第5話 リリィの誕生日
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俺は今、深刻な問題に直面している。
学園近くのカフェで席につき、クリスは頭を抱えていた。今日は休日で、カフェの中も街中も大勢の人で賑わっている。
くそっ。あと1週間しかないのにどうすればいいんだ!
朝から3時間以上歩きたくさんの店を回ったが、これだと思えるものがなかった。
「リリィの誕生日プレゼント、何にすればいいんだ!」
セットした髪をかき乱し叫ぶと、ちょうど店に入ってきたシャーロットと目が合った。
「…ごきげんよう、フォード卿」
見られたくないところを見られてしまったぜ。
無言で髪を整え、クリスは軽く咳払いをした。
「こほん、ご機嫌麗しゅう、レディ・ブラックウェル。こんなところで会うとは奇遇だな」
シャーロットの軽蔑した視線が刺さった。
「…ご一緒しても?」
「もちろん構わないさ。婚約者だからな」
少し考えた後、シャーロットが向かいの席を指した。
今までだったら声もかけなかったと思うけど。どういった心境の変化があったんだ?
向かいに腰かけるシャーロットをクリスは訝しげに見た。店員にコーヒーとサンドウィッチを注文している。
最近、リリィとも仲が良いよな。俺のリリィと仲良くしやがって。最近構ってくれないのに。まてよ、同じ年頃の女子だったら貰って嬉しいものもわかるよな?
クリスは紅茶を飲みながらちらっとシャーロットを窺った。
「!」
目が合った!
シャーロットは片肘で頬杖をつきながらこちらを見ていた。無表情のシャーロットには珍しく目尻が垂れ、口元はにんまりと上がっている。一言でいえば、悪い顔をしていた。
「ねぇ、フォード卿。リリィの誕生日があるの?」
げっ。聞かれていたのか。
「ああ。来週の日曜日で15歳になる」
平静を装いクリスが答えると、シャーロットはにやにやと笑った。
「ふーん、それであなたはリリィの誕生日プレゼントを探してるってわけね?」
「そ、そうだが」
なんだ?何を考えているんだ?
クリスは警戒しながら答えた。
「婚約者の誕生日プレゼントは何も贈ってこないのに?」
「いや、贈ってるけど?」
たしか、母上が贈っていたはずだ。
シャーロットは笑みを深めた。
「そう?じゃあ私に贈ってくれたものが何かわかるわよね?」
「…」
クリスは押し黙った。母に任せているため、何を贈っているのか知らなかった。
「ふふっ、冗談よ。私はクマのぬいぐるみとアロマキャンドルを貰ったわ」
シャーロットはどちらも趣味じゃないけど、とは口に出さなかった。侯爵夫人が用意していると知っていたからだ。
「一つ言っておくけど、私はその日、リリィを我が家のお茶会に招待するつもりよ」
「えっ!!」
「今決めたわ」
シャーロットはナプキンで口を拭い、席を立った。
「それではごきげんよう」
颯爽と去っていくシャーロットを見つめ、クリスは呆然とした。
リリィは絶対シャーロットのお茶会に行くだろう。
二人きりで祝いたかったのに!
クリスはシャーロットが入店した時よりも深く頭を抱えた。
**********
「ごきげんよう、リリィ」
「ごきげんよう、シャーロット!今日はお茶会に招待してくれてありがとう!」
リリィは朝から上機嫌だった。
シャーロットがクリスを通さずにお茶会に招待してくれるなんて!時間を巻き戻して良かったわ。
シャーロットの案内で庭園に行くと、色とりどりの百合が各所にあしらわれているのが見えた。
今日のお茶会は百合がテーマなのかな?季節だものね!
