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第25話 兄の想い

どのくらい経っただろうか。僕はひたすら王都に向かって歩いた。


もちろん路銀などあるはずもなく、日雇いのバイトをこなしながら食べ物や宿を確保した。お金を宿に置いてきてしまったことが悔やまれる。幸い、幼いころからシャーロット様が色々な教育を施してくださったおかげでそれなりに良い仕事に就くことができ、転々としながらもすぐに仕事を得ることができた。


さて、そんなこんなでもうすぐ王都、という頃、風の噂で魔女が死んだとの情報を得た。魔女の情報網から得たことなのだが、その少し前に持っていた魔法石が割れたことから、死んだ魔女は師匠のジェシーだと推測できる。簡単には死なない魔女が死んだ。このことは、密やかながら確実に魔女の間に広がっていった。しかし、誰もどうやって死んだのか、誰が死んだのかはわからないようだった。


テオドールは一人、黙祷を捧げた。


生暖かい風が頬を撫でる。王都の城壁を前にし、出会いの予感をテオドールは感じていた。



**********


私は目の前に立っている狐面を被った少年の頬に手を伸ばした。

幼い頃の面影を残しつつも、大人になる前の少年。白い頬は昔のようなぷにぷに感がなくなり、シュッとしている。お面を外すと、記憶にある幼子と同じ黄緑色に赤みを少し足したような瞳と目が合った。


シャーロットは自然と、前世の格言を思い出した。

我々は、人が我々に施す恩の故によりもむしろ、我々が人に施した恩の故にその人を愛す。


まったくそのとおりだわ。この子に会って確信した。たとえ、この子が私を裏切ることになっても私はそれを受け入れるでしょう。この子は私の子も同然。目に入れても痛くないもの。


私はそっと、テオドールと額を合わせた。


「おかえり」


その表現が正しいかはわからないが、自然と口から滑り出た。


テオドールはふわりと微笑んで答えた。


「はい。ただいま戻りました」


懐かしい気持ちに浸っていると、いつの間にかジョシュアが背後に立っていた。

ジョシュアはテオドールと護衛をしているオリバーを見比べると、目を眇めて何か考えるように顎に手を当てた。


この二人はそっくりだものね。兄弟だと思っているのかしら。


シャーロットが何か言おうと口を開く前に、ジョシュアはシャーロットの顔を正面から見据え、簡潔に尋ねた。


「どうしたい?」


この子について色々言われるかと思ったけれど、お兄さまは私に答えを求めているのね。何ていうべきかしら?


シャーロットは少し迷った後、テオドールの肩を後ろから掴み、ジョシュアの目を見て言った。


「私はこの子を養子に迎えたいです」


鋭い視線がシャーロットに向けられる。数回瞬きした後、ジョシュアは頷いた。


「わかった」


ジョシュアの行動は早く、瞬く間にテオドールはシャーロットの養子となった。養子にするには年が近すぎたが、侯爵家の決定に文句を言う者はいなかった。年が近かったおかげか隠し子という噂はなく、その代わり結婚前の娘の養子にするなど、とてつもない才能を持っているのではないかという噂が流れた。


テオドールの動向はこれからずっと注目されるでしょうね。本人にとっては大変かもしれないけれど、幼い頃から賢かったから大丈夫でしょう。


シャーロットは噂については気にせず、目の前に出されたローズジャムのクッキーとダマスクローズの紅茶を口に含んだ。瑞々しいバラの香りが鼻腔をくすぐる。


それよりも、これで良かったのかしら。


シャーロットは紅茶のカップをソーサーに置き、兄のことを思い浮かべた。

テオドールを養子に迎えるにあたり、クリス・フォードとシャーロットの婚約は破棄となったのだ。兄曰く卒業のお祝いだそうだが、シャーロットにとっては不可解だった。


お兄さまがテオドールについて聞いたことはなかったけれど、以前から知っているような反応だったわ。テオも普通に接しているし、どこかで会ったのかしら?何にせよ、クリス・フォードとの婚約を破棄できてよかったわ。


兄は声をかければ微笑んでくれるが、いつもどこか冷たい瞳をしていた。


私はお兄さまを愛しているけれど、お兄さまは私のことを好きではないと思っていたのに。


卒業まであと2か月。私の未来は前回とは違う結末になりそうだ。

シャーロットは無言で紅茶を口に含んだ。



**********


祭りの日。妹が誰かと話していた。不思議に思って確かめると、見覚えのある少年が立っていた。そう、シャーロットの葬式に参加していた少年だ。


あの時はもっと幼かったが、今の方が大きいのはなぜだ?


ジョシュアは疑問に思ったが、シャーロットの嬉しそうな顔を見て、彼女も前の記憶があるのだと確信した。


「私はこの子を養子に迎えたいです」


そして、初めて口にした覚悟と本心を聞き、それに応えようと思った。


俺は彼女の本当の味方にはなれないだろう。俺にとって一番大事なのはやはり昔の仲間だ。この不幸な妹にしてやれる最大のことは、彼女の心からの味方を側においてやることだろう。だから俺はオリバー・ロッドとそっくりの少年をシャーロットの養子とすることにした。



**********


全てが順調にいっている。リリィは庭の花壇に水をやりながら、鼻歌を歌った。春が近づいた季節にも関わらず、目の前の植物は白い花と紫の花を咲かせている。一つはドクニンジンで、もう一つはトリカブトだ。花を撫でると、甘い香りが漂った気がした。匂いを感じないのに。


終わりの時が近づいてきている。


リリィは水をはじく花弁を見ながら、寂しそうに目を細めた。


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