第10話 主人公交代…?
夏休みも中盤となった。
リリィは現在、フォード侯爵領で過ごしている。
痣も治ったし、夏休みの宿題も終わらせたし、何も問題ないわ!
晴れ晴れとした気持ちで深く息を吸い込んだ。ちらりと黒髪の人物が脳裏をかすめたが、リリィは見なかったフリをした。
「それ、付けてくれているんだ。うれしい」
クリスがリリィの髪留めを見て微笑んだ。誕生日にクリスから貰った紫水晶のバレッタだった。
「うん!とっても気に入ったから」
リリィは風で巻き上がった髪を押さえつけながら答えた。クリスはリリィへと近づき、目を覗き込んだ。
「今日は晴れているから、夜星を見に行かない?」
クリスの金の瞳に映った自分の顔が見える。
クリスって時々何を考えているのかわからないんだよね。どうして急に星を見に行こうって言うんだろう?
「いいね!」
疑問に思いつつもリリィは賛成した。
「うわぁ、とっても綺麗!」
夜、丘の上に敷物を敷いて寝そべると、満天の星空が見えた。
「星を見ていると僕たちがいかにちっぽけな存在かわかるよね。僕たちは広大な宇宙の中にある一つの星に生きていて、その中で暮らしている。そう考えると、悩み事が些細なことに思えない?」
クリスは星空を見上げたままそう言った。
気づいていたのかな。私が何か悩んでいるって。
リリィは小さく笑った。
「そうだね」
クリスのさりげない優しさに、リリィは心が温かくなるのを感じた。
クリスのそういうところが好き。
リリィたちはしばらく星を眺めた。
「あ、流れ星。願い事をすると叶うんでしょ?」
3回言わないといけないんだっけ?まあ、いっか。私の願いは叶っているし。
「ふふ。じゃあ僕は、リリィとずっと一緒にいられますように、って願っておこうかな」
その言葉にリリィは感じないはずの痛みを感じた。
1回目の時、クリスはシャーロットと結婚したがリリィが新居に押し掛けたため、一緒に暮らしていた。
今回はどうなるかな?
リリィは微笑むだけに留めた。
クリスの言う通り、星を見ていると心が落ち着いて悩み事が小さく感じる。人生はどうなるかわからないもの。なるようになるよね。
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夏休みが終わり、校内には緩んだ空気が流れていた。
「お前真っ黒になったな!」
「ああ、毎日海に行ったら黒くなった!」
「ぶふっ、笑うと歯だけ真っ白なのが目立つぞ」
微笑ましい会話ね。
シャーロットが校舎に向かって歩いていると、微かなざわめき声とともに視線を感じた。視線の方向を一瞥すると、数人がちらちらとこちらを見ていた。驚いた表情をしている。
耳が早いこと。
シャーロットはいつも通りの無表情を張り付けたまま教室へと向かった。
「シャーロット、久しぶり~!」
お昼を食べに食堂へ行く途中、リリィ・アップルが後ろから声をかけてきた。
「ごはん作ってきたから一緒に食べよ!エイミーも誘ってあるわ」
リリィはシャーロットの返事を聞かずに手を引っ張り、日陰のある4人掛けのベンチへと導いた。
「お久しぶりです、シャーロット様」
席にはすでにエイミー・チャンが座り、テーブルの上にはお弁当が広げられている。
「久しぶりね、エイミーさん、リリィ。お元気だったかしら?」
「ええ、私は元気だったわ」
「私も元気でした。シャーロット様はお変わりありませんでしたか?」
リリィは手早くお弁当を3人分に別け、それぞれの目の前に置いた。シャーロットはエイミーの言葉に一瞬黙ってから答えた。
「…ええ、普通だったわ」
危ない。答えるところだったわ。本当は一刻も早く聞いてほしいけれど、まだ言っちゃダメなのよね。
シャーロットはリリィの作ったお弁当を食べながら夏休みにあったことを思い出した。
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時は夏休みに入る1週間と少し前、リリィの誕生日の2日前まで遡る。
シャーロットはなぜか14歳に戻っていた。
?おかしいわね。私、異世界でエンジョイしていたハズなんだけど…?
いつもよりふかふかのベッド、豪華な天井、着心地の良いパジャマ。随分前の日常が突然戻ってきたようだった。
あれ?私、主人に殺されたのよね?それで異世界に転生したのだけど。
シャーロットは混乱しつつ鏡台に向かった。
絶望しかない。
鏡の前に立ってそう思った。そこにはカールした黒髪の、紫色の目をした少女が立っていた。
たぶん14歳くらいね。うん、夢だわ。もう一回寝よ。
シャーロットは夢から覚めるよう願いつつベッドに潜り込んで寝た。