貴方の為なら、何度でも
「エスポワール? プロトタイプが随分と大きく出た者ですね。貴方は人形らしく、自分の役目を果たせばいいだけです」
立ち塞がった天使に死神は愛らしく笑いながらも、侮言染みた口調で煽る。
『はあっ? 好青年気取る癖に性格が外道なせいで客が寄り付かない男娼上がりの男が随分と偉そうな口を叩くじゃないの? アンタがXノイズになれたのもその肉体目当てでしょうに』
「……随分と流暢に話しますね? 錆びた体に油でも刺されたんですか?」
『アンタが永劫受けられなかった愛を受けたわ。ま、アンタみたいな賭け狂いには一生理解できないでしょうけど?』
エスポワールの挑発にペルセスは苛立ちを顔に出すが、それは仮面。内心ではかなり正確に情報を整理していた。
(あの男はもう動けません。とはいえ、中遠距離なら支援も可能な筈………人形に関しては実力が不明。この国の電力を補うほどのエネルギーがあるとだけ分かれば油断はしなくて済む)
「──自分の夜に沈んで、消えろ」
煽り合いの果てに先に動いたのは、ペルセスの方だった。止められた腕とは真逆の手による掌底がエスポワールの顔を潰そうとするが、
『アンタの攻撃は単調すぎるのよ。そんなんだから、程よく利用されて裏切られるの』
止めた腕を起点にペルセスの膝を使ってその場で回転。ペルセスの掌底をそのまま避けると、起点にした腕を背負い、ペルセスの右足を刈り取る。
すかさず、ペルセスはエスポワールの重心の足に左足を引っかける事で投げられる事を阻止するが、エスポワールはそのまま地面を蹴り、跳躍。
ペルセスを背負ったまま空中で前方向に回転し、背負ったペルセスを下敷きにするようにして、投げ飛ばした。
そのまま華麗な側転からのバク宙という審査員ならば満点の出来で俺たちの方へ帰って来るとこちらを向き、いつの間にか手にしていた拳銃で奏を撃つ。
「何を………?」
その答えは奏の体を緑の癒しの波動が包んだ事が答えだった。
同時にエスポワールの体の内部から何かしらの駆動音が発生。そして彼女のスカートの中から明らかに入りきらないライフルが出てきた。
「質量保存無視にもほどがありますね」
『うっさいわよ、黙ってなさい』
エスポワールが引き金を引けば飛び出すのは黄色にコーティングされた弾丸。ペルセスはそれを黒い光で受けようとして
「これはっ!」
当たる寸前に体を無理に捻じ曲げ、回避。そのまま地面を滑るようにして、エスポワールの射線から外れていく。
『あら、いい目してるわね』
「生憎ですがギャンブルする上で動体視力は必須なのですよ!」
エスポワールの4回目のリロードをする前に、ペルセスの右足がライフルを真上に弾き飛ばし、そのまま俺たちを吹き飛ばした掌底の体制に入る。
「魂絶!!」
これ以上ない掌打がエスポワールの鳩尾を捉えた。魂に属する一撃を受けて、エスポワールは声を漏らす。
『その程度?』
──挑発的な笑みを浮かべて。
──雷鳴が轟いた。
それがエスポワールがいつの間にか手にしていた二丁の拳銃による急所の早撃ちだと気付いた頃には死神は床に片膝ついていて。
「なるほど………げほっ、弾丸自体に曲調の魔力をコーティングしているのか。機械人形は望歌が使えないとばかり………」
『アンタらみたいな奏者を相手にする以上、最善の手を尽くすのは当然よ。科学の人型兵器、舐めんじゃないわよ!』
エスポワールが爪先で床を軽く叩き、それが起動の合図なのか、膝から足首に飛び出た刃がペルセスの首を切断する。
「全く、今回ばかりは大損ですね。今度はきっちり勝たせてもらいますよ」
『気色悪いくらい不死身よね、アンタ。大人しく転がっていなさい』
エスポワールは生首となったペルセスを肉体から遠ざけるように蹴り飛ばし、奏を背負う。
「いずれこの国を敵に回した事を後悔しますよ」
去っていく背中にペルセスの遠吠えが突き刺さるが、エスポワールは振り向かず、ただ一言。
『──後悔なら何度もしてきた』
悲嘆しかない発言を残して彼女は走り去った。
*
「奏、何スヤァしてんの! さっさと起きなよ!」
両頬に走る熱と痛みに音で把握できたが、今、完全に、レオの奴、ビンタを炸裂させたよな? しかも往復だよな?