リリィは自分が誕生日なのを忘れていたため、特に気にせず席についた。
「実は、もう一人呼んであるの。そろそろ来るはずよ」
そう言ってシャーロットが出入口の方を向くと、老執事の案内で茶髪の少女がやって来た。
「エイミー?」
やって来たのはエイミー・チャンだった。
「レディ・シャーロット・ブラックウェル、本日はお招きくださりありがとうございます」
エイミーはシャーロットの前まで来るとぎこちなくお辞儀した。
「レディ・エイミー・チャン、ようこそ。こちらの席へどうぞ」
シャーロットの合図でお茶会が始まった。
出てきたのはゼラチンでコーティングされたキラキラと光るケーキ、百合の形をしたクッキー、銀河を表現したようなチョコレートなど多種多様なお菓子だった。サーモンのサンドウィッチといった軽食も用意されている。
さすがブラックウェル侯爵家。見たことのないお菓子ばかりだわ。
リリィが圧倒されていると、エイミーが早速ケーキを頬張った。
「っん!おいしい!口の中で溶けていくような、不思議な触感のケーキですね!」
「ふふ。シェフ一押しのわたあめを使ったケーキよ」
シャーロットは自慢げに紅茶を飲んだ。
「いろいろ用意したから、遠慮せず食べてね。この紅茶もおすすめよ。モンブランの香りがするの」
エイミーの食べっぷりを見たシャーロットは嬉しそうだ。
リリィは目の前のケーキを眺めながら憎らしく思った。味覚がないからどんな味かわからないが、エイミーを見ているととても美味しそうだ。
悔しい!これほど悔しく思ったことはないわ。
「あら?リリィ、お口に合わなかった?」
シャーロットがリリィのお皿を見て眉を下げた。
「ううん!びっくりしただけ。とっても美味しいわ!」
リリィは慌ててケーキを頬張り満面の笑みを浮かべた。
「そう?なら良かったわ」
そう言ってシャーロットもケーキを一口食べた。
「うん、おいしい」
「お嬢さま、クリス様がお見えですが」
老執事がシャーロットに何か耳打ちすると、シャーロットの顔が一瞬だけ歪んだ。しかし、リリィたちの顔を見回したあと、シャーロットは微笑んだ。
「今日は男子禁制よ。追い払って頂戴」
「かしこまりました」
「さあ、お腹も膨れたことだし、私からリリィにプレゼントを渡しても良いかしら?」
え?シャーロットが私に何かくれるの?なんだか怖いな。
ドキドキしつつ、リリィは老執事が運んできたワゴンの上にある白い箱を見た。大きさはホールケーキの箱ぐらいだ。
「開けてもいいの?」
「もちろんよ。ただ、開けたらすぐにこっちに来てね」
シャーロットたちは離れたところに立っていた。
…蛇が入ってるとか?
リリィは恐る恐るリボンを解き、箱を開けた。
箱を覗き込むと、赤い数字が見えた。
この数字、減っていってるような…?
「リリィ、早くこっちに来て!」
シャーロットの言葉にハッとし、リリィは急いでシャーロットの方へと駆け出した。シャーロットたちのところへ着いた直後、轟音が鳴り響いた。
まさかの爆弾!?
驚いて振り返ると、空に文字が映し出されていた。
『リリィ、15歳のお誕生日おめでとう!!』
文字と共に次々と光の玉が開いていく。
光が終わると、静寂が辺りを占めた。
リリィは呆然と空を見上げていた。未だに光が網膜に焼き付いている。すると、老執事が新しいワゴンを引き、ろうそくを立てたケーキを運んできた。
「リリィ、お誕生日おめでとう!」
「これ、私からのプレゼント!」
シャーロットがお祝いの言葉を述べ、エイミーが包装された袋を差し出した。
「…ありがとう。こんな、こんなサプライズプレゼント初めてだわ」
リリィはまだどこかぼんやりした表情で答えた。轟音が耳の奥でこだまする。
「そうでしょう、そうでしょう。きっと初めてだと思ったわ!」
「本当に。さすがブラックウェル侯爵家ですね!」
シャーロットが得意気に言い、エイミーも追随した。
「…予行などしておりませんので、思ったより爆音でしたがね。火事にならなくて良かったです」
ぼそっと呟いた執事の言葉は誰も聞いていなかった。
クリス 「リリィにプレゼント渡せなかった…」
シャーロット「打ち上げ花火は大成功だったわ!」
エイミー 「さすがブラックウェル侯爵家。規模が違うわね」
リリィ 「エイミーはいつの間にシャーロットと仲良くなったんだろう」