行きはよいよい
私は今、馬車に揺られています。少しだけ不規則に、それでもしっかりと目的地に進む音を聞きながら眠気と戦っている私の耳に、男性の声が届きました。
「お嬢ちゃん、そろそろ目的地だよ」
そう言って目を開けると、強い日射しが目に入ります。天気は快晴、始まりの日としてはこれ以上無い日だと思います。
だからこそ、私は想像していませんでした。
「お客人がいらっしゃる! 丁重にお出迎えせよ」
私の隣に立つ小さな少女がそう言うと、門番さんがキリリとした顔つきで門を開いていきます。
「長旅でお疲れでしょうが、もう少しお付き合いください」
そう言って、隣に大きな刀を佩いた青年が語りかけてきます。そして、私の後ろでは一頭の大きな馬が、ご機嫌な様子で歩いています。何故か、私の服の襟を咥えたまま。
「なんでこんな事に?」
このような事になった経緯を、私は思い返します。
「都に行って、覇王と呼ばれる者に会ってほしい」
そう言ったのは、何だか凄い綺麗な少女でした。長い艶のある黒髪に、御姫様が着るような着物。とうてい私とは縁が遠い人としか思えません。
「えっと、頼む相手を間違えてるんじゃ」
そう言うと、その少女は私の肩を持って目を覗いてきます。
「いいえ、私は貴方に頼みたいのです。一応、候補は他にもいますが」
「え、私だけじゃないんですか?」
「ええ。あんまり重圧かけて、強制的に行かせるのも嫌なので」
それなら何故、肩を持って逃げられないようにするのでしょうか。それが分かりません。
「いいじゃありませんか。これが出来た暁には、夢の一人暮らしだって出来ますよ」
それは魅力的な話です。私は弟妹が多く、自分の部屋がありません。自分だけの部屋と言うのは憧れます。
「まあ騙されたと思って、気楽にやってください。お願いしましたよ」
そう言って、その綺麗な少女は去って行きました。
目を開けて最初に見たのは、妹のお尻でした。寝相の悪い妹が、私の上に乗っかってきたようです。
「そりゃ夢よね」
とは言え正直な話、夢だとは思えない程の実感が湧いた。夢のような話だけれど、現実のように実感がある。その話を村長に言ってみましょう。
「村長、今日は凄い夢を見ましたよ」
そう言って夢の話をすると、その村長は驚いて目を見開きます。
「何!? 本当かい!」
なんて事を言って、村長は私に詰め寄りました。ちょっと怖いです。
「え、ええ。そんな感じの事がありましたけど」
私がそう言うと、村長はあっと言う間に私が都に行くための準備を終えました。
「実は、現在都で国政を取り仕切っている殿様の母は、我が村の出身。その縁もあって、私の村では希望する者には都に行く支援を受けられるのじゃ」
「初めて聞きました」
「寺子屋で聞いてる筈じゃが……」
寺子屋とは、七才から十五才までの子が時の読み書きや算用を覚える場所です。因みに私は先月寺子屋を出て働く身になったばかりの十五才、歴史関係は苦手で殆ど寝てばかりいたのは内緒です。
「まあよい。苗よ、都に行って覇王と呼ばれる者に会うのじゃ。細かい手続きは、私が既に済ませておいた」
そう言って、村長は私を送り出してくれました。
それから私は、薬術に関する道具と、いくつかの本、路銀を持って都に行きました。都までの道は一週間ほど、その長い道を徒歩や馬車を利用しながら進んでいきます。そして遂に訪れた都の入り口で、私は周りを見渡します。
「お嬢ちゃん、何か捜し物かい?」
入り口で門番をしていたおじさんに、そう言って話かけられます。陣笠と言われる真っ黒の兜を着けているところを見ると、お侍さんでしょうか。
「はい、実はここで待ち合わせをしているんです」
そう言うと、おじさんは和やかに笑みを浮かべる。
「そうかい、会えるといいね」
そう言って下さったおじさんは、多分すっごく良い人なのでしょう。地の利は人の和に如かずと言う言葉がある程、土地が良くても人との縁が悪いと上手くいかない事が多いと聞きます。このように良い人に会えたのは、私にとってとても幸先がいいかもしれません。
そんな事を考えていたら、背後からかっぽかっぽと音が聞こえてきます。なんでしょう、馬の蹄の音だと思いますが。そう思ってその方向を見てみると、一頭の馬が私を見ています。つぶらで可愛い目をしていて、大きいけれど怖いとは思えません。しかし何故でしょう、門番のおじさんがこの馬を見て凄い冷や汗をかいています。
