第8話 ジョシュア・ブラックウェル
『だって、あなたのお母様は亡くなったブラックウェル侯爵夫人と異母姉妹じゃない』
侯爵夫人の言葉にリリィは驚いた。
そんな話、聞いたことない。でも、確かにありえない話じゃないかも。
紫の目を持つ人物は少ない。リリィは今までシャーロット以外には会ったことがなかった。リリィの家族もリリィ以外に紫色の目の人物はいなかった。幼い頃母にその理由を尋ねたが、おじいちゃんが紫の目だったからだと教えてくれたことがある。
私のおじいちゃんとシャーロットのおじいちゃんは同じ人物なのかも。
リリィは明確に嬉しいと感じていた。憧れの人物と血がつながっているかもしれないということに、リリィは嬉しい気持ちでいっぱいだった。
あれ?ということは、私とシャーロットは従妹ということかな?これはぜひとも確認しないと!
リリィは夕飯の支度を終えて急いで伯爵家へと帰った。
「お母さん、ただいま!聞きたいことがあるんだけど」
リリィは家に帰ると早速母の元へと直行した。
「…おかえり。ずいぶんと慌ただしいことで」
怪訝な顔でアップル伯爵夫人がリリィを見た。
「今日はフォード侯爵家へ行くって言ってなかった?」
「そうなんだけど、聞きたいことがあって帰って来たの」
アップル伯爵夫人はカップへと紅茶を注ぎ、ローテーブルの上に置いた。
「とりあえず座ったらどう?」
母に促されてリリィはソファに座った。向かい側に伯爵夫人がゆっくりと腰かけた。
「それで、話しってなんなの?」
リリィはソファに座って紅茶を飲んだことで、幾分落ち着きを取り戻していた。
「シャーロットのお兄さんのことなんだけど、お母さんが知っているって聞いたから」
リリィの言葉に伯爵夫人は嫌そうに顔をしかめた。
「そのことね。まぁ、世間の人よりは知ってるわよ」
伯爵夫人は中々口を開こうとはしなかったが、リリィに負けて話し出した。
「私と亡くなったブラックウェル侯爵夫人は異母姉妹よ。幼い頃にメビウス伯爵がやってきて、自分の子だとわかったから引き取られたの。その時初めて義姉に会ったわ。私より2歳年上だったんだけど、とても大人っぽくて美しい女性だったわ」
嫉妬しちゃうくらいにね、と付け足し伯爵夫人は持っていた紅茶のカップを見つめた。
「でも、ブラックウェル侯爵との結婚が決まった時、義姉はあまり嬉しそうじゃなかった。私はとんでもない幸運だと思っていたのだけど、義姉にとってはそうじゃなかったみたい。義兄も美しい義姉を何とも思ってなかったみたいだし、完全な政略結婚ね。ただ、二人とも美形だったからとてもモテたのよ。それが、悲劇につながったんだわ」
この話いつまで続くんだろうと思っていると、伯爵夫人は察しているかのように区切った。バレてる。
「最初の子ども、ジョシュア君が1歳になって少し経ったころ、屋敷の使用人が彼を攫っていってしまったの。その時義姉はシャーロットちゃんを身ごもっていて、危うく流産しかけたわ。結局その使用人は死体で見つかって、ジョシュア君だけが行方不明になってしまったんだけど。義姉はそのことで体調を崩して、シャーロットちゃんを産んですぐ亡くなったわ」
なるほど。だからブラックウェル侯爵家の警備が厳重だったんだ。
「ということは、お兄さんの行方はわからないの?」
「侯爵家の調べでは、誰かが連れ去ったんだろうということになったわ。そしてその方向はフォード侯爵領とのことよ」
こんなに身近に答えを知っている人が居ただなんて、思いもしなかった。ブラックウェル侯爵家はお兄さんを探すためにフォード侯爵家とシャーロットを結婚させたんだ。そのためには大金も惜しまずに。ということは、お兄さんさえ見つかれば円満に婚約破棄できそうね。しかもブラックウェル侯爵家側からの婚約破棄であれば慰謝料ももらえそうだし、フォード侯爵家も納得するはず。
解決の糸口が見え、リリィは胸をなでおろした。
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あれが問題の、ごろつきが居るっていう噂のアジトね。
暗視スコープを覗きながらリリィは今後の作戦を考えた。リリィがいるのはフォード侯爵領の森の中だ。街で調査したところ、ごろつきが山の奥へ入っていくのが頻繫に確認されているらしい。
侯爵領といってもかなり端のほうだし、治安が行き届いていなくても仕方ないわ。逆にここ以外に悪い治安のところは聞かなかったもの。あの中にお兄さんがいると思ったのだけど。
1回目の時、シャーロットの葬式で見た男は青白く、瘦せていて不健康に見えた。普通の健康状態ではなく、過酷な環境にいたということが誰の目からも明らかだったのだ。
ブラックウェル侯爵家でも探せず、普通の環境でないフォード侯爵領といったらココでしょうね。隣国と接しているから、多少の揉め事は看過されるし。問題はどうやって見つけるか、かな。
アジトの大きさは多くても30人が暮らせるくらいだろうか。暗くて良く見えないが、アジトの出入り口を見張っている人や歩いて警備している人を合わせると7人くらいだ。
この格好、なんて言うんだっけ?たしか、ニンジャだった?ううん、それは着ていた人か。そうそう、シノビショウゾク、って言ってた。黒いから目立たないけど、バレたら少し恥ずかしいかも。
リリィは自分の服装を見てそう思った。ドレスだと目立つため街中で買ったのだが、昼間には着られない服だ。ちなみに目元以外は黒ずくめになっているため、万が一見られても自分だとはわからないだろう。目の色を見られなければ。
お兄さんはどこにいるのかな?建物の中?それとも一緒に働いている?
リリィは再び暗視スコープを覗き、考え込んだ。そのため、背後から近づいてくる人物に気づけなかった。
「そこで何をしている?」