第14話 ジョシュア・ブラックウェル
しばらく土日更新となりますm(_ _ )m
本日2話連続投稿なのでご注意ください!
夏休み終了まであと3日になった。シャーロットが保養地から帰ってくると、屋敷の雰囲気が変だった。
「?何かあったのかしら?」
デジャヴを感じるわね。そう思いつつも、シャーロットは近くを通った下女に尋ねた。
「あっ!お嬢さま、おかえりなさいませ」
下女は慌てて頭を下げた。こげ茶色の髪をお下げにした、9歳くらいの女の子だ。
「えっと、私も詳しくはわからないんです。アン様にお尋ねになられた方が良いと思われますので、シャーロット様のお部屋に行くよう言っておきますね」
小さいがしっかりした女の子だ。
「わかったわ。ご苦労様」
何があったのかしら?
慌てているという様子ではなく、困惑したようなどう対処したら良いかわからない、といった雰囲気を感じる。すれ違う使用人たちがぎこちなく挨拶するのも気にかかった。
部屋に戻り、荷ほどきの指示をしていると開いている扉をノックしてアンがやってきた。
「お帰りなさいませ、お嬢さま。旦那様が談話室でお待ちです」
アンの言葉にシャーロットは首を傾げた。
お父さまが私を呼ぶだなんて珍しいわね。
アンの顔はやや緊張していたが、どこか興奮しているような前向きなものだった。
そういえば、すれ違った侍女や執事は嬉しそうににこにこしていたわ。
「旦那様。お嬢さまがいらっしゃいました」
アンがそう言い、談話室の扉を開いた。
**********
ジョシュアが拾った王都新聞には、シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢王立学園に入学、というタイトルとともに一人の少女が写っていた。
その瞬間、ジョシュアの脳裏に一つの光景が過った。
どんよりとした空、葬式、美しい死に顔、新しい家。
写真に写っている少女を成長させたら記憶にある顔と一致する。
「…なるほどな」
誰かが俺の正体を知っていて、ここに行けと言っているのか。
良いだろう。この挑戦状、受けて立つ。
ジョシュアはにやりと笑い、準備を始めた。
「すみません、少しお尋ねしたいのですが…」
なるべく貧弱そうな声を作りながら、ブラックウェル侯爵家の門番に尋ねた。
門番は胡乱気な顔をして男を追い出そうとしたが、相手の顔を見て絶句した。もう一人の門番が怪訝に思い男を見ると、男はにこっと笑った。
「ここって、ブラックウェル侯爵家のお屋敷ですよね」
男は秘密裏に屋敷へ入れられ、応接室へと案内された。応接室で待っていると、老執事がやってきた。
「お待たせいたしました。現在、旦那様はご不在なため、わたくしが対応させていただきます」
老執事が形式的な挨拶をしたあと、男をまじまじと見た。普段の彼であればそんな無礼なことはしなかったが、老執事は男を見た後に泣き崩れた。
「ううっ、坊ちゃま。よくぞご無事で」
「あの、よくわからないのですが。僕はただ、この新聞を拾って、ちょっと訪ねてみようと思っただけですから」
本当は事情を知っているが、ジョシュアは困惑した表情を浮かべた。
「ああ、こんなにやつれてしまわれて。お風呂の準備と、食事の準備を性急にしてくれ」
老執事はジョシュアの手を取り、後ろにいた使用人に指示を出した。
「長年探しておりました。まさか、坊ちゃまの方から訪ねてきてくださるとは。これは神様の思し召しに違いありません」
老執事の態度に、ジョシュアは困ったけど嫌ではないといって顔をした。
まあ、本来であれば8年後に見つかるはずだったんだがな。一体誰が俺をここに来させたんだろうか。
老執事の説明を聞きながら表向きには突然の出来事に困った顔をし、内心ではこの状況を楽しんだ。
**********
「なあ、この人が王都で一番の美人だっていう女らしいぜ」
「おおー、確かに別嬪さんだな」
「お頭とどっちが美人だろうか?」
「おいおい、男と女を比べるなよ。でも、この人、なんかお頭と似てねえか?」
「うん?まあ確かに。でも、美しい顔ってどれも同じなんじゃないか?」
