白杖
挫は出禁になった駄菓子屋の近くを歩くことも多くなった。
老婆が巨坦首相閣下の悪口を言ったから校長室にまで呼ばれた、両親も喧嘩するようになった。故に報復の機を窺っていたのだ。
多くの人々の価値観では、これは逆恨みに過ぎないであろう。
だが、結果的に挫の非望は予期せぬ形で実現した。
ある日。駄菓子屋の少し手前に老婆とも挫とも全然関係ない誰かが倒れていて、傍らに白い杖が落ちていたのだ。
そんなものに挫は興味はなかったが、ふと思った。
救急車を電話で呼べば、母からの電話禁止は解けるのではないか?と。
駄菓子屋に急ぎ足で行ったが。高価そうな背広を着た誰かが公衆電話を使っていた。
携帯電話という概念はあったが、実際に携帯できるようなサイズや価格のものはまだなかったの。
大声で誰かの助けを求める、ということは全く思いつかなかった。挫自身が掛けた電話でなければ意味がない。
背広の紳士が長電話を終えた後に公衆電話の受話器を取ろうとしたら。老婆に面罵された。
幼いながらも部分的には鋭く発達した挫の頭脳は、頓に一計を案じた。
老婆を睨み返し、「今日は警察ではないけど」とだけ言った。
老婆に追い払われた挫が来た道を帰ると、倒れた人も白杖もそのままだった。
近隣の住民が気づいて救急に通報したときは時間が経っていた。遅延が原因かどうかは明らかにならなかったが、その盲人は数日後に世を去った。
盲人の死を伝え聞いた挫は。老婆に救急への通報を阻止されたことをどのように大人たちに効果的に伝えるかを考えた。