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職業:聖女だって恋愛したい!

作者: 柚みつ

 

「いいわよぉ」

「いいものですね」

「恋愛って」

「……二人して、声を揃えることないじゃないの」


 前々から計画して休みを合わせた日、この時間を楽しみに仕事を乗り切ったというのに、どうして最初の話題からあたしはテーブルに撃沈しているんだろうか。

 伸ばした手に、どっちかがクッキーを与えてくれたのでのそりと起き上がってからひとかじり。あ、このクッキー美味しい。行儀悪いけど、そのままポリポリと食べていたら、追加のクッキーが渡された。こっちはチョコがたっぷり練り込まれていて見るからに甘そうだったので、コーヒーを飲んでからにしよう、といったんお皿に置いた。

 構っているようにも見えるけれど、二人はあたしそっちのけで恋愛トークに花を咲かせている。


「エリーゼ姉さまが旦那様から大切にされているのを見て、わたしもって思ったんですよ」

「あらあ、嬉しい。今度ジョアンナの彼氏にもご挨拶させてちょうだいね」

「もちろんです! わたしもエリーゼ姉さまに紹介したいので」

「ねえ、それってあたしにはないの?」


 思わず、だったんだ。思わず口を挟んでしまったがために、またダメージを受けるなんて。


「だって、恋バナないじゃない」

「また二人して……!」


 エリーゼ姉さまとジョアンナが目を合わせてから、当たり前のように口にしたのは、あたしの現状を的確に見抜いているもの。ジョアンナはともかく、エリーゼ姉さまはもう退職したのにその絶対間違ってないという自信はどこから来るのか。間違っていないんだけど。

 そっと肩に触れたのは、エリーゼ姉さま。たれ目でおっとりとしていて、腰まで伸ばしていた銀髪を、退職を機にばっさり肩まで切った姉さま。働いている時に癒しと評判だったその輝かしい笑顔を、あたしに向けるときは若干、違う感情が見えるような気がするんだけど。


「あのね? 私たちだって、話を聞きたいと思っているのよ?」

「そうそう。だけど、メグから恋バナが聞けるとは思えないもん」


 ジョアンナはまだ一緒に働いている。けれど、彼氏ができてからはサクサクと話が進み、近いうちに結婚して退職する予定だそうだ。寿、ってやつ。結婚して、仕事ができなくなるわけではないけれど、効率は落ちるからと辞める人がほとんど。ジョアンナも、これから退職に向けて後輩の育成に集中するから、もう表に出ることはほとんどない。

 結婚と決まってからのジョアンナは、なんだか雰囲気が柔らかくなって、くすくす笑っているだけなのに幸せですって伝わってくる。

 ストレートの金髪を飾るのは、彼氏から送られたというリボン。オレンジ色は、彼氏の瞳の色なんだって。彼氏には、ジョアンナの瞳の緑をミサンガとして渡しているらしい。


「いや、話せる。あたしだって、恋バナのひとつやふたつくらい!」

「マーガレット? 何の話をしているの?」


 ぐっとこぶしを握った瞬間に、ふっと影が落ちる。そして、かけられた声にあたしはその場で固まった。

 まばゆい銀髪を揺らしているのは、この国の祝福を担っている聖獣。あたし達が力を借りていて、世話を仰せつかっている存在。国王と同等の権力を持っている、とは全く思えないけれど、容姿は誰よりも整っている。控えめな微笑み一つで、研修中の子たちが気絶する、なんて日常だ。


「ほらあ、これだもの。ね?」

「ガードが鉄壁すぎるんだよ、メグは」

「これは、あたしのせいじゃなーい!」


 聖女、というのは数ある職業のひとつ。なのに、素質やら魔力やら必要とされるものが多すぎて、就職するには難しいといわれている。男の人は聖人、と呼ばれているけれど、聖女よりももっと人数が少ない。どちらかといえば、教会の神官様になる人の方が多いからだそうだ。

 まあ、お給料は他の職業よりも多いし、待遇だって悪くない。衣食住の心配をしなくて済む職業でもある。

 貴重な存在だったのは昔の話で、今ではそれなりの人数が選ばれるようになっているのにも関わらず、就職できる人は少ないし、憧れであることには変わりないらしい。


「聖獣様がいるんですもの、メグの話は当分聞けそうにないわねえ」

「エリーゼ姉さま、それを認めないのはメグだけですよ」

「いい加減、諦めなさいな。聖獣様に好かれるなんて、滅多にないことよ」


 甘えるようにべったりと貼り付いている聖獣の姿に、エリーゼ姉さまが動じないのは慣れているから。

 この聖獣、セラスティスはどういうわけか、あたしにとても懐いている。出会いは、あたしが聖女としての素質があるからと連れてこられた教会。そこで、選定のために魔力の測定だったり、実際に魔法を使ってみたりとあれこれやっている時に、ふらりと現れてあたしの傍に擦り寄ってきた。

