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第22話 お祭り

「お兄さま、次はあちらに参りましょう!」


シャーロットはヨーヨー釣りの看板を掲げているお店を指して足早に向かって行った。ジョシュアの腕にはりんご飴、たこ焼き、シャーピン、わたあめ、射的で得た景品などがあり、これ以上乗せるとバランスを崩しそうだ。


先ほどから視線を感じるな。


ジョシュアは荷物を侍従に任せ、シャーロットの側へ移動した。


「さあ、お兄さまもどうぞ!こうやって釣り針でヨーヨーの持ち手となる輪っかを掬うんです」


シャーロットはそう言い、真剣な表情で青色のヨーヨーを釣った。彼女の横にはすでに山となったヨーヨーが積まれている。


「いやぁ~、お嬢ちゃんには困っちゃうよー。おじちゃん、商売上がったりだ」


シャーロットを見ていた店主が頬をかきながら言ったが、ジョシュア達以外の人は皆、一瞥しただけで通り過ぎて行った。シャーロットが一人目の客ではないだろうか。


「ところで、これは何に使うんだ?」


シャーロットが掬った緑色のヨーヨーを持ちながらジョシュアが尋ねると、シャーロットがヨーヨーの輪を指に通した。


「こうやってぽよんぽよんとバウンドさせて遊ぶんです!」


「…へぇ」


ジョシュアの反応に、シャーロットは頬を膨らませて抗議した。


「お兄さまもやってみてください!きっとハマりますよ」


シャーロットはヨーヨーを増やし、高速で水風船をバウンドさせ始めた。


「…いや、やめておこう。それよりもあっちの展示が気になるな」


隣を通りかかった人たちも高速でバウンドさせているシャーロットを見て、距離を置いている。子どもたちは興味深そうに見ているが。


「展示ですか…」


ジョシュアが向いた方向をシャーロットも辿った。


「どうだ?行かないか」


ジョシュアがシャーロットに声をかけた時、後ろから声をかけられた。


「すみません、少しよろしいですか?」


その声を聞いた瞬間、ジョシュアは顔から血の気が引くのを感じた。



**********


トーマスは珍しい展示物とそれを眺める人々を見ていた。お祭りの治安維持はトーマスの仕事ではなかったが、こういった祭りには犯罪者も出てくる。そのため、手の空いている人は祭りの巡回をしていた。もちろん、任意のためお祭りに参加しても良いと言われている。何かあったら対応する、それ以外は自由というスタンスだ。


何気なく見ていた人混みの中に、ひと際目立つ男女がいた。平均より頭一つ分背の高い黒髪の男と、その隣に立つ黒髪の女。どちらも彫刻のような顔立ちをしており、一目で仕立ての良いとわかる服を纏っている。


兄妹だろうか。いや、そんなはずはない。


トーマスは男の顔をじっと見た。


顔こそ知らなかったが、トーマスがずっと追いかけていた男と特徴が一致している。


少し声をかけてみるか。


「すみません、少しよろしいですか?」


声をかけた瞬間、ほんの少し男の目が鋭くなった。一瞬の表情の変化だったが、トーマスは確信を感じた。


ああ、この男で間違いない。



**********


シャーロットは声をかけてきた中年の男を観察した。茶色いコートを着た、地味だが貧しさも感じない、普通の男だ。顔には皺が刻まれ、目元の皺が目つきを鋭くしている。鷹のような印象を感じさせる、嫌な感じの男だとシャーロットは思った。


「楽しんでいるところ、失礼いたします。少し、お話しを伺いたいものでしてね」


中年男性はまっすぐジョシュアを見上げて言った。


はっきりとした口調と、確信を持った顔つきを見て、シャーロットは男が警察であると悟った。


この表情と話し方、覚えがあるわ。中年の男が私たちに声をかけるなんて、普通の用事ではないわね。一体どんな目的があるのかしら。私ではなく、お兄さまを見て言っているということは、お兄さまに聞きたいことがあるのね。


シャーロットは隣に立つ兄を横目で見た。いつもの寛容な兄という雰囲気は抜け、恐ろしく無表情だった。表情を悟られまいとしているようにも見えるが、シャーロットにはジョシュアの顔が青ざめて見えた。


お兄さまが困ってらっしゃるわ。


「私はトーマス警部と申します。ある重要な事件に関して、あなたに聞きたいことが--」


「あら、私たちに声をかけるなんて、誰かと思ったらトーマス警部さんなのですね。一体私の兄にどんな用事があると言うのでしょうか。私、まったく興味ありませんわ」


シャーロットはトーマスの言葉を遮って早口で言った。トーマスは怪訝な顔をしつつ、今気づいたような顔でシャーロットの顔を見た。


「お嬢さん、私が用事があるのはこちらの男性で--」


「あら!お嬢さんだなんて!私、シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢と申しますの。こちらは兄のジョシュア・ブラックウェル侯爵令息ですわ」


シャーロットはまたもトーマスの言葉を遮り、トーマスの自己紹介を真似て言った。


先手必勝よ。こちらの身分を言えば、相手だって下手なことは言えないはず。


シャーロットの目論見通り、トーマスは侯爵という名にたじろいだ。


「侯爵令息?いや、そんなはずは」


トーマス警部は小声でぶつぶつ言った後、再度ジョシュアを見て言った。


「レディ・ブラックウェルには退屈かと思いますので、一つだけロード・ブラックウェルにお聞きしたいことがございます」


相手の丁重な態度を見遣り、シャーロットはジョシュアを仰いだ。感情は読み取れなかったが、シャーロットは頷いた。


「よろしいですよ。あまり不躾な質問でしたら、抗議する可能性もございますがね」


異論は認めないとばかりにそっぽを向き、会話に割り込まない意思を示した。


「ロード・ブラックウェル、大変重要なことでございますので、質問にご協力いただければと存じます」


ジョシュアは返事をせず、無言で頷いた。


「ありがとうございます。それではお尋ねしますが、あなた様は6年前、イーロンにいらっしゃいましたか」


トーマス警部はじっとジョシュアの顔を見つめた。


「いや、いなかった」


答えたジョシュアの声音からは何も感じとることは出来なかった。


トーマスは帽子を取り、深々と頭を下げた。


「ご協力ありがとうございました。お楽しみのところ、邪魔をしてしまいまして、すみません。これにて失礼いたします」


トーマスの去っていく背中を見つめながら、シャーロットは考えた。


イーロンってどこだったかしら?聞き覚えがあるわ。


ふいに脳裏によみがえった。


そうだわ。クリスの領地にある森の名前だった気がする。…お兄さまが行っていないと言ったのだもの。私が気にする必要ないわね。


「お兄さま、次はどこに参りましょうか」


シャーロットはジョシュアを見上げて尋ね、冷たい目にドキッとした。ジョシュアの紫の双眸は無感情にシャーロットを見下ろしていた。


「…そうだな。そろそろ暗くなってきたし、花火を見て帰ろうか」


一瞬の間のあと、ジョシュアは普段通りの温かい雰囲気に戻った。


きっと気が立っていたのね。なんだか、殺人後の犯人に出くわした気分だったわ。


シャーロットは鳴りやまぬ心臓を落ち着かせ、ジョシュアの手を取った。


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