はその後、巨大化し、ヘリコプターになる。
重い風圧の高回転。
アニキは舞台下を狙い剣圧をかける。
舞台が沈む。
ギンザが再び全身から高速刃を飛ばす。
舞台が爆発する。
そして、さらに大爆発する
ギンザの体力ゲージが減る。
連鎖的に、ギンザの高速刃が爆発していく。
ギンザの牙が回転やめ、長い棒状のようになったまま、その先端が曲がりくねりながら、アニキに直進する。
さらに、牙が枝分かれするように先端を増やしていく。
「あれか…」と先生「巨大な租借獣の大技…」
増えた先端が獣の歯型のようになり、アニキに襲い掛かる。
その前に跡形もなくなった舞台の外側に牙の先端が突き刺さる。
ギンザの高速刃の抜けた体が、柔軟になり、舌のようになって、突っ込んでいく。
と同時に、牙が四方八方からアニキを取り囲み、距離を縮めていく。
アニキは自分の体を高速回転させはじめる。
差し迫る牙が爆発していくが、強度の固さからか、完全に崩れない。
アニキはそのまま、突っ込んでくるギンザに正面衝突するように飛び立つ。
アニキの一振りが、ギンザ柔軟な体に直撃し、その後大爆発するが、その爆力をゴムのように柔軟に吸い上げていく。
破壊しきれない牙が高速回転するアニキに襲いかかる。
アニキはダメージを受けながらも回転をやめない。
ギンザも、爆撃を吸収しつつも、ダメージを受けているようだ。
アニキは回転したまま黒い球を連射し始める。
爆発の間隔が均等ではない。
「フレアの爆発みたいだ」と、先生。
アニキのゲージとギンザのゲージがどんどん減っていく。
「このまま行く気?…」と洋子。
その後巨大な爆発が起こった…
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濛々とした煙が立ち込める。
試合確定はしていない。
舞台はめちゃくちゃに破壊されている。跡形もない。
アニキの姿が見え始めた。
アニキは、ギンザの牙を体に受けながらも、振り切った格好で動いていない。 ギンザの巨大な牙がところどこごろに粉々になって散らばっている。
一方ギンザは、舞台の壁に、ガムのようにへばりついた形でいる。
ギンザの体が壁からはがれそうになった瞬間に壁が大爆発を起こす…
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試合が確定した。
アニキが勝った。それと同時に俺はチーム解散の手続きを終えた。
チーム解散直後先生は手を打ってくれた。勝利後の試合参加の放棄は基本的に非難の対象となる。しかも、今回の賭けについては世界中からの投資の額がハンパではない。
メキシコの覇者を倒した。
といった途方もない状況。