第23話 テオドール・ロッド
辺りは黄昏から夕闇に変わろうとしている。先ほどまでは気が付かなかったが、提灯の赤い光が独特の妖しさを醸し出している。
『シャーロット様。愛しています』
茶色い髪が提灯に照らされ赤く染まっている。ふいにシャーロットは愛の言葉と優しい声を思い出した。
それを言った人物はジョシュアとシャーロットから離れた位置で辺りを警戒している。
シャーロットはそれを聞いた時、確かに嬉しいと感じたのだ。すぐに裏切られることになったけれど。
このお祭りの雰囲気が感傷的にさせるのかしら。今はお兄さまもいるんだし、孤独ではないのに。
シャーロットは隣を歩くジョシュアの腕をぎゅっと握った。
「どうした?」
ジョシュアの双眸が眇められ、いたわるように問いかけてきた。
お祭りの時の男性って、女性に寛容になるのかしら?今のお兄さまは、全世界で一番輝いて感じられるわ。
「来年からはルーラン様がいらっしゃるから、私とは一緒に来てくれなくなるのかと思ったら寂しくなっただけですわ」
下を向いて答えると、ジョシュアが笑った気配を感じた。
「三人で一緒に来ればいいじゃないか」
「まあ、お兄さまは女心をわかってらっしゃる方だと思ったのに」
「大丈夫。ルーランは大勢の方が楽しいと言うタイプだから。シャーロットのことも気に入っているし、一緒に行こうと誘ってくれるさ」
確かに、以前会ったルーラン公女は明るく、シャーロットにも本当の妹のように接してくれた。
「そうですね」
シャーロットは来年に思いをはせ、上を向いた。
「もうじき花火が上がるようですよ」
火の粉が降りかかるという注意とともに、提灯の光が弱くなった。お祭りを楽しんでいる人々も空を見上げている。
ひゅ~、という音とともに小さな光が上がり、空に大輪の花を咲かせた。
この前やった花火よりは小さいけれど、模様が凝っているわね。
隣のジョシュアを見上げると、食い入るように花火を見ていた。他の人々も、目を輝かせて見ている。
今回のお祭りも大成功ね。やっぱりお祭りはこうでなくちゃ。
密かな満足感と共にシャーロットも花火を堪能しようと前を見た時、視界の端にこちらを見る少年が映った。狐のお面を被った、10歳くらいの茶髪の少年だ。
記憶に残っている、あどけない幼い子。背格好が違っていても、ここにいるはずがないとわかっていても、シャーロットにはテオドールだと確信が持てた。
お面から除く黄緑色のはずの目が、うっすら赤く光って見える。
シャーロットはそっとジョシュアの側を離れ、少年の方へと近寄った。
「シャーロット様。本日も麗しいですね」
記憶より少し大人っぽくなった声がシャーロットの名前を呼んだ。
「テオ…?」
「やっとお会いできました」
シャーロットの問いかけに少年は洗練された執事のようなお辞儀をした。
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シャーロットが階段から落ちて死んだ時、テオドールはまだ6歳だった。
時々会う、とてもきれいな人。
それがテオドールのシャーロットに対する印象だ。波打つ黒髪とお人形のような作り物めいた顔立ち、華奢な体は彫刻のようだった。しかしテオドールがシャーロットに会いに行くと、いつも柔らかく笑い、頭を撫でてくれた。
いつかシャーロット様と結婚するんだ、と考えていたが、6歳の時に見たのは白く生気を失って棺に納まる姿だった。母は黒いドレスを着て涙を流し、父もどこか悲し気な表情だった。死の雰囲気。テオドールは初めて死を間近で感じた。
両親の心情を表すように空はどんよりと曇り、テオドールもつられて悲しい気持ちになりかけたが、ふとシャーロットの話を思い出した。
『ねえテオ、面白い話を聞かせてあげましょうか』
シャーロットがいつものようにテオドールに会いに来た日、シャーロットがいたずらっぽく笑って言った。
『ふふ、この世界とは別の遠い世界の話。そこでは馬車ではなく自動車というものが人を運んでいて、飛行機というものが空を飛んで人や荷物を運んでいるの。女性はドレスを着ていないし、知りたいことがあれば簡単に調べられる便利な機械もあるわ』
シャーロットの話は聞き手を引き込む不思議な力があった。
『もし私が死んだとしても、その世界に行ったと考えてね。…これはプランBだけど。ふふ、他の人には秘密よ?』
そう、これはプランBなのだ。だから、僕は泣かない。いつかまたシャーロット様に会うから。
そうして2年、魔女ジェシーの弟子となり雑用をしていると、ジェシーが異世界にいく魔法陣を完成させた。
「喜べ、弟子よ。完成なのだ!」
小柄な彼女はえっへんと胸を張り、鼻高々に宣言した。
これでやっとシャーロット様のところへ行ける!
テオドールは期待に目を輝かせた。
「ふふん、それではさっそく出発なのじゃ!さあ、早く魔法陣の上に乗るのだ」
「えっ!もうですか?持っていくものとか準備していませんけど」
「むう。せっかく出来たのだから、すぐ試してみたいのだ」
この時ジェシーの言う事に反対していれば、と後に後悔することになるが、この時のテオドールは魔女が言うなら大丈夫だろうと謎の安心感を持ってしまった。
早く早くと急かされ、テオドールが魔法陣に足を踏み入れると、淡く光り出した。
「さあ、それでは出発なのだ!」
ジェシーが高く上げた腕を振り下ろすと、目を開けていられないほど眩しく魔法陣が光り、テオドールとジェシーは消えた。




