最終話 神様の創った土人形
春のうららかな風が気持ちいい。
シャーロットは風になびく髪を押さえ、目を閉じた。
今日は卒業後のパーティということで、リリィとクリスを呼んで庭園でお茶会をすることにした。本当はエイミーも呼んだのだが、実家の手伝いがあるということで卒業後飛ぶように帰ってしまったため不参加となった。参加者はシャーロットとリリィ、クリスの予定である。二人だけではつまらないため、クリスも呼んであげたのだ。
婚約者としては嫌だけれど、友達として呼ぶなら悪くないわ。
庭園と合っているテーブルクロスの色に満足しながら、シャーロットは参加者を待っていた。ちょうど紅茶の手配をしようと考えたタイミングで、執事がリリィとクリスを庭園に案内してきた。
「シャーロット、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
リリィは白金の髪と薄紫の瞳に合うような、白いワンピース、紫色のボタンとベルトといった装いだった。クリスは春を感じさせる茶色と緑の服だった。それ以外の印象はない。
お辞儀をしたリリィを促し、席を勧めた。
「リリィ、今日の服とっても似合っているわね」
「ありがとう。シャーロットも薄緑色のカチューシャが似合っているわ。クリスと同じ色ね!」
リリィの言葉に私とクリスの頬がひきつった。恐らく、同じことを思っただろう。コイツと同じだなんて!と。
「あらそうかしら?ちょっとわからないわね。それより、紅茶はいかが?今日はスミレの花の砂糖漬けを用意したの」
シャーロットはテーブルの上に用意していた食べ物を勧め、近況や卒業後のことについて話し合った。
お茶会は和やかに進んでいるように思えた。
私は主にテオドールについて話していたけれど。
「シャーロット、幸せそうね」
リリィがぽつりと呟いた。お兄さまがこちらに向かってくる様子が見える。
「ええ?・・・そうね、幸せよ」
そう、私は幸せだわ。大事な人が近くに居て、不幸の原因だったコイツとも別れることができたもの。
シャーロットは紅茶を飲み、考えた。
**********
「そっか」
「・・・リリィ?」
最初に異変に気付いたのはクリスだった。
リリィの形が一瞬霞んだように見えた後よろけたのが見え、咄嗟に抱きかかえた。足首から先がなくなっていた。
「もういいのか?」
いつの間に側にいたのか、ジョシュア・ブラックウェルがリリィを見て静かに問いかけた。
「うん。もう満足したわ」
リリィも落ち着いた様子で答える。
どうなっているんだ?
リリィの体が砂糖が溶けるようにだんだんと無くなっていく。
どうして二人とも落ち着いていられる?俺がおかしいのか?こんな現象、聞いたことがない。
「なあ、リリィ。お前の体が無くなっていくんだが」
クリスが震える声で言った。
「なに、これ・・・」
シャーロットもリリィを見ると、口元に手を当てて呟いた。顔が青ざめている。
「クリス。落ち着いて聞いて。私ね、代償を払っているの」
「なんだよ代償って。それより、どうすればいいんだ!?このままだと消えてしまう」
俺はだんだんと崩れて形を失っていくリリィの体に焦った。
慌てるクリスとは対照に、リリィは落ち着いた声音で続けた。
「あのね、私、罪を犯したの。それでね、時間を巻き戻したのよ」
秘密を語るように、リリィが囁いた。薄紫の瞳がクリスをまっすぐ見つめる。
何を言っているのかさっぱりわからない。時間を巻き戻した?その代償がこれなのか?
クリスは左腕でリリィの体を支え、右手でリリィの左手を握っていたが左手も崩れ始めた。
「リリィ、あなたがしたことだったのね・・・?」
「うん。やっぱりシャーロットはわかっていたのね。私ね、シャーロットにまた会いたかったの。あなたに幸せになって欲しくて頑張ったんだ」
「私、リリィのこと恨んでないわ。リリィはずっと、いつだって私のことを支えてくれたもの。だから、こんなこと望んでないの!」
「うん、わかってる。今回はお友達になれたもの。だから、泣かないでいいの」
シャーロットの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。クリスは事態が上手く吞み込めず、蒼白な顔をしていた。
リリィはシャーロットとクリスの二人に向けて言ったのだ。
既に体の半分が崩れ、手の施しようがないと誰が見ても明らかだった。
クリスも頭では事態を受け入れることを拒否していたが、自然と涙が頬を伝った。
「ねえ、クリス。私、あなたのことを殺したの。エイミーも殺したわ。時間を巻き戻したとはいえ、私は私の罪が消えたとは思ってない」
「・・・よ。いいよ!お前が何をしようが、全部許す!例え俺がお前に殺されたとしてもだ!・・・だから、いかないでくれ」
クリスは消え入りそうになる声を必死に紡いだ。
ああ、神様!いるのであれば、助けてください!
