巻き込まれた男
初投稿作品になります。
どこにでもいる学生達が突如発生した光の輝きの中に消える。召喚や転生などの魔法名による呼び方に違いはあるが、行き先は異世界というのが定番の物語だ。
物語としてどんなに流行っていようとも、実際にそんな事が起きるはずないのは分かっている。でも過酷な現実から逃れたい人や、先の見えた将来を苦しみながら生きる人ならば、そのような妄想や願望に身を委ねたくなるのではないだろうか。いや違うな、苦しい現実から逃れ楽して生きたい、ご都合主義に身を委ねたいのが本音というものだ。
かくいう俺も大学受験に失敗し、就職もままならずにバイト生活で日々を凌ぐ毎日。自力ではもう這い上がれそうにないのがわかっている。だからだろう、そうした幻想を否定しつつ、心のどこかで非日常的な何かを期待してしまう。
もう将来性などない、お先真っ暗なんて自虐するのも辛い。そうはいっても胡散臭い宗教にすがったり、高額報酬で釣る闇バイトなどに堕ちたりしたくない気持ちはある。
他力本願なくせに他力の形を選ぶなと言われそうだが、泥沼に更に飛び込む気にはなれない。
誰にも迷惑をかけずに生を終わらせる事も怖くて出来ず、這い上がる術も知恵もない以上、救いを求めながらもそういう現状を突破出来る何かに強く惹かれてしまうのだ。
努力が足りなかったと言われればそれまでだが、一度の失敗で今後全てのチャンスを失うのが今の世の中だ。
俺に限らず、這い上がるきっかけを望んでいる人は多いのではなかろうか。
そして心の奥底の願いが叶ったのか、心痛を察する神は本当にいたのか、それは都合よく奇跡のように俺の身に起こった――――――
――――――その日の現場は共学の高校が近くにある通学路だった。出勤時間は通勤通学のピークタイム、俺はいつものように、工事現場の交通誘導員として仕事場へ向かった。
登下校の時間帯は車両進入禁止のため、現場の中では朝早い事を除けば楽な仕事場だ。
大半の学生は俺の存在など気にも留めない。風景の中に溶け込むモブなど、生理的な気持ち悪さを醸し出さなければ、認識されてさえいないのだ。
ただ中には気にかける学生もいて、異様に距離を取って通り抜ける子や、なんとなく挨拶っぽく小さくお辞儀する子、聞えよがしに馬鹿にする連中がいる。
心の中で期待していた輝きが起きたその時、そこにいたのは俺からすると感じの良くない男女グループ四人だ。明らかに俺に向けて小バカにした言動を、毎朝していくので覚えてしまった。
歩みを緩めて、わざとらしくニヤつく四人組の学生たち。 最近あからさまになってきた嫌がらせだのひとつだ。
仲間が多く社会的にも守られている学生達と、しがない警備員の大人では立場が違う。
本当に襲い掛かってくる厄介な頭のオカシイ輩に比べれば、学生達の嫌がらせなどムカつくよりイキり方に憐れみを覚えるものだったが。
毎度毎度、何が楽しいのかヘラヘラ笑い合う。その男二人女二人のグループの足元が、急に輝き始める。煌めく光は円を描くように動き出して、彼ら学生四人と俺までその円陣の範囲に取り込んだ。
上辺だけの知識なんて実体験の最中にはなんの役にも立たず、俺は動く事も出来ず四人と一緒に光の渦に飲まれた。
気がつくと俺は暗い石畳の部屋で一人だった。警備服は着たままだ。固い床の上で、うつ伏せでしばらく眠っていたのか身体が痛む。先程の光の事を思い出すと同時に、自分に何かが起きた事は認識した――――。
「気がついたようね」
――――石畳の床だけの何もない空間にいつの間にか椅子があり、可愛らしい少女が座ってこちらを見つめている。近くにいたはずの四人の学生達の気配は感じない。
「あいつらに召喚されたのは彼らだけよ」
······俺の心の内を読んだかのように少女が言う。神、いや女神様なのだろうか?