酒と煙草の匂いが充満する大広間で男たちがテーブルを囲んで話し合っていた。彼らが見ているのは、どこかから拾ってきた新聞だ。
「うーん、実物と比べてみようぜ!」
一人の筋肉質な男がそう言い、ちょうど室内へ入ってきた背の高い男を見た。筋肉質な男は新聞を持ち上げ、背の高い男の横にかざした。他の男たちも筋肉質な男の後ろに立ち、新聞と背の高い男を見比べる。
「やっぱりそっくりじゃねえか!」
「うん。確かにそっくりだ!」
「そうか?俺にはよくわかんねえなあ」
筋肉質な男の声に同意する者もいれば、首を傾げる者もいる。
「まったく。何をしているんだ」
皆で似ている似ていないと騒いでいると、背の高い男が近づいてきて新聞を取り上げた。
「あ!」
背の高い男が呆れたように見回すと、騒いでいた男たちは一斉に筋肉質な男を見た。シンと静まり返った部屋の中で筋肉質な男は空いた手を膝の上に置き、緊張した面持ちで目の前の男を見上げた。
「お、お頭。お仕事お疲れ様です!」
「「「お頭、お仕事お疲れ様です!!」」」
筋肉質な男がそう言うと、周りの男たちも復唱した。
「じじじ実は、この新聞を見て、えーと、その、お頭に似ているなぁー、なんて話してました!以上です!」
筋肉質な男は見た目とは裏腹に緊張しやすい質で、話している間にも顔が真っ赤になり倒れそうになっていた。そんな様子を見て、背の高い男もそれ以上は聞かなかった。
「はあ、別にそこまで緊張することもないだろう。お前たちもトニーが上がりやすいことを知っているだろうに」
「いやあ、何度見てもトニーさんの姿は笑えるので、つい」
10歳くらいの小柄な少年が舌を出して笑った。このアジトの中で最年少だが、若くして幹部になるほどの実力を持っている。
「そういうのは良くないぞ」
頭領である背の高い男に窘められ、少年は素直に謝った。
「それはそうとしてお頭。その写真の女、どう思われます?」
寡黙そうなスキンヘッドの男が尋ねると、背の高い男は新聞に目を落とした。
「他人の空似じゃない気がしません?」
その言葉に、背の高い男は目を細めた。
「そうだな。確かめてみるか」
頭領の言葉に、男たちは一斉に動き出した。
写真の女がシャーロット・フォード侯爵夫人でありブラックウェル侯爵家の令嬢だったことから、ブラックウェル侯爵家について調べた。しかし、ブラックウェル侯爵家に息子がいたという事実や婚外子がいるという痕跡は見つからなかった。
「さすがは侯爵家と言ったところですかね。情報統制がされていて、表面的な部分しか流れてきませんでした」
エリート風な男の言葉に、他の男たちが頷いた。
「ああ。どこで聞いても素晴らしい財産と手腕を持っているってことぐらいしか言われていませんでしたぜ」
これ以上は難しいか、という空気が流れた中、最年少の少年が手を挙げた。
「はーい!僕、情報掴んできました!」
少年は誇らしげに胸を沿った。
「テメエ、ガセじゃねえだろうな?」
筋肉質な男が凄むも、少年はどこ吹く風と言った表情で流した。
「いやだなあ、トニーさん。そんなわけないじゃないですか。僕は優秀なんですよ」
少年の生意気な口調に筋肉質な男が顔を真っ赤にしたが、エリート風の男に止められた。
「そのくらいにしておけ。それで、どんな情報なんだ?」
「まず、皆さんがおっしゃっていたように、侯爵家の情報は統制されていました。でも僕は絶対に何かあると思っていたので、おびき出すことにしたんです。エサとして、これを使いました」
そう言って少年がテーブルの上に一枚の写真を乗せた。
「…いつの間に撮ったんだ?」
写真に写っていたのは一人の男の横顔だった。疲れ切って青ざめているが、頑張って働いているという哀愁が漂っていた。
「僕の貴重なコレクションを泣く泣く使いました。もちろん送ったやつは写真の写真ですが。これを侯爵家に送り、ニセの住所を記しておいたんです。もし心当たりがなければ放置ですが、心当たりがあれば動きますよね」
「それで、動いたんだな?」
頭領が尋ねると、少年は大きく頷いた。