 けれど、あたしはその時まだ十歳。両親と教会に来て、自分が聖女になるかもと言われただけでドキドキしていたのに、いきなり銀色に輝く馬が現れたうえに、擦り寄ってこられたら驚くのは当たり前だろう。額に長い角だって生えているし。

 結果、あたしはその場で泣き叫んだ。聖獣だとは知らず、ただただ馬が怖いと繰り返すあたしを、両親はどうにか落ち着かせようとしていたそうだけど、そんなのあたしには分からない。

 教会の神官様たちも、その時すでに聖女として働いていたエリーゼ姉さまも、聖獣の反応が怖くて動けなくなっている中で、あろうことかその聖獣本人が姿を変えたのだ。

 これなら怖くないか、と人の姿を取った聖獣に、誰もが息をのんだそうだ。その美しさに、たかが十歳の子供のために膝をついたその様子に、なにより、その姿を見て泣き止み、笑ったあたしに。


「あの時のメグの様子、ずっと語られるんじゃないかしら」

「エリーゼ姉さま。それは、どういった理由でなのかをお聞きしても?」

「もちろん、どれだけ聖獣様に愛されているか、でしょうねえ。ジョアンナだって聞いたでしょう?」

「はい。入るときに、聖獣様と、その愛を一身に受ける聖女と聞きました」


 ジョアンナの言葉を聞いてセラスティスは満足そうに頷いているのか、頭の上でぽんぽんと当たる感覚が揺れる。

 通りかかる人は、セラスティスの姿を見て一礼しているけれど、それに本人が応じる素振りなど見せやしない。あたしと一緒にいるときに、邪魔をするような相手には一切の感情をそぎ落とした無表情で詰め寄るものだから、誰もそこに対して何かを言うことはないけれど。


「あたしは、普通に恋愛がしたいの!」

「マーガレットは、私では満足じゃない?」

「言い方ってもんがあるでしょうが!」


 悲しそうな顔をすればあたしが譲歩するというか、セラスティスの言い分を聞くことが多いと学習してしまったのが腹立たしい。

 エリーゼ姉さまも、ジョアンナも嬉しそうに笑って、幸せそうに話す恋愛。いいなあと思う気持ちはあるけれど、残念なことにまだ経験がない。だって、セラスティスがずっと張り付いているから。

 今日のこの時間だって、教会の中でセラスティスの顔見知りである二人だから許されたようなものだ。聖女だって月一回の公休日は何したって構わないのに、あたしはセラスティスに何をしていたのか、誰と一緒だったのかを報告しなければならない。

 お皿に置いたままだったクッキーを摘まんで、あたしの後ろで離れないセラスティスにも半分分ける。粉があたしに落ちないように、ちょっと距離を取るだろう。


「待ち合わせして、どこ行こうか~なんて話して、カフェでスイーツ食べたり、ショッピングしたり……

 そういう事を、してみたいじゃない?」

「試しに、聖獣様と普段何をされているか聞いてもいいかしら?」

「ああ、構わないよ。私にも教えてほしい。マーガレットの望む恋愛とは、どのようなものなのかを知りたいからね」


 エリーゼ姉さまやジョアンナの話を聞いてずっと憧れている恋愛って、そんな感じなんじゃないのだろうか。

 エリーゼ姉さまがそっとセラスティスに目線を送ったのには、即座に肯定が返された。あたしが親しくしている聖女、というかセラスティスがいても仲良くしてくれる人は貴重だと分かっているから、二人に対しての態度はやわらかい。


「まず、朝起きたらすぐそこにセラがいる」

「ちょっと待って。メグ、セラってもしかしなくても」

「セラスティスの事だけど?」

「寝起きで、名前が難しかったようでね。噛んで慌てるマーガレットも愛らしかったんだけど」


 慌てているジョアンナを余所に、くるり、くるりとあたしの何の変哲もない茶色の髪を楽しそうに弄っているセラスティス。聖女や聖人、傷を治したり病気を回復させる治癒魔法を使える人の髪って、どういうわけかセラスティスの色と似ている。

 似ても似つかないのは、今のところあたしだけだ。両親と同じ茶色の髪は嬉しいんだけど、最初のころは肩身が狭かった。

 それをなんとも思わなくなった、というか気にしていられなくなったのはセラスティスがこうしてちょっかいを出してくるのと、人ごみに紛れても見つけやすいと皆がいる前で堂々と言い放ったからなんだけど。