神々しくて目も開けられないという事もなく、至って普通の女の子に見える。 俺の心の内が見えるのは間違いないのか、俺がそう頭に浮かべると少しイラっとした表情になった。
「呑気なものよね。巻き込まれたって事は、存在としては行き場のない魂と同じ事なのよ?」
事故や寿命で亡くなった霊魂だけの状態に近いらしい。そんな不安定な存在が今の俺の状態だった。
「そういう人ってよくいるのよ。あいつからの所は特に多くて嫌になるわ」
俺に対してというよりも、俺の世界の神様らしき存在に不満があるらしい。文句があるならその神の方に言ってほしいと思う。
「あぶれものって言うのはね、本来なら基軸世界の管轄なのよ。貴方の場合は、召喚される前までいた世界の事ね」
面倒臭い顔をしながらも、少女は世界の成り立ちを簡単に説明してくれる。語るのは好きなようで聞かないことまで勝手に喋り出す。
魂というのは様々な世界へ行く為の器でもあり、記録媒体であり乗り物のようなものなのだそうだ。
普通は基軸世界、つまり魂の定着した世界の中で縁を結び経験を重ねる。
しょぼくれた俺の人生も、そうやって魂の観点からみると貴重な経験をしているのだとか。
そう言われると情けないばかりな人生でも、生きている甲斐はあるんだと思えるから不思議だ。
「普通はじっくりそうやって魂を磨く事で、今まで以上に世界が広がって力もつくのなのよ」
植物のようなものね、と少女は補足する。小さな種がいつしか沢山の実を成す大樹となるように、世界もまた魂と共に育つらしい。
「でもあいつはせっかちで、傲慢で我儘過ぎなの。自分から放棄したくせに、手を加え過ぎて失敗したからって図々しく戻ろうとする」
女神様らしき少女の怒りは再び俺に向けられる。理由がわからず俺は戸惑う。
「貴方が悪いわけではないのよ。あいつが本来面倒を見るべきなのに、平気で切り捨てるから悪いのよ。ただでさえこちらは迷惑を被るのに、償いまでこっち持ちなのよ」
召喚されたもの達は、異世界へ定着するための代償を召喚時に使うエネルギーで補う。召喚時の魔法陣や召喚呪文など、呼び出すものが捧げる魔法力や生贄などが使われるので問題は生じないらしい。
しかし巻き込まれたものに関しては別のようだ。定着する為のエネルギーが用意されておらず、元の世界、行った先の世界、どちらでもいいからエネルギーを供出する必要がある。
もっともそれは生かす場合の事なので、魂が消滅しても構わないなら放っておけばエネルギー問題は起きない。
あいつと呼ばれる存在は、俺のように巻き込まれたものには無関心だ。巻き込まれる方が悪い、というスタンスだろう。
魂が消滅しようと、その分のエネルギーはそちらが受け取るんだから良いでしょうと言われているみたいだ。
モブ扱いされるのが、悔しいし腹ただしい。
なんとなく目の前の女神様の気持ちがわかる。モヤっとするスタンスで、俺達の個人の感情、魂の経験の価値などまるで気にしてないからだ
「わかるでしょう? 消滅を防ぐためには、わたしが代価を払う事になるわけなのよ。貴方には失礼だけど、自分の大事にしている庭に、いらないものを持ち込まれた上、ポイってゴミまで捨てられたようなものなのよ」
本当に失礼な例えだけどわかる。必要ないものを無理やり押し付けられて、大事にしてねって言われているような気分だ。とくに親しい間柄でもないので余計腹が立つ。
ゴミ扱いされて悲しいが、ゴミのような人生に嫌気が差していたので逆に吹っ切る事が出来た。
「ふぅん、石コロかと思っていたら、割りと価値ある石だった感じね」
開き直る俺を見て女神様が初めて微笑った。気を良くしたのか、女神様は召喚者についても教えてくれた。
俺のイメージでいうと強力なモンスターや天使や悪魔を呼ぶ姿が浮かぶ。
「契約していない召喚は、意図していないものを呼び込む事と同じなの。それも呼んだ者は何かしら代償を払うから、本来の力を失った状態もありうるでしょ?」
制御が効かないのは、呼び出した者が単純に力を失うからだ。それに術者達は力を失う事が多いというのに、呼ばれた側はその力を吸収した上に、本来の力を超える力を持てる。
「呼ぶ前に制約をかけておく事で制御も出来るけど、力を割く分だけ弱くなるわ。それと理性があるからといっても、術者の思い通り動くのかというと、それも怪しいのよね」
異世界転生あるあるだろうな。急激に力を得るから本来大人しいものが、暴れたり傲慢だったり残酷になったりする。車に乗ると人格が変わる人のようなものだろう。