「どうかしたの?」
そう言うと、そのお馬さんは私に口を近づけてきます。
「君が好きそうなものは持っていないんだ、ごめんね」
何か食べ物を欲しがっての行動かと思いましたが、様子を見ると違うようです。どうした事だろうかと思っていると、そのお馬さんが私の着ている着物の帯を咥えます。
「ちょ、ちょっと駄目ですよ」
このままだと、着物が脱げてしまいます。そう思い抵抗していると、今度は襟を咥えてきました。
「どうしたの?」
困惑していると、私の肩を叩く人が現れました。
「もし、貴方はもしかして南居豆村の人かの?」
そう言われて振り向くと、そこには夢で出てきた少女に瓜二つの少女が立っていました。
もしかして、今回の夢に関与しているのかも、と思った私は彼女の言葉に頷きます。
「はい。私は南居豆村の苗と言います。貴方は?」
「儂? 儂はしがない隠居娘よ」
隠居娘とは、なんとも聞き慣れない言葉ですが……都ではよくいるのでしょうか。それに喋り方もどこか年配の方っぽいです。
「ついてまいれ。儂であれば、其方の疑問に答える事も出来よう」
ちょっと、いえ、かなり胡散臭い気がしましたが、この人(とお馬さん)に対して門番の方が嫌悪感や警戒心を抱いていないので、悪い用にはならない気がします。その代わり大変な事になりそうだな、とは思いましたが。
そして、その予想の通り大変な事になりました。私は殿様のお目通りをする事が出来る大座敷に通され、そこで暫く正座をして待つことになりました。後ろでは刀を持った厳かな着物を着たお侍さんが護衛として立っており、そんな様子を気にしない胡散臭い少女が上座に我が物顔で座っています。そして外では、私の襟を咥えた大きなお馬さんがこちらをじっと見つめています。どんな状況でしょうか。
心臓をバクバクさせ、内心ビクビクしながら待っていると、周りの人の空気がにわかに張り詰めてきます。私も自然と背筋を伸ばしてしまいます。
「殿の、おなーりー」
そう言って、上座に一人の男性が現れます。眉に皺を寄せ、何か緊迫した雰囲気を出した大柄な男性。でも、思ったよりも歳は近そうで親近感が沸きます。その人は上座に座る胡散臭い少女の横に座って私を見ます。
「其方が、南居豆村の苗殿か」
そう言われたので、私は必死で首を縦に振ります。
「そうか、突然このような場を設けてしまって申し訳無い」
そう言って、殿様は突然頭を下げます。私は思わず慌ててしまいます。
「そんな、殿様は悪くありません」
そう言うと、殿様の横に座っていた少女が口を開きます。
「そうじゃぞ。お前は悪く無い。当然、そこの少女も悪く無い。ここに悪人なぞ誰一人おりはせん」
その言葉に反応するように、お殿様は少女に口を開きます。
「でも苦労をおかけした事は確かです。父上には実感が湧かないかもしれませんが、目下の者が目上の者に会うのは、とても緊張するんですよ」
その言葉に、私は思わず首を傾げました。
「父上?」
そう言いながら少女を見ると、彼女は愉快そうに口角を上げた。
「いかにも。儂は吉良将軍家十三代目党首、吉良重持である!」
その名前は寺子屋で聞いた事があります。今現在の吉良将軍家の党首である十四代目の名前は吉良春行。そして前の党首である重持と言う方は現在は隠居なされていると聞いていました。更に言えば、この重持さんはかなりお年を召した男性の方とも聞いています。
「ああほら父上。突然の事で苗さんが困惑しています」
「ん? おお、これはすまなかった」
そう言って、重持さんは居住まいを正すと蕩々と話をしてくれました。
「そう、あれは雪の降る寒い日の事じゃった」
儂はあの日、いつ死ぬかも分からない病魔に冒されておった。そこで、あらゆる病気に効くと噂の秘湯に来ていた。
「父上、もう少しですからね」
そう息子に励まされてたどり着いた秘湯は、人気の無い場所じゃった。
「父上、ここは極楽に繋がっているとも言われる程の素晴らしい風呂でもあると聞いております」