馬鹿なの? 普通は目を覚まさねえよ? むしろ、余計にぐったりするぞ、コラ。
『まっ待つんだ、風桐君。そんな非合理的な方法で追い打ちをしても彼は目覚めたりしないだろう?』
「……おかしいね。叩けば普通、起きるもんなんだけど?」
『奏君は壊れかけのテレビじゃないんだ。彼はどちらかと言えばお姫様なのだから、目覚めのキスをしてやるべきじゃないかな?』
「じゃあ、誰が王子役をやるのさ」
『ふ、というわけでお願いだからここはボクに任せてくれ。さくらんぼの茎で身につけたテクで彼を骨抜きにしてあげようじゃないか』
何だか荒い息と共に甘ったるい匂いが漂って来たのが、完全な目覚めの起点となった。
「俺も同意見だ…なぁ? レイン?」
目の前にあった顔を掴み、指の隙間から覗く彼女の瞳がもの凄く泳いでるのが見てとれた。同時に冷や汗も流れ落ちていく。
『おや、お目覚めかな奏君! 女の子に向ける目ではないけどね!』
「うるせえやァァ! 嘘下手か、馬鹿! ここぞとばかりに人の寝込みを襲おうとしてんじゃねえ!!」
『だ、大体、キミが起きないのが悪いんだろ! むしろ、こんな美少女がキスしてあげようとしたんだ! 寧ろ、感謝してほしいと、そうは思わないかい?』
「ありがとうございましたァァ! 満足か? 満足だな! つー訳で殴らせろや、レオ!!」
「僕、関係ないよね!?」
『うっさいわよ、アンタら! 今、ハッキング中なんだから邪魔しないで!』
その言葉に掴んでいた手を下ろし、状況把握に努める。何だか夢を見ていたような気がするが………覚えてない。
『ところで奏君。彼女は何だい?裸だから僕の上着を着せたけど………浮気かい?』
「自分から聞いて、涙目になんなよ………違うから安心しろ。なんかこう………良く分からないが仲間にした………気がする」
「え、奏。何でそんな適当なの? 馬鹿になった? 僕のこと言えなくない?」
「うるせえ、ボケ! こちとら Xノイズとバトってたんだぞ!? 今際まで行ったせいで記憶がごちゃごちゃなんだよ!!」
『マスターが吹き飛ばされた拍子に機械が壊れて、私が出られたの。その恩返しに協力してあげる。それで名付けの契約したじゃない? 忘れた?』
「ああ………そんなような、気が………エスポワールもプレイヤーネームだしなぁ」
大体がそんな感じだった筈なので、ひとまずそう説明し、鈴雨と礼央を納得させる。
その後、互いの声による反響音から、自らの位置と建物内の構造把握をする技、オーダーサーチを使い、解析完了。
「ここは兵器の格納庫か?」
『まあね。ここに脱出用の兵器があるから拝借するわよ、永久にね』
「借りパクか」
『借りパクよ。よし開いたわ!』
自動で開く先に雪崩れ込む俺たちはエスポワールの先導に従って、先に進んでいく。
すると装甲車みたいな乗り物を前にして、エスポワールは足を止めた。
『ちょっと支配権取るから、アンタらで私の服取ってきてくれない? レインは私のそばで見回りを。馬鹿二人は、黄色の扉にあるから探してきなさい』
随分と無造作に投げられたデータから、俺たちは兵器の格納庫を漁る。
暫く探すと、黄色のパイプラインがある扉があったのでエスポワールから受け取った端末を翳す。
「なんかSFアニメにありそう」
「すげえ分かる。滅茶苦茶ワクワクしねえ?」
「目のキラキラがすごいね、奏」
中に足を踏み入れれば、そこには足を踏むのも困るくらいの兵器の数々。人を殺すには過剰すぎるほどの武器や銃器などが無造作に積み上げられている。
その中を捜索する事、数分。
「いや待って。何これ」
「俺が知るか。どう見ても厳重そうな代物には違いねえが」
そこにあったのは人間一人が入れるような長方形の箱。人を撲殺出来るほどのいくつもの錠と鎖で縛られているそれは開けてはならないパンドラの箱のようだった。
『ちょっと、何ボーっとしてんのよ。こっちは準備終わったわよ。アンタらもアタシのパンドラの箱を持って来てちょうだい』
「やっぱ、これパンドラの箱なのかよ。何が入っていやがんだ」
『教えてあげるわ。だから開けるの手伝いなさいよ』
手足をプルプルさせながら箱を装甲車の格納庫に入れると、スマホに戻ってきたエスポワールの指示通りに鎖を光剣で切断し、解除番号を打つ。
「………おい、これって」
圧力が抜けるような音を立てて現れたのは──
「メイド服………だと?」
『奏君。いくらキミの好みがメイドだからって、わざとこれを持ってくるのはよくないと思うんだが』