「はい!ですが、かなり内密に動いていました。動いた人たちは地味な服装をしていたので、暗殺集団かと疑ったくらいです」
少年の報告に頭領以外の男は悔しそうにした。誰よりも的確に動いたからだ。
「そうか。お手柄だな」
頭領がそう言い、少年の頭を撫でた。
「えへへ。光栄です!」
「ところで、この写真のことだが…」
「ギクッ!いえ、これは、万が一にもお頭が裏集団だと思われないように配慮した結果なんです!裏集団だと受け入れてもらえないかもしれないじゃないですか!」
少年は幸せそうな顔から一転して慌てて弁明した。その顔は後ろめたそうな感じからキリッとした顔になっている。少年の言葉に、周りの男たちも頷いた。
「そうっすね。この写真なんて、めちゃくちゃこき使われている感じがしてますよ!見た人は苦労しているって感じるはずです!」
チャラついた感じの男が何も考えずに感想を口にした。
「…そうだな。俺は頭領のはずなのに、こき使われているなあ?うん?お前たちを育てるのに苦労してるよ」
しみじみと言うと、何人かの肩が跳ねた。心当たりがあるようだ。
「それはそうと、これからどうするんです?」
「あ!僕、ニセの住所に置手紙をしたんです。『男はここにはいない。もし渡してほしければカネを用意して来月また来い』って」
エリート風の男が話を変えようとすると、少年が会話に乗っかるように話した。少年の言葉に男たちは頭領を見つめた。
「お頭。俺たちのことは気にしないでください。俺、ずっと前から家族を捜していたこと知ってました。これはチャンスですよ」
スキンヘッドの男の言葉に、皆も同意した。
「そうですよ!それに、金額をかなり多めに書いておきましたから!もし準備してくるのであれば、それだけお頭のことを捜していたということですよ。もし準備していないのであれば、その時は僕たちと一緒にいればいいんですから!」
「経営は私に任せてください。仕事も私たちで回せるようになってきています。どうぞ、ご心配なく」
「…わかった」
部下たちの言葉に押され、ジョシュアはブラックウェル侯爵家に行く決意をした。
「発見しました!かなりやつれている様子ですが、目立った外傷はありません。すみません、わかりますか?」
薄暗かった小屋の中が明るくなり、騒々しい足音と共に複数人の男が入ってきた。その内の一人が椅子にもたれかかる男に近づき、揺り起こした。
ジョシュアは突然の光に痛みを感じながらも自分を揺らす男に頷いた。ジョシュアの状態を確認すると、男たちは慎重に馬車に運び込んだ。
不幸さを演出するためとはいえ、久しぶりの飢餓感と睡眠不足は堪えるな。
話し合いの結果、ジョシュアは奴隷市で売られていたという設定になった。そのため何日も食事を抜き、寝ない日々が続いた。少しの振動が頭に響き、不快感を呼び起こす。
「すみませんが、屋敷に着くまで耐えてください」
そう話しかけてくる男の声さえも不快だったが、ジョシュアは弱弱しく頷いた。
「ああ、気づきましたか」
ジョシュアが目を覚ますと、白衣を着た壮年の男が声をかけた。どうやら医者のようだ。
「栄養状態は悪いですが、幸いにも健康に問題はありません」
一通りの診察を終え、医者は近くに立っていた男に声をかけた。白髪交じりの鉄さび色をした鋭い目つきの男だ。気位の高そうな雰囲気を纏い、上等な服を着ている。
この人がブラックウェル侯爵だな。
「…あの、ここはどこですか?」
そう尋ねたジョシュアの声は掠れていて、突然のことにおどおどしている印象を与えた。
「ここはブラックウェル侯爵家のお屋敷ですよ。大丈夫です。ここでしっかりとした食事をとれば、すぐに元気になりますからね」
医者はジョシュアに優しく微笑んだ。後ろに立つ男は安堵したようにため息を吐いたが、ジョシュアに話しかけるようなことはしなかった。
「随分と心配してらしたのですよ」
医者がこっそりとジョシュアに耳打ちした。
あれだけの大金を動かしたんだ。一応、俺に関心があるということだな。
ジョシュアはそう考え、疲れた体を休めることにした。
次にジョシュアが目を覚ました時、屋敷の中が騒がしかった。
俺が屋敷に来たことが伝わったのか?