それに異界の人々が、こちらと同じ価値観や世界観を持っているとは限らない。価値観の違いや認識のズレなんて、同じ世界でもあることだ。
俺は自分の世界ではありきたりの普通の存在だが、別の世界によっては天使にも悪魔にもなる可能性があるという事だろう。
「だから召喚に関しては、どの世界も制約をかけるのよ。わたしからすれば、そもそもそんな迷惑になりそうな存在を自分から呼ぶなって言いたいわね」
呼び出しに巻き込まれた俺としても、期待とは裏腹な情報を知ってしまい申し訳なく思う。
「貴方の件に関してはもういいわ。あいつが魂を放棄している以上、どうせすぐに元の世界に戻す事は出来ないもの。けれど、消滅はさせないわよ」
俺は女神様らしき存在が管理する世界へ導かれる事になった。召喚された者達と違って、巻き込まれたからって特別な力に目覚めるとか、便利な能力を実は得ていたなんて事はない。
知識だって現世で得たまま蓄えたものだけで、スキルが都合よく記憶を引き出してくれるとか、実は異世界にない知識で無双とかあり得ない。
望みは果たせたけど、俺を取り巻く現実は世界を飛び越えようともついて回るのだ。
「チートねぇ。貴方と違って呼ばれた四人組の魂を垣間見たけれど、チートチート騒いでいたわね。それこそ能力を限定させる誓約のようなものなのよね」
強力な能力や呪文を使えるならチートと言えるし誓約があろうと強いはず、と思う。
「どんなに強くても与えられた力に力以上の能力はないわ。与える以上は管理の範疇だもの」
強力だが誓約というか、あくまで与えられた世界の中でのものでしかないという事だ。固定化された能力の概念と言うらしい。あれば便利だし、世の中の理において最強だ。
「あいつの所から来る輩はみんなそうなのよね。制限とか限界を設けるのが好きなのか、チートと言いつつ上限を自ずと決めちゃうの。せっかく自由な世界へ送りこんだって、あいつの根本が変わらないんだから無駄なのよ」
徒労を繰り返し、無駄に荒らされるだけなのは確かに疲れる。
「せっかくだから貴方には自由に楽しんでほしいわ。勇者に会いたくないでしょうから、呼んだ国とは遥か遠くに行くといいわね」
女神様はそう言うと何もない空間に壁を作り地図を出す。かなり広い世界のようで、いくつもの大陸に高い山々、深い森に無数の島や渦のような印がある。書き込まれた文字はわからないが、それぞれの地域を示すのだろう。
「そうね、この辺りがいいかな。貴方のような髪の色と、言葉の発声が似てるから慣れやすいはずよ」
女神様はそう言うと俺の格好を改めて見直す。
「そのままは流石にまずいわよね」
言うが早いか俺はいつの間にか鎧を着ていた。金属のようなのに見た目の割に軽い。
「貴方の世界で言うとアルミだったかしら? ※※に近い合金よ。
まあ、わたしの思惑もあるから装備はサービスよ」
女神様は俺が途方に暮れる事のないようにと、どんな所かざっくり説明してくれた。なんかゴニョゴニョした所は女神様もよく覚えてない感じだ。
スキルやステータスだのはないが、剣と魔法のファンタジーな世界らしい。チートな能力の時に言っていたが魔法なども形式が複数あり、俺のいた世界でいう科学的な役割を果たしている面も多いようだ。
「貴方の世界では失われた太古の技術、その原型がこの世界には残っているわ」
異世界で定番化している中世暗黒時代ではなくて、失われた古代文明社会がこの世界の基本レベルらしい。学者などは進化論が好きで、古代文明の方が優れていても認めないが。
魔法が発達しているのなら、むしろそれが当然だ。ただ移動手段や通貨などは昔のままのようだった。
魔物も獣も沢山いて巨大生物にドラゴンも存在する。自然豊かな地も多く、ダンジョンまである。
「知恵ある生物は人だけじゃないわ。
自由だけど混沌、それがこのフィルナス世界だからね」
一度の人生では、とてもじゃないが世界全て回りきれないくらい広い。
世界の成り立ち真理を知ってもなお滞在する価値があると、女神様は誇らしげに言う。
全部が希望通りではないが、俺は望み通り異世界で生きる事になった。
女神様の思惑が気になるが、あえて口にしていたのはなんとなく女神様のデレなのかもしれないな、と勝手に思う事にした。
俺は女神様に感謝と別れを告げて、新しい世界へ旅立った。
御来訪ありがとうございます。この物語はシリーズ化となっています。
異世界転生ものにおいて、ありふれた序章部分ではありますが、鍵となる場面でもあります。