『海竜の牙』
受付で依頼の確認処理を済ませるとギルドハウスの奥にある別棟へ案内された。
冒険者達が集まるメインホールは騒がしいが、こちらは狭いけれど個室になっていて静かに話せそうだった。
依頼人が待っている部屋に入ると中央のテーブルを囲んで六人の男女がソファに座り談笑していた。
俺が受付嬢と中へ入ると会話が止まり全員が値踏みするかのように視線を向ける。
受付嬢が仕事場へ戻ってゆくが室内では沈黙が続く。
仕方なく俺は中へ入るとクレーマーおやじ相手に培った真面目スマイルで挨拶をする。
「ガウツといいます。よろしく」
見た所、中央奥の人物が依頼主が座っている席のようだ。依頼主の左右のソファに座る五人の男女は、先に依頼を受けたパーティーだとわかる。
年齢的に依頼主近くの男がリーダーで、女が副リーダーという感じだろうか。俺が挨拶をすると依頼主が立ち上がる。
「昨日やって来たという鋼級の男が
ガウツさんだね。私は今回依頼を発注したベルクです」
ベルク商会という商店は街の中で見かけた。俺が背中に背負う斧は、そのベルク商会で買ったものだ。
依頼主のベルクの所属は商業ギルドとなる。人の良さそうな見かけによらず、商人の本質を誰よりも忠実に守る男だ、という噂を店の人から耳にしていた。
野心家でこうして積極的に冒険者ギルドに顔出し、有用そうな者を招き入れるらしい。
年齢的には同じくらいの気がするが、依頼主でもあるので俺はベルク氏と呼ぶ事にした。
ベルク氏とはガウツとしての俺の生涯の終わりまで交流が続く事になる。
この時の俺は、そんな先の事を想像すらしていなかったが。
「『海竜の牙』でリーダーをやってるラングだ」
次に自己紹介を始めたのは予想通りリーダーの男だ。
出方を見て対応を決めていたのか、頭をボリボリ掻きながらラングが立ち上がる。
俺がどんな人物か見定めたうえで断わる事も考えていたんだろうな。
穏やかな挨拶をしたので身構えて損したとラングがぼやく。
ガサツそうな見かけの割に慎重な性格が伺える。
「お前らも自己紹介しろよ」
ラングが隣に座る若い男の頭を軽く小突く。それを見てリーダーの正面に座る女が先に挨拶する為に立ち上がる。
「はぁ仕方ないねぇ。あたしゃ副リーダーのエルヴァだよ。魔法を使っての攻撃が得意さ」
さばさばした気性の、感じのいい印象の女性だ。魔法使いと言っても色々なタイプがいる事を、俺は女神様から聞いて知っている。
彼女は呪文を詠唱して魔法を発動させる一般的な魔法使いだ。
副リーダーのエルヴァが紹介を終えて座ると、残りのメンバーが一斉に立ち上がり順に紹介を始めた。
「ラクトだ。前衛で剣を振るうのが好きだな」
どことなくリーダーのラングと似ている青年が愛剣の鞘をポンっと叩く。
年齢的にメンバーの中では一番年下の若手でいじられ役、ムードメーカーなのだろう。
「キャロンです。私も魔法が使えます」
まだ幼さの残る少女がペコリとお辞儀をした。
仕事を一緒にこなすようになった後で知ったが、彼女の場合は魔法使いとしての魔法よりも、付呪や刻印などを得意としている。
パーティーの装飾品は彼女が作成した品だそうだ。効果はまだ弱いが魔法の力がこめられている。
「クォラです。得意という程上手くないですが弓を使います」
ラクトと同じくらいの年齢の少年が最後に挨拶を行う。弓と斥候を得意としていて、若いがパーティーの結成時からいる主力の一人という。
年配者のリーダー達に揉まれラクトよりも大人な印象だ。
『海竜の牙』のメンバー紹介が終わる。
俺も改めて紹介しようとするが、背中の斧を見ればわかるのでやめた。
『海竜の牙』のメンバーも俺に関しては全く実力が不明なのでまずは実際に見たいといって来た。
「さて、そういうわけでそろそろ募集期限の時間だ。どうします? ベルクさん」
タイミングを合わせたかのように、ラングの声に合わせて街の中央の大鐘が鳴る。 この世界にも時間の概念があって、魔法を交えかなり正確な時刻を刻む。
魔法、かなり便利で羨ましい‥。
女神様からはハッキリ魔法の適性はないと断言されてるので諦めている。
この世界には魔法の道具もあるので、まったく魔法を使えない訳ないのが嬉しい。
俺がつい魔法の事を考えている間にベルク氏達の話しがまとまった。
「やはり難しいようですな」
ラングがはじめからわかっていたという風に肩をすくめる。
『海竜の牙』はベルク商会の専属と思われている為、他の冒険者が遠慮がちになる。
募集人数を増やしたのは依頼の為より『海竜の牙』のパーティーメンバーを増やす目的もあった。
「五人中三名が後衛だと、少しバランスが悪いんだよ」
「それに商会専属に扱われるなら、いっそ人数増やしてあたしらで商会関係の仕事回す方がいいからね」
ラングとエルヴァが俺にわかるように説明を加える。毎回依頼をかけても、三日間の期限で集まるのはパーティーメンバーだけだという。
キールスのギルドを出て他所で集める手もあるが、求めるこちら側も集まった側も互いの信頼度は低い。
たまたまやって来た俺もそれは同じだが、依頼主のベルク氏もリーダーのラングも実際まだ警戒心を感じていると思う。
「いずれキールスを出るにしても出身ギルドを誇れるくらい大きくしたいんだよ」
売名行為というより、ブランド力というものかな。有名ブランドの実績や信頼性って高いのと同じ理屈だ。
ベルク商会と『海竜の牙』の面々はクランを結成し、ギルドを起こしたいと夢を語る。都市国家群はそうした相手が見つかりやすく、力をつければ都市国家から国を興すこともあり得た。
夢を叶えるならキールスにいつまでも留まるより、各地を巡って信頼出来る人達を地道に探す方がいいのだがそれはまた違うらしい。
「成り上がるからいいんだ」
ラクトが楽し気に言う。きっと彼らも目的の為に、何が一番早いかわかっている上で楽しんでるのかもしれない。
生きる事に目一杯だった今までの俺からすると新鮮で眩しく感じた。
なんかいいなぁと心から声が漏れ出しそうな気分になった。
何にせよこの世界に慣れて色々と知る方が今は必要なので、俺は遠慮なくこの仕事をきっかけに彼らから学ぼうと思った。