願いとは裏腹にリリィを抱く腕の重みは消えていく。
ダメだダメだダメだダメだ!
夢であって欲しいと強く願った。
リリィはそんなクリスを見て優しく微笑んだ。
「・・・クリス。私、あなたのこと愛しているわ。こんなこと言うの恥ずかしいけれど」
嬉しい言葉のはずなのに、喜びよりも強い不安が押し寄せる。
「俺も、俺もリリィを愛しているよ。だから、一緒に生きよう・・・?」
リリィの頬に涙が伝った。微笑から一転し、真剣な顔で言った。みんなに向けた言葉だった。
「あのね、私のことは忘れて欲しいの。たとえ私が死んだとしても、何も変わらないわ。世界は広いから、私のような人はきっとどこかにいる。その人を私の代わりにしてほしいわけではないけれど、私が死んだからって悲しむ必要なないと思う。生きていれば明日が来るわ」
最後の力を振り絞り、リリィはとびきりの笑顔を作った。
「みんなの幸せを、願ってる」
そう言い残し、リリィの体は砂となって消えた。
最後に手に残ったのはクリスがリリィに贈った髪飾りだったが、それすら脆く崩れて消えた。
**********
少女が瞬きをすると、手に持っていた水晶から光が消え、ただのガラス玉となった。
「もういいのか?」
憮然とした顔の少年が少女に向かって問いかけた。少年は焦げ茶色の髪に褐色の肌、灰色のターバンと同じ色の長衣を着ている。砂漠の民という言葉が似合いそうだ。この男が憮然とした顔をしているのはつまらないからではなく、それがデフォルトなのだ。
「ええ。私にできることは終わりました。これ以上することはないでしょう」
少女はそう言い、先ほどまで見ていた光景に興味がないかのように空を見上げた。少女は少年より明るい茶髪に茶色い目をし、白いローブを羽織っていた。雰囲気は似ているが、少女の肌は褐色ではなく透き通るような白だった。少年は名前をレグ、少女は名前をレミという。
「完璧に創る直すこともできただろう」
レグはレミの対応に不満のようだ。
少女は少年を一瞥した。
「元よりあの子には力を授けていました。これでも干渉しすぎなくらいです。彼女の願いの対価として、彼女の魂の消滅だけで済ませたのですから」
レミは遠い昔を思い出すように目を眇めた。親友と瓜二つの顔だったからか、リリィの願いをかなり聞いてしまったようだ。自分の権能を使ってまで。
「それに、私は時の女神です。それ以上のことはできません」
怪力を授けることや違う時空に飛ばすくらいのことはできるが、すでに進んだ時間を巻き戻すには一人の願いを叶えるだけには不十分だった。そのため、魂だけを取り出し、レミお手製の土人形に意識を込めるのが今できる精一杯のことだった。役割を終え脆く崩れてしまったが。
少年は澄ました顔の少女を見て、金の目を細めた。
他の神の権能を借りれば簡単に体を創ることは造作もなかったはずだ。大地の神である俺や、生命の神であるミンティアに頼めば良かったのだ。
「あら、不満ですか?」
レミはレグを見て微笑した。
「確かに、あなた方に頼んでも良かったかもしれません。ですが、これは私と彼女の約束ですから。まあ、その約束もあの子たちが最後だったのですが」
そう言ってレミは水晶を撫でた。この水晶は時の権能を使うために必要な神器のようなものだ。はるか昔、父たる神がそれぞれの権能に合うよう、創造し与えてくれたもの。
「それよりも、あの世界に外来種がいたことが許せません」
「魔女と言われていた者たちのことだな。しかし、お前が警告を与えたじゃないか」
「ふふっ。私の領域で時空を越えようとするだなんて、殺してくれと言っているようなものでしょう?今回のことは良い教訓になったはずです」
嘲笑し冷たい笑顔を浮かべる姿は、慈愛の神と言われる女神より、悪女という言葉がぴったりだった。
「はっ。お前が手厳しかったのは、魔女だからではなく黒髪だったからだろう」
レミが干渉した魔女ジェシーは黒髪だった。俺たちの探す、黒髪赤目のあの女と同じ、黒。似ていたのは髪の色だけだったが。
「・・・特別気に入らなかったことは否定しません。過ぎたことです。休憩は終わり。さあ、私たちの旅を再開しましょう」
レミはこれ以上続けたくないというように、話をぶち切った。しかし、俺も旅を再開したかったから何も言わなかった。
「ああ。誰が一番に見つけるだろうか」
大罪を犯した、あの神を。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
初作品なので、拙いところもありますが、ご容赦いただけたらと思います。
ちなみに、スミレの花の砂糖漬けは紅茶よりココアに入れるのがおすすめです。
個人の好みですが、ぜひお試しくださいませ!




