第12話 魔女アリア
この前の花火は大成功だったわね。
シャーロットはリリィの呆然とした顔を思い出し、楽しそうに笑った。
「お嬢さま、馬車の用意ができました」
シャーロットが思い出し笑いをしていると、護衛のオリバーがいつもの無表情で告げてきた。
「そう。行くわよ」
シャーロットは表情を戻し玄関へ向かった。馬車の前に着くと、オリバーはシャーロットへ手を差し出した。シャーロットは無言で手を乗せ、馬車へと乗り込んだ。オリバーも後から入ってくる。
私を裏切った男。
シャーロットは向かいに座る男を無感情に見つめた。
オリバーと出会った経緯は前回と変わらなかった。シャーロットが魔女アリアの店から帰る時強盗とぶつかり、立ち上がらせてくれたのがオリバーだ。その後オリバーはブラックウェル侯爵家の騎士に入団し、現在はシャーロットの専属騎士を勤めている。
茶髪に黄緑色の目。平凡な顔をしているけど、不思議と目が離せないのよね。
シャーロットの胸がずきりと痛んだ。
ダメよ。この人は私を裏切るのよ。
シャーロットはあの日のことを覚えている。
異世界とそっくりなお祭りに参加した日、オリバーはシャーロットに告白した。
『シャーロット様。愛しています』
提灯を反射してきらめく温かな緑の瞳、優しく微笑んだ顔。
シャーロットはオリバーを好きだった。だから、その5か月後に結婚報告をしてきたとき、シャーロットは裏切られた気持ちになったのだった。
私に告白しておいて他の人と結婚するってどういうこと?やっぱり返事をしなかったのが原因かしら?ううん、婚約者がいるのだもの。返事ができないことは承知していたはずよ。
もやもやした気持ちを抱えていると、オリバーがちらりと窓の外を見た。
「到着したようです」
「わかったわ。あなたはいつものように外で待っていて頂戴」
シャーロットはそう声をかけ、魔女の店に向かった。
「いらっしゃいませ、マドモアゼル」
店内に入ると、微かな薬草の匂いと薔薇の香水の香りがした。壁面にはワインが収納されており、夜はお酒を提供している。店を入って正面にあるカウンターに灰色の髪と緑の目をした女性が座っている。女性は修道女のような恰好をし、聖母像のような微笑みを浮かべている。神殿で見かければ敬虔なシスターと思うだろう。しかしこの人物こそが、神殿が探している魔女アリアである。
予言を得意とする魔女。知り合ってからの8年で20回は場所を変えていたわね。
「…今日はいつもの恋愛相談ではなさそうですね」
アリアはシャーロットを上から下まで眺めそう言った。魔女の緑色の目が濃く輝く。
前々世では自分が異世界から来たと思っていたため、この魔女には異世界への行き方を調べてもらっていた。しかし今世では異世界の夢を見なかった。そのため、婚約者とどうすれば上手くいくのかを相談していた。
私はどうやってここへ戻ってきたのかしら。
最大の疑問はそこだが、それ以上に婚約者とどうやって別れるかが重要だ。
「お嬢さん随分と変わったわね。何て言えばいいのかしらね、界を隔てたというべき?」
「あら、よくおわかりで」
シャーロットはそう答え、出された紅茶を飲んだ。爽やかさと苦さと甘さが同居したような独特の味ではなく、普通のベルガモットの紅茶だ。
変わったのは相談内容だけじゃないわね。記憶を思い出すまではアリアのことを凄腕の占い師程度にしか思ってなかった。あの変な紅茶もないし、目の色が変わったのも今初めて見たわ。
「魔女様は私のこと、どのように見えていますか?」
魔女と初めて会った時、彼女はシャーロットの悩みをすぐに言い当てた。しかし、今は言葉を濁しているようだ。
「…わからないわ。あなたのような人は初めて見た、としか言えないわね。複雑な運命の糸が絡まっていて、あなたの行く先がどうなっているのか見通せないの」
アリアは目を休ませるように眉間を強く揉んだ。
「でも、それについてはあなたの方が良くわかっているんじゃないかしら?それでもここに来たということは、何か私に相談があるのね」
やっぱりアリアはよくわかっているわね。頭の回転が速いというべきかしら。
「私、未来から来たのよ。私にもよくわからないのだけれどね」
そう言い、シャーロットは自分に起こったことを話した。アリアに異世界へ行く相談をしていたこと、結婚後夫に殺されたこと、死んだ後に異世界へ行ったが隕石が降ってきて気づいたら14歳に戻っていたことなどだ。
「どうして私は14歳に戻ったのかしら?」
シャーロットの疑問に、アリアは首を振った。
「残念だけれど、過去にそういったことはなかったわ。あったら魔女のコミュニティの中で共有されているもの。ただ」
アリアは一度言葉を切り、真剣な表情で言った。
「誰かが行った可能性が高いわね。でもその場合、とてつもなく大きな代償が伴うはず。まあ、どうやってするのか知っている人はほとんどいないと思うけど」
「魔女様は知っているの?」
「アリアでいいわよ。いいえ、私も知らないわ。ただ、噂を聞いたことがあるだけね」
アリアは気が乗らないといった口調で続けたが、シャーロットは気付かずに疑問を口にした。
「どんな噂?」
「…『資格あるものだけが世界を変えることができる』」
「アリアは誰かが行ったと考えているのね?」
「可能性があるだけの話しよ。その資格がどういったものなのかは誰にもわかっていないの」
結局、よくわからないっていうことね。
「まあいいわ。それよりも今回は長生きしたいの。やっぱり自分を殺す人とは一緒に住めないから、別れる方法を考えてくれない?」
「あらぁ~。少し見えたけど、イケメンな婚約者じゃないの。本当に良いの?」
一転してアリアは楽しそうに聞いてきた。
「顔は関係ないわ」
シャーロットがそう言って紅茶を飲むと、アリアは何かを悟ったかのような顔をした。
「あら、他に好きな人がいるのね。誰かしら」
アリアを見てシャーロットはため息を吐いた。
確かに気になる人はいるわ。でもあの人と結婚できたとして、テオドールはどうなるの?
両親の良いところを受け継いだ聡明な男の子。シャーロットが名付け親となり、生まれた時からずっと成長を見守ってきた。
目に入れても痛くない子よ。あの子がいないだなんて考えられない。
「…そんな人いないわ。とにかく、別れたいのよ」
「そこまで言うのなら仕方ないわね。私はくっつける方が得意なのだけれど、今回は特別よ。薬ができたら送るわね」
その言葉を聞き、シャーロットはお店を出た。