第22話 お祭り
「お兄さま、次はあちらに参りましょう!」
シャーロットはヨーヨー釣りの看板を掲げているお店を指して足早に向かって行った。ジョシュアの腕にはりんご飴、たこ焼き、シャーピン、わたあめ、射的で得た景品などがあり、これ以上乗せるとバランスを崩しそうだ。
先ほどから視線を感じるな。
ジョシュアは荷物を侍従に任せ、シャーロットの側へ移動した。
「さあ、お兄さまもどうぞ!こうやって釣り針でヨーヨーの持ち手となる輪っかを掬うんです」
シャーロットはそう言い、真剣な表情で青色のヨーヨーを釣った。彼女の横にはすでに山となったヨーヨーが積まれている。
「いやぁ~、お嬢ちゃんには困っちゃうよー。おじちゃん、商売上がったりだ」
シャーロットを見ていた店主が頬をかきながら言ったが、ジョシュア達以外の人は皆、一瞥しただけで通り過ぎて行った。シャーロットが一人目の客ではないだろうか。
「ところで、これは何に使うんだ?」
シャーロットが掬った緑色のヨーヨーを持ちながらジョシュアが尋ねると、シャーロットがヨーヨーの輪を指に通した。
「こうやってぽよんぽよんとバウンドさせて遊ぶんです!」
「…へぇ」
ジョシュアの反応に、シャーロットは頬を膨らませて抗議した。
「お兄さまもやってみてください!きっとハマりますよ」
シャーロットはヨーヨーを増やし、高速で水風船をバウンドさせ始めた。
「…いや、やめておこう。それよりもあっちの展示が気になるな」
隣を通りかかった人たちも高速でバウンドさせているシャーロットを見て、距離を置いている。子どもたちは興味深そうに見ているが。
「展示ですか…」
ジョシュアが向いた方向をシャーロットも辿った。
「どうだ?行かないか」
ジョシュアがシャーロットに声をかけた時、後ろから声をかけられた。
「すみません、少しよろしいですか?」
その声を聞いた瞬間、ジョシュアは顔から血の気が引くのを感じた。
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トーマスは珍しい展示物とそれを眺める人々を見ていた。お祭りの治安維持はトーマスの仕事ではなかったが、こういった祭りには犯罪者も出てくる。そのため、手の空いている人は祭りの巡回をしていた。もちろん、任意のためお祭りに参加しても良いと言われている。何かあったら対応する、それ以外は自由というスタンスだ。
何気なく見ていた人混みの中に、ひと際目立つ男女がいた。平均より頭一つ分背の高い黒髪の男と、その隣に立つ黒髪の女。どちらも彫刻のような顔立ちをしており、一目で仕立ての良いとわかる服を纏っている。
兄妹だろうか。いや、そんなはずはない。
トーマスは男の顔をじっと見た。
顔こそ知らなかったが、トーマスがずっと追いかけていた男と特徴が一致している。
少し声をかけてみるか。
「すみません、少しよろしいですか?」
声をかけた瞬間、ほんの少し男の目が鋭くなった。一瞬の表情の変化だったが、トーマスは確信を感じた。
ああ、この男で間違いない。
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シャーロットは声をかけてきた中年の男を観察した。茶色いコートを着た、地味だが貧しさも感じない、普通の男だ。顔には皺が刻まれ、目元の皺が目つきを鋭くしている。鷹のような印象を感じさせる、嫌な感じの男だとシャーロットは思った。
「楽しんでいるところ、失礼いたします。少し、お話しを伺いたいものでしてね」
中年男性はまっすぐジョシュアを見上げて言った。
はっきりとした口調と、確信を持った顔つきを見て、シャーロットは男が警察であると悟った。
この表情と話し方、覚えがあるわ。中年の男が私たちに声をかけるなんて、普通の用事ではないわね。一体どんな目的があるのかしら。私ではなく、お兄さまを見て言っているということは、お兄さまに聞きたいことがあるのね。
シャーロットは隣に立つ兄を横目で見た。いつもの寛容な兄という雰囲気は抜け、恐ろしく無表情だった。表情を悟られまいとしているようにも見えるが、シャーロットにはジョシュアの顔が青ざめて見えた。
お兄さまが困ってらっしゃるわ。
「私はトーマス警部と申します。ある重要な事件に関して、あなたに聞きたいことが--」
「あら、私たちに声をかけるなんて、誰かと思ったらトーマス警部さんなのですね。一体私の兄にどんな用事があると言うのでしょうか。私、まったく興味ありませんわ」
シャーロットはトーマスの言葉を遮って早口で言った。トーマスは怪訝な顔をしつつ、今気づいたような顔でシャーロットの顔を見た。
「お嬢さん、私が用事があるのはこちらの男性で--」
「あら!お嬢さんだなんて!私、シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢と申しますの。こちらは兄のジョシュア・ブラックウェル侯爵令息ですわ」
シャーロットはまたもトーマスの言葉を遮り、トーマスの自己紹介を真似て言った。
先手必勝よ。こちらの身分を言えば、相手だって下手なことは言えないはず。
シャーロットの目論見通り、トーマスは侯爵という名にたじろいだ。
「侯爵令息?いや、そんなはずは」
トーマス警部は小声でぶつぶつ言った後、再度ジョシュアを見て言った。
「レディ・ブラックウェルには退屈かと思いますので、一つだけロード・ブラックウェルにお聞きしたいことがございます」
相手の丁重な態度を見遣り、シャーロットはジョシュアを仰いだ。感情は読み取れなかったが、シャーロットは頷いた。
「よろしいですよ。あまり不躾な質問でしたら、抗議する可能性もございますがね」
異論は認めないとばかりにそっぽを向き、会話に割り込まない意思を示した。
「ロード・ブラックウェル、大変重要なことでございますので、質問にご協力いただければと存じます」
ジョシュアは返事をせず、無言で頷いた。
「ありがとうございます。それではお尋ねしますが、あなた様は6年前、イーロンにいらっしゃいましたか」
トーマス警部はじっとジョシュアの顔を見つめた。
「いや、いなかった」
答えたジョシュアの声音からは何も感じとることは出来なかった。
トーマスは帽子を取り、深々と頭を下げた。
「ご協力ありがとうございました。お楽しみのところ、邪魔をしてしまいまして、すみません。これにて失礼いたします」
トーマスの去っていく背中を見つめながら、シャーロットは考えた。
イーロンってどこだったかしら?聞き覚えがあるわ。
ふいに脳裏によみがえった。
そうだわ。クリスの領地にある森の名前だった気がする。…お兄さまが行っていないと言ったのだもの。私が気にする必要ないわね。
「お兄さま、次はどこに参りましょうか」
シャーロットはジョシュアを見上げて尋ね、冷たい目にドキッとした。ジョシュアの紫の双眸は無感情にシャーロットを見下ろしていた。
「…そうだな。そろそろ暗くなってきたし、花火を見て帰ろうか」
一瞬の間のあと、ジョシュアは普段通りの温かい雰囲気に戻った。
きっと気が立っていたのね。なんだか、殺人後の犯人に出くわした気分だったわ。
シャーロットは鳴りやまぬ心臓を落ち着かせ、ジョシュアの手を取った。