そう聞かされて、儂は年甲斐も無く期待した。極楽のように素晴らしい風呂、それはどのような場所なのかと。そう思い、儂は風呂に入った。するとどうしたことだろう、それまで儂を冒しておった病気が綺麗さっぱりと消えていったのじゃ。儂は意気揚々と風呂から上がり、息子にこの事を報告した。
「見ろ春行、病気が治ったぞ!」
そう言うと、春行は一瞬喜びの表情を浮かべたが、次の瞬間困惑した表情を浮かべた。
「どうした、何かあったのか?」
そう言って近づくと、春行は儂から目を反らした。
「取り敢えず、自分の体を見てください」
何を言っておるのかと思い、儂が自分の体を見ると、なんと体が幼い少女のものへと変わっておったのだ。
「これが、少し前にあった事じゃ。理解出来たか?」
「いえ、全く」
思わずそう返してしまう程、重持さんの言う事は突拍子の無い事でした。
「殿様は、この少女の言う事を信じたんですか?」
そう訊ねると、殿様は苦い表情を浮かべながら頷きます。
「まあ、渋々ですが」
本当は信じたく無いとでも言いたげです。ですが、彼の顔からは信じざるを得ないような根拠があるようにも見えました。
「あまりにも突拍子の無い事を言っている自覚はおありですか?」
本来、目上の人にこのような言い方をするのは不敬に当たるかも。そう思いながらも私はややきつい口調でそう言ってしまいました。すると、殿はこのような事を言われる事さえも覚悟をしていたのか苦虫を噛みつぶしたような表情で頷きます。
「返す言葉もありません。正に……その通りです」
あまりにも素直にそう言われてしまうため、私の方が戸惑ってしまいました。何せ我が国の主様が、私の言葉を胸に刻むかのように真剣な顔で耳を傾けているのです。
「えっと……申し訳ありません、殿様。出過ぎた真似をしました」
そう言うと、殿様はホッとした表情を浮かべます。その表情を見て、これ以上この件について深く突っ込む事は止めようと思いました。
「話は変わるようじゃが、苗殿はどちらの宿に泊まるか決まっておるのか?」
そう前のご当主様に言われて、私は村長から予め教えられていた場所を思い出します。
「薬治館と言う場所で学びながら仕事をせよ、と村長から申し伝えられております」
そう言うと、前のご当主様は少し考える仕草を見せてから、このように提案します。
「それではこうしたらどうじゃろう。儂等が住んでいる部屋の一室を貸し与え、苗殿は我が城で勉学に励むと言うのは」
そんな事を言われ、私は開いた口を閉じる事が出来なくなります。これはつまり、殿様と一緒の家に住むと言う事です。そんな事、緊張しすぎて心の臓が持ちません。いったい、この人は何を考えているのでしょう。そう考えていると、殿様がこんな事を言います。
「父上がお考えになっている事は分かりませんが、それは良い面も悪い面もあります」
良い面と言うのはなんでしょうか。と言うか、私みたいな地方から来た世間知らずを側に置いて何がしたいのでしょうか。
「良い面と言うのは、若く将来性のある人に対し、効果的に教育を受けさせる事が出来ると言う点。悪い点と言うのは、そこに居る苗様に多大な心労をかけると言う点です」
荒波を立てず、それでもって緩やかに否定する殿様に、私は心の中で多大な感謝をします。ありがとう殿様!
「それなら、我が屋敷の離れに暮らせばよかろう。あそこなら儂等と会う事も少なく出来るし、警護の面でも申し分無い」
なんでしょう、前の党首様の会話に違和感を覚えます。最初に無茶苦茶な要求をしておいて、その後に現実的な案を出しているため、後に出された案が受け入れやすい案に聞こえてきます。でも私は騙されませんからね、これはどちらも私の身に余るような無茶苦茶な要求だって、私は分かっていますからね。殿様、早く断ってください。
しかし、そんな私の願いは届かなかったようで殿様は首を縦に振ります。
「それでしたら」
受け入れちゃった。受け入れちゃったよこの殿様。こんな田舎の平民を受け入れるとか何考えてるの。
「話は纏まりましたな。良かったですね、苗殿」
私の心の叫びに反して、前の党首様はそう言って穏やかな笑みを浮かべています。
そんなこんなで、私は一国の主と同じ家に(正確にはちょっと違う気がしますが)住む事に決定する事になりました。これが災難に繋がらない事を、今は願うばかりです。