何人もの人が足早に廊下を行ったり来たりする音が聞こえる。
扉が控えめにノックされ、医者が入ってきた。
「ああ、お目覚めでしたか。お体の調子はどうですか?」
サイドテーブルにあったコップに水を注ぎながら医者が尋ねた。ジョシュアはコップを受け取り、喉を潤しながら答えた。
「はい、随分と良くなりました。ところで、先ほどから人の行き来が激しいようですが」
ジョシュアの言葉に医者は表情を暗くした。
「実は…、本日お葬式があるのです。坊ちゃまにも参加していただくことになりますが、その前にお食事にしましょう。本来であればもっときちんと説明をしたかったのですが、お食事の時にこれまでの経緯も合わせてご説明いたします」
葬式?一体誰のだろうか?
ブラックウェル侯爵家について調べた際、家族関係まで調べたのだが死期が近い親族はいなかった。
ジョシュアは医者に案内されて食堂へと向かった。
「ううっ、ぐすっ。ダメだわ。私、とてもじゃないけど勇気が出ない」
「アン、あなたお嬢さまと仲良かったものね。私でも心が痛いわ」
廊下を歩いていると、ひとりの使用人が泣き崩れ、もう一人が支えている姿が見えた。こちらには気づいていない様子だ。
「どうぞ、お坊ちゃま。こちらにございます」
医者はそう言い、食堂の扉を開けるとどこかへと消えた。代わりに案内したのは髪の真っ白な老執事だった。老執事は見た目に反してしっかりとした足どりで席へ案内し、ジョシュアの食事が運ばれたのを見て説明を始めた。
「わたくし、執事長のエイドリアンと申します。突然の事態に戸惑われているかと存じますが、簡単に説明いたしますとあなた様はお捜ししていたブラックウェル侯爵家の長男で、こちらはブラックウェル侯爵家の屋敷となります。お捜しするのが遅くなり、大変申し訳ございません」
そう言い、老執事は深々と頭を下げた。
「あ、そうですか。突然のことで驚いていますが、とりあえずはわかりました。…ところで、今日はお葬式があると伺ったのですが」
ジョシュアはなるべく純粋な青年のように振舞おうと努力し、恐る恐るといった様子で聞きたかったことを聞いた。
「…はい。坊ちゃまが見つかって大変喜ばしいのですが、不幸なことに昨日、ブラックウェル侯爵家のご息女であられたシャーロット様が亡くなられたのです。お坊ちゃまにとっては妹にあたる人物となります」
しゃっきりした様子の執事は、その言葉と共に急激に萎んでいったように見えた。
「そうですか…」
ジョシュアはそれだけ言い、食事に手を付けた。
新聞で見た女が亡くなったのか。裕福でぬくぬくと育った幸せな女だと思っていたが、違うのかもしれないな。
葬式は静かに行われた。
棺に砂がかけられていく様子を眺めながら、ジョシュアは静かに黙祷を捧げた。
何の感情も見せない夫、無関心な父。泣いているのは使用人のような恰好の女だけだ。
葬式が終わると、ブラックウェル侯爵は宴を開いた。
「今日は私の息子が帰ってきた祝うべき日だ。存分に飲んで楽しんでくれ」
その言葉とともにグラスを合わせる音が響き、ホールは賑やかな声で満たされた。
娘の葬式のことは頭にないのか?集まっている人たちも話題には出さないし、貴族っていうのは薄情だな。
ジョシュアは数年後ブラックウェル侯爵となり、国内外へ多大な影響力を持つ一人となった。