第15話 シャーロットとジョシュア
ジョシュアは談話室に入ってきた少女を見た。自分とそっくりの顔を持つ、意志の強そうな女だ。
ジョシュアは立ち上がり、握手を求めた。
「初めまして。ジョシュアと言います」
少女は固まったまま動かない。脳内で処理しきれていないみたいだ。
ジョシュアは目を覗き込み、少女の手を握った。自分と同じ紫の目が、大きく見開かれる。
「っ!初めまして。シャーロット・ブラックウェルです」
慌てたように名乗り、手を差し出しつつ綺麗なお辞儀をした。
ふむ、思っていたのと違うな。もっと傲慢で他者を見下しているのかと思ったが、素直そうな子だ。
「二人とも席に着きなさい」
侯爵が厳かに言い、ジョシュアとシャーロットを並んで座らせた。シャーロットはジョシュアが気になるのか、気づかれないように横目でジョシュアを見た。
「こほん。シャーロットには言っていなかったが、お前には兄がいてね。この人がお前の兄のジョシュアだ。ジョシュア、この子はお前の妹のシャーロットだ。二人とも仲良くするように」
侯爵の言葉にシャーロットは驚いた顔をしたが、慌てて口元を押さえた。
「どうぞ、よろしくお願いします、お兄さま」
「こちらこそ、どうぞよろしく」
二人の挨拶を満足そうに眺め、侯爵は今夜は宴にすると言って談話室から出て行った。
どうしろっていうんだ?
残されたジョシュアは困ったように眉を寄せた。シャーロットは口元を隠したまま下を向いている。
やはり、突然兄ができてショックなのだろうか?
「あの…」
ジョシュアが声をかけると、シャーロットの肩がびくりと跳ねた。
「は、はい!」
返事をしてこちらを見上げたシャーロットの顔は嬉しそうににやけていた。
「す、すみません。私、ずっと一人っ子だったので兄妹ができるの、夢だったんです」
シャーロットはそう言って咳払いをし、表情を保とうと努力したが失敗していた。
本当にそう思っているのか?それとも、俺を油断させるつもりなのだろうか?
「ふふ、僕も、妹がいるだなんて思ってもみませんでした。シャーロット様は労働階級として育った僕のこと、嫌ではないのですか?」
ジョシュアは不幸な青年という設定になっているため、シャーロットの機嫌を取るように寂しそうに微笑んでみた。
「っ!そんなこと、思っておりませんわ。それに、私は妹なのですから呼び捨てで結構です。お兄さまこそ、私が妹で嫌な思いをするかもしれません」
シャーロットは言葉を紡ぎながら不安になったのか、視線が下がっていった。
「僕は、妹ができて良かったと思っていますよ。二人きりの兄妹なのですから、仲良くできればと思ってます」
ジョシュアは膝の上で固く結んでいるシャーロットの手を取り、視線を合わせた。
「はい!よろしくお願いします、お兄さま」
**********
シャーロットはジョシュアとのやり取りを思い出し、頬が緩むのを感じた。
家に帰ったらお兄さまがいるんだわ。
「あら、どうしたの?シャーロット。やっぱり夏休み何かあったのね?」
リリィがシャーロットの様子に気づき、声をかけた。
「いいえ、何もなかったわ」
シャーロットは慌てて表情を繕った。
本当はエスメラルダへ行ったことを話したかったが、シャーロットは嘘が苦手なため、ジョシュアのことまで話しそうで言えなかった。
来週からお兄さまが入学してくるわ。2歳年上だけど、勉強したことがないから私と同じクラスだって言っていたわ。絶対誰にも言ってはいけないと念押しされたから、来週までは我慢しなくちゃ。まあ、知っている人もいたけれど。
「そうなのですか?でも、何となくシャーロット様の肌が日焼けしているような…?」
「そ、そうかしら?」
この子、意外と鋭いわね!
