【完】母子逃亡劇の始まり
(ヴィンセントの所へ飛んだはずだけど)
陣まで描いて転移したのは、王宮の暗い一室だった。
フィーリンが軽く手を振ると、明かりが灯る。
「こんなことして、ただで済むと思ってるの?」
後手を縛られたアタシアのボロボロさに、笑いが込み上げてきた。
魔力を奪われた時と立場が逆転して、ふんぞり返って見下してやる。
「私は魔女よ?反逆者として追われようとも、逃げ切れるわ」
苦虫を潰したような表情を向けられ、フィーリンは今にも鼻歌を奏でそうな勢いだ。
部屋を見渡すと、隅に転がるヴィンセントがいた。
呻きとともに、まぶたが上がる。
「ヴィンセント、動ける?」
「母様?」
「寝起きのところ悪いんだけど、説明してる暇ないの。あなた、ここに残りたいわけじゃないわよね」
「冗談じゃない」
嫌悪感丸出しで答えるヴィンセントへ、ニヒルに笑いかける。
それを合図に、2人は窓を突き破った。
バタバタとようやっと現れた騎士たちに、アタシアは叫ぶ。
「あの2人を捕らえて!男は生捕に、魔女の生死は問わないわ!!早く!!」
フィーリンは18年使えなかった魔力を発散させるように、行く手を阻もうとする者へ炎や氷をぶつけてやる。
「こんなに的がいてくれると、勘も取り戻せそうだわ」
その姿に呆れるヴィンセントの聖壁に、まあまあ大きめの瓦礫が衝突し粉砕されていく。
あちこちから起こる爆発音と叫び声が、王宮全体を震わせていた。
「もう充分でしょう!転移しますよ!!」
子供のようにはしゃぐ母の背に、手をかざす。
振り返るフィーリンは、不満そうだ。
「もうちょっと遊んでいたかったけど...」
聖女とは思えない形相で飛んでくるアタシアが、視界の隅に入る。
「仕方ないわね」
肩を落とす姿に苦笑しながら、ヴィンセントは聖力を集中させた。
強い輝きが消える頃には、もう母子はいない。