「それから、ご飯食べるでしょ。そのあとに仕事」

「エリーゼ姉さまがいた時からでしょうけど、聖獣様はメグと一緒ですよ」

「そうねえ。一緒だったわ。今はもう、変な言いがかりつけてくる人はいないでしょう?」

「おかげさまで、誰からも」


 ご飯を一緒に食べるのは構わない。セラスティスは角の生えた馬なのにあたしと同じようなご飯を食べているのも、もう気にしなくなった。

 それから、仕事。毎日どこかで誰かが怪我をしたり、病気で苦しい思いをしているからと相談に来る。自力で来れない人のために、派遣のようなこともしているけれど、あたしはその対応に当たったことはない。理由は簡単、セラスティスはこの教会から離れられないからだ。聖獣があたしの外出を許可しないのならば仕方ないと、派遣の話が回ってくることはない。

 当然、そんな特別対応に文句を言う人だっていた。馬車で何日も揺られて、治癒魔法を使ったらすぐに戻ってくるような強行軍はやりたくない。そう思う気持ちは当たり前だ。


「ああ、あのお姉さま方ですか。聞いていますよ、身の丈以上の望みを欲したと」


 聖獣様と離れたら治癒魔法が使えないからそんな言い訳しているんだとか、聖獣様を脅して力を使わせているんだとかいろいろ言われたっけ。

 当時、一番上だったアン姉さまのほかにも、エリーゼ姉さまだってかばってくれたけれど一番効いたのはセラスティスがそのお姉さまについて、治癒魔法を使わせた時だった。


「馬鹿にしていたメグよりも遅いし、人数だって捌けない。それなら、文句なんて言えるはずもないわよねえ」


 うふふ、と笑うエリーゼ姉さまにセラスティスも頷いているけれど、笑い声のトーンが低いしちょっと冷気が漂っているのは気のせいだろうか。おかしいな、エリーゼ姉さまは水魔法との相性悪いはずなのに。

 派遣だって、悪いことばかりではない。エリーゼ姉さまはそこで治癒魔法を使った人が旦那様になったわけだし。ジョアンナは歩いて行ける距離でしか動かないけど、教会から出ないあたしよりも顔が広い。会いに行ける聖女、じゃないけれど、その気軽さでもって街の人たちの相談に乗り、告白されたのだから。


「私がマーガレットを愛しているのは本当だけど、力を貸すかどうかはまた別問題だよ」

「はいはい、愛しているは聞き飽きました」

「相変わらず、つれないなあ」


 毎日、朝起きてからすぐに言われているし、最近では何かにつけて言ってくるものだからさすがに慣れる。そのおかげで機嫌がよくて、たくさんの人に治癒魔法を使うことが出来ているのはありがたいけど。

 きょとんとしているエリーゼ姉さまと、目を丸くしているジョアンナを見て、急いで話を変える。


「と、とにかく。仕事の後は自室に戻って、勉強して寝るだけですよ。そんな生活送ってるんですから、恋愛だってしたくなるじゃないですか」


 勉強中にもセラスティスがちょこちょこ顔出して、効率のよい魔力の使い方を教えてもらってるとか、綺麗な月夜はこっそり屋根に上がってお月見してるとかは黙っておいた方がいい気がする。

 どんだけあたしのこと構いたいんだか知らないけど、毎日ほぼ一緒にいるんだから恋愛をする時間がないって二人に分かってもらいたくて、教えたはず。


「自覚がないのは、厄介ですね。聖獣様」

「心中、お察しいたしますわ。ですが、大切な私の後輩なのです」


 ジョアンナとエリーゼ姉さまの返事は、あたしの思っているものと全然違った。具体的には、慰められているのはセラスティスだし、あたしには残念なものを見るような視線が送られている。


「え、ちょっと二人とも?」

「これが恋愛じゃないっていうなら、何て言うのかしらね」


 ふふふっと笑みを深めたエリーゼ姉さまは立ち上がる。そういえば、さっき鐘の音が聞こえた。あたしとジョアンナは教会所属だけど、姉さまは退職したから居られる時間に限りがある。楽しい時間が終わってしまうのは残念だけど、見送りをするために立ち上がろうとしたあたしは、そっと隣のジョアンナから止められた。


「エリーゼ姉さまはわたしが見送ってくるから。メグは、セラスティス様とよく話すこと。いいわね?」


 ちょっと待ってとあたしの静止は届かず、二人は何か話しながら歩き始めてしまう。その背中を追いかけようにも、ジョアンナの言葉を聞いて嬉しそうに笑っているセラスティスがぎゅっと抱きしめてくるものだから、動けない。


「ちょっと、セラ。放してよ」

「二人にも言われたじゃないか。よく話せって」

「ずっと一緒にいるんだから、話すことなんてないでしょ! あたしは二人の恋バナが聞きたかったのにー!」


 いつの間にかセラスティスの膝の上で、向き合うように抱きかかえられていたあたしは、二人がどんな会話をしながら帰ったのかを、知らない。



「あれで恋愛したいって、本当に聖獣様が不憫だわ」

「分からないのは本人ばかり、ですね」



お読みいただきありがとうございました!

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