エイミーの言葉にシャーロットは紅茶をこぼしそうになった。シャーロットの肌はビーチで焼けたが、今では元の肌色と変わらないくらいになっている。
「うん?本当だ!良く気づいたわね、エイミー」
エイミーの指摘にリリィまで話を聞く態勢になってしまった。
「私、先生に提出するプリントがあるんだったわ。悪いけど、また今度話しましょう」
話したらボロが出ると思い、シャーロットは急いで荷物をまとめその場を去った。
**********
「初めまして。ジョシュア・ブラックウェルと申します」
1週間後、お兄さまが入学してきた。独特な雰囲気のイケメンに、クラスの女子たちはうっとりと魅入っている。
ふん、私のお兄さまよ。まあ、お兄さまはカッコイイから仕方ないけど。
シャーロットがどこか得意げに思っていると、目が合った。ジョシュアは相好を崩し、控えめに手を振ってきた。シャーロットは赤面しながらも手を振り返した。クラス中の視線が突き刺さるのを感じる。
「えー、ジョシュア君はシャーロット・ブラックウェル君の兄上にあたる。家庭の事情で今日からこのクラスの一員となるが、温かく迎えてやってくれ」
先生がそう言うと、クラス中がざわついた。シャーロットとジョシュアを見比べている者もいる。
誰も私たちが兄妹じゃないとは思わないわね。きっと、入ってきた瞬間からわかっていたはずだわ。
まばらだった拍手が大きくなり、ジョシュアはクラスの一員となった。
「レディ・ブラックウェル、ごきげんよう。ねえ、わたくしあなたにお兄さまがいるだなんて知りませんでしたわ」
休み時間になり、一度も話しかけたことがないクラスメイトが話しかけてきた。金髪縦ロールの、モーガン侯爵令嬢だ。後ろに数人付き従えている。
「あら、でしたらなんですの?レディ・モーガン、私たち一度も話したことがないではありませんか」
シャーロットが冷たくそう言うと、モーガン侯爵令嬢の笑顔が固まった。
「嫌ですわ。わたくしたち、クラスメイトではありませんか。お兄さまのこと、教えてくださいな」
モーガン侯爵令嬢の言葉に、クラスがしんとなった。皆が興味津々に聞き耳を立てている。
「お兄さまはお兄さまです。何をお知りになりたいのですか?」
シャーロットも最近会ったばかりの兄について知っていることは少なかった。モーガン侯爵令嬢はシャーロットの言葉に意地悪く笑い、蔑んだ目で見た。
「わたくし、とんでもない噂を耳にしましたの。何でも、ブラックウェル侯爵は私生児を自分の息子として迎え入れたとか。ブラックウェル侯爵家の息子って、ジョシュアさんのことではありませんの?」
モーガン侯爵令嬢の言葉に数人が頷いた。戸惑った顔をしている人もいる。
「まあ、誰がそんなことをおっしゃいましたの?まさか、信じていらっしゃいませんよね?レディ・モーガン」
「ええ、もちろんですわ。ただ、ブラックウェル侯爵家に息子がいただなんて聞いたことがありませんでしたから、気になったのですわ」
シャーロットは目を細めた。
この人、私にお兄さまが平民として育ったと言わせたいのだわ。ブラックウェル侯爵家の弱みを握りたいのね。
何て言おうか考えていると、噂になっている人物が帰ってきた。
「あら、ちょうど良いですわ。直接聞いてみましょう」
モーガン侯爵令嬢は場の雰囲気が自分にあると感じ、ジョシュアの前に出た。
「?どうかしましたか?」
ジョシュアが首を傾げると、艶やかな黒髪がサラサラと流れた。
お兄さまの髪はストレートなのね。
シャーロットは状況も忘れて魅入ってしまった。他にも数名、同じような人がいる。
「お聞きしたいことがございますの。ジョシュアさん、あなた、私生児なのでしょう?」
モーガン侯爵令嬢の言葉に、シャーロットは我に返った。
お兄さまに何て口を聞くのかしら!
あまりにもストレートな物言いに、クラス中が眉をひそめた。しかし、咎める者は誰もいない。皆、ジョシュアが何と答えるのか興味津々だ。シャーロットが言い返そうと席を立つ前に、ジョシュアが動いた。
「お嬢さん、僕は平民として育ちましたが、シャーロットと同じ母親から生まれましたよ。たとえ私生児でなくても、あなたにそう聞かれると悲しくなりますね」
ジョシュアはモーガン侯爵令嬢に近づき、囁いた。近づいたことでモーガン侯爵令嬢はジョシュアを見上げる形となり、ジョシュアの紫色の瞳と目が合った。
「まあ、わたくし、なんてことを申しましたの!申し訳ありません、ジョシュア様。そしてクラスの皆様、お騒がせしてすみませんでした」
ジョシュアがモーガン侯爵令嬢から離れると、モーガン侯爵令嬢は平謝りした。ジョシュアが言った言葉を聞いた者はいなかったが、聞いていたとしても何が起こったのかわからなかっただろう。
モーガン侯爵令嬢の言葉にクラスの緊張が解け、ジョシュアについては有耶無耶となった。
きっと、モーガン侯爵令嬢もお兄さまの素晴らしさに気付いたのね。
シャーロットも疑うことなく、兄を尊敬の眼差しで見つめた。