「ちげえ、俺は悪くねえ! 俺は悪くねえんだ!」
『何、痴話喧嘩してんのよ』
鈴雨の訴えるような目に頭を抱えたアルマジロの構えを取っていれば、エスポワールは呆れた様子で中にあるメイド服を手に取る。
『やっぱり仕事服だと気持ちが締まるわね。ちょっと着替えてくるわ。そしたら出発するから』
「マジでそれお前の服なの!?」
『奏君、何故そんなに興奮してるのかな?』
鈴雨の目からの圧が増した。それに俺は目を逸らして逃げ出す。
「うわぁ………気持ち悪」
「少なくとも、和服AV好きなテメェには言われたくねえよ!」
「女の子の前で言うなよ! 人の心はないのかな!?」
互いの性壁暴露に女性陣2人の顔から表情が抜け落ちたのを見た。とても心が痛い。
「そこ2人、視線がうるせぇ。ぐずぐずしてたら置いていくぞ」
『見なさい、レイン。あれが都合が悪いと誤魔化す男の仕草よ』
『本当だね、エスポワール。DVまっしぐらだね』
「マジでうるせえわ! 短時間で仲良くなりすぎだろ!」
ヒソヒソする2人をひと睨みすればやれやれとばかりに肩を竦めるので、登ろうとする彼女達を足でゲシゲシする事にしようとした瞬間、扉の方から破壊音が響いた。
『ヤバっ、マスター! もう来てる! 遊んでないで早く中に!!』
「チッ、マジかよ!」
同時に扉が開き、機械兵たちによる嵐のようなレーザーが飛び交う中で、装甲車が唸りを上げた。
「出せ! エスポワール!」
『了解、アンタら捕まってなさい!』
それらを全て逸らしながら、ハッチ内部に潜り込み、ハッチを閉める。同時に車内の中で重力の方向が変化し、壁を突き破って外に飛び出したのだった。
*
「諸君、聞いたとは思うが。先程の女性を殺して、彼らが逃走を開始した」
トラオアの言葉に召喚された者達は驚きを隠せない。中でも異世界の為に戦うと言っていた少年──四ノ宮響は憤っていた。
「トラオア様。彼は俺に任せてください!同じ世界の人間として、彼を必ず捕まえます!」
「うむ。期待しているぞ………勇者ヒビキよ」
精悍な響の顔つきに王宮の侍女や貴族の令嬢などが見れば間違いなく熱い吐息を漏らしうっとり見蕩れているに違いない。
それだけの魅力にあふれていた。
だから彼女は近づいた。
「頑張ろうね、ヒビキくん」
「うん。斎藤さん」
人差し指を空中で回しながら、問いかける斎藤を安心させるようにヒビキは強く頷く。
「私も協力するから。こう見えても、私は世界を滅ぼす手前くらいには強いもん。ゲームでだけど」
「ああ、頑張ろう!」
斎藤はヒビキの両手を握って、花のような笑顔で笑ったのだった。
*
「残った7人の内、ソラノと呼ばれた女は三番目には適合率が高かったようだな」
「はぁ………それは本当なの? トラオア」
「ラヴィも結果から見れば分かるだろうぜエーックス!」
「うっさいわよ、エクス」
「………興味ないから帰ってもいいか?」
「少しは興味を持つのだもん」
「俺っちとしてはその言葉をやめたらいいと思うんだよね」
その部屋は完全なる密室であり、中に入るにはテレポーターを使わなくては入れない。
故に科学側の人間しか入室できないその部屋には円卓と9人の男女が座っていた。
「エクス、彼女の『超能力』の出力はどうだった?」
「平均だぜエーックス! 見た感じは念動力を覚えたみたいだぜエーックス!」
「超能力に関するセンスはずば抜けてるだもん。元々は似たような力を持っていたと思えるだもん。亡くなったのは勿体無いモン」
超能力、科学側が生み出したデータによる法則の再現。ナノマシンを体に打ち込み、そのナノマシンが計算したデータを現実に書き換える事で発生する力だ。
「他の奴らも使えないが………早いうちに買収しておきたいな。私達に歯向かうにしろ、従うにしろ」
「内偵か」
「はぁ………彼の言う通りね。内偵として買収したらどう、トラオア?」
「そうしよう。レックス、頼む」
「あいあい俺っちにお任せあれ!」
「ではペルセスには私から連絡しておく。作戦を果たす、それまでは各々、ゲームの役割を演じるんだな。解散」
各々が部屋から姿を消し、立体映像で参加していた者達も姿を消していく。
トラオアとラヴィは立ち上がると、手を叩く。
「それでは、あの日の続きを始めようか」
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