第1話 クリス・フォード
自室で身体が正常に動くことを確認し、リリィはこれからのことを考えた。
時間を巻き戻せたけど、もう一度戻すことはできないから慎重に行動しないと。
シャーロットはクリスに殺されたんだから、二人を結婚させてはいけないよね。どうすればいい?
『ブラックウェルの財産を丸ごともらえたら、世界中で一番の金持ちになれる』
さっきクリスが言っていたことだ。
クリスの目的はシャーロットの財産だろう。ブラックウェル侯爵家の一人娘であるシャーロットと結婚してシャーロットが亡くなれば、莫大な財産はすべて結婚相手のクリスが受け継ぐことになる。
ほんとうに?
リリィはシャーロットの葬式を思い出した。
背が高くて青白い顔をした、ブラックウェル侯爵家の隣に立っていた男。夜空のような黒髪はきれいに整えられ、複雑な色合いをした紫の目にかかっている。陰影のはっきりした顔立ちをしており、きりっとした細い眉は不安気に寄っている。
シャーロットにそっくりな若い男。ブラックウェル侯爵家の私生児と雑誌に書かれていたけど、詳しくはわからない。でも、あの人がブラックウェル侯爵家を継ぐことは間違いないわね。つまり、あの男を探し出せばクリスの目的が潰える。
リリィは椅子に深く腰掛け目を閉じた。
ブラックウェル侯爵家はどうしてクリスとシャーロットを結婚させたのかな?シャーロットと年と爵位が近いのがクリスだったというのが対外的な理由だったけど、もっと違う理由がありそう。
葬式の時のブラックウェル侯爵は退屈そうだった。
そんな人が娘を思いやった相手と結婚させるとは思えない。8歳年下の第二王子でもいいし、裕福な同じ年の伯爵家でも良かったはず。
ブラックウェル侯爵の思惑がわかれば婚約破棄が簡単なんだけど。
リリィは頭を振り、思考を切り替えた。
とりあえず、葬式で見たお兄さんを見つけよう。
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明るいストレートの茶髪を背中に流し、前髪を眉の上で切り揃えた女が教室の前を通り過ぎた。見覚えのある人物だ。
うん?あれはエイミー・チャンね。卒業パーティで私が殺した人。
他の教室へ向かう途中だったのか、見えたのは一瞬だった。
そうだ、あの人もどうにかした方がいいわね。シャーロットを呪い殺そうとしたし、学園中にシャーロットの悪口を広めたのもあの人だったはず。
頬杖をつき、瞼を閉じた。
あの時は慌てていたから殺したけど、なるべく殺さない方がいいよね。警察に追われるのなんて、まっぴらごめんだわ。うーん、どうしよう。そういえば、あの人がどうしてシャーロットを呪い殺そうとしていたのか知らないな。仲良くなって聞き出してみよう。もしかしたら止められるかもしれないし。
目を開けると、クリスの顔が目の前にあった。
「何考えてるの?」
声変わりをしている途中なのか、幼さの残る声だ。
そっか。今14歳だっけ。
きらきらと眩しい金髪を右側だけ耳にかけ、金色の目がリリィを見上げている。
「昨日のお菓子おいしかったなって」
人間は自信のある方を見せたがるというけど、クリスは右側の顔に自信があるのね。
「良かった。婚約記念パーティなんて行きたくなかったけど、美味しかったからリリィにも分けたかったんだ」
本当はお菓子を食べた後に回帰したため、味は覚えていなかった。
まあ、再現して作ったことのあるお菓子だし、味はなんとなくわかるはず。
「お礼に今度クリスに作ってあげるね」
にっこりと微笑むと、クリスは嬉しそうに